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7.ボラティリティの推定(増補)

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いろいろ議論してきたブラック・ショールズ式をもう一度挙げておこう。

積分領域

もうずいぶん昔のことだが、最初にこの式を見知ったとき、なぜこれでノーベル賞なのだろうと不思議であったことを思い出す。確かに偏微分方程式を解くことは相当の試行錯誤を重ねる努力が必要であるが、それでもそれほどのものなのだろうかと訝った。

しかし、コール、プット、ヨーロピアン、アメリカンという当時皆が取扱いあぐねていた新しい金融取引だけではなく、株式、債券、金利と対象資産が拡大し、リアルオプション、企業価値の試算にまで適応が進んでいき、式そのものを支えるさまざまな考え方の適応の広さを知ると、自らの知識の広がりに応じてその疑いがゆっくりと氷解した。

偏微分方程式を解くことは不屈の努力の結果であろうし、解くにあたって組上げたさまざまな考え方もまた新規性にとんだアイデアであることに理解が進むにつれてであった。

最初はいかめしさだけを感じたものが、いまでは簡明でまことに美しいと思えるようになったが、お読みになられている方々はいかがであろう。さて久しぶりの感慨はこれぐらいにして、現実問題としてブラック・ショールズ式を利用するにあたっては、安全資産利子率rが市場の共通の明らかな値であるとすると、

C0=C(σ)

という関数となるから、関数の値を知るためには残る唯一の未知のパラメータσをいかに定めるかという問題が残される。本項は未知のボラティリティσを定めるために、パラメータの推定に関して、その初歩と背景を簡単に紹介しておこう。

議論の焦点を先に述べておくと、現実の数値からの推定となると離散的な数値を扱わざるを得ない。しかし、離散型の標本値の計算にもいくつかの方法があって、組み立てられた理論や考え方に整合した標本値の適応が好ましいということである。手じかにあるからと言って不用意に標本値の当て嵌めを行うと予想以上の乖離を生むことがあるから、自ら使用する標本値の出来の背景を知っておくことは大事なことである。

簡単に統計のおさらいをしておこう。

  1. (株式)収益率の表現

  2. 標本からの推定

  3. 最尤法の適応



連続株価モデルのボラティリティ

いまtを将来の何処かの時点として、その時点tの原資産の収益率とリスクをなんらかの手段で予測したとする。ブラック・ショールズ式のパラメータを決めるもっとも簡便な方法はこの値をそのまま利用することであろう。

ブラックとショールズが出発した連続株価モデルを前提として、離散型の推定値を当てはめてみよう。原資産は真の値μ,σに従って、

St=S0exp{(μ -{1/2}σ2)t +σ √(t)z}

となることが仮定されている。√(t)z=Wtで、Wt+dt-Wt〜 N(0,dt)であるから、

E[exp{σ (Wt+dt-Wt)}]=exp{{1/2}σ2 dt}

を得ておけば、

E[{St+dt-St}/St]
 =exp{(μ-{1/2}σ2)dt}E[exp{σ(Wt+dt-Wt)} ]-1
 =(exp{μ dt}-1)
 〜 μ dt

となる。単純収益率の期待値は、連続株価の収益率μdtと近似していることは分かる。

ところが同様に計算すると、

V({St+dt-St}/St )
 =exp{2(μ-{1/2}σ2)dt}E[exp{2σ(Wt+dt-Wt)}-exp{σ2dt}]
 =exp{2μ dt}(exp{σ2dt}-1)

であるから、単純収益率{St+dt-St}/Stの標準偏差は株価のボラティリティσ√{dt}には近似しない。

このような議論を行わないで、ブラック・ショールズ式のσに√{V(μt)}を代入すれば、真の値σとは明らかに異なる値を使うこととなる。

なんとか頑張って連続株価モデルと整合性を取るなら、EとVの二つの連立方程式を解いて得られる、

σ2={1/dt}log (1+{V(μt)/(1+E(μt))2})

μt={St+dt-St}/St

つまり、

σ={ {1/dt}log (1+V(μt)/{(1+E(μt))2} )}1/2

となる値を採用すべきであろう。

log(1+x)〜 xという近似で考えても、

V(μt)=(1+E(μt))2σ2 dt

√{V(μt)}=(1+E(μt))σ √{dt}

であるから、連続モデルにおける近似の差では済まない。

ちなみにdt=1、E(μt)=0.14、√{V(μt)}=0.36、V(μt)=0.1296であるとすると、

σ=0.308312
σ2=0.095058

となる。シミュレーションで用いた現在価格5000円、行使価格5300円の1年のコールオプションでは、σ=0.36では624円、σ=0.3083では521円という差がでる。理論的な整合性を尊重するなら、この式の値を利用するほうが好ましい。

では、対数収益率log {St+dt/St}ではどうなるだろうか。今度はさきにボラティリティをやってみよう。

V(log {St+dt/St} )
 =V(log St+dt-log St )
 =V[(μ-{1/2}σ2)dt+σ( Wt+dt-Wt) ]
 =σ2 dt

として期待するボラティリティに一致する。このことがボラティリティの推定に当たって対数収益率をとることが指定される理由となっている。

ところがこのまま収益率を考えると、

E[log {St+dt/St} ]
 =E[(μ-{1/2}σ2)dt+σ( Wt+dt-Wt)]
 =(μ-{1/2}σ2)dt

となって、今度はリスクの分だけ収益率を過小評価する。モデルや前提とする理論と、実際の計算に使用する標本をどのようにとらえるかということは、実はデリケートな問題となることが多少なりとも理解いただけるであろう。



インプライドボラティリティ

標本統計も最尤法も過去のデータから将来のパラメータを推定するという至極もっともな考え方である。ではどのくらいの期間で推定すべきかということになる。CAPMでも悩まれたことがあるかもしれない。遺憾ながらこの質問に的確に応える立場にないのだが、実務では90日から180日ぐらいで推定されたりするという話を聞く。

この推計期間を決める際の一番の危惧はボラティリティσが定常性を保ってくれるかどうかということ。過去のσが今でも使えるのかということである。モデルとの整合性にいかに神経を使っても、測定の中や後でなんらかの要因が変化して定常性が保たれずに、σが変質を起こしていれば、もはや測定値の信頼性は高くない。したがって測定の期間にσに影響を与えるようなイベントがどのくらい生じているかということも測定評価の重要な一部となる。

金融環境は刻々と変化しているというのが常識的な認識だろう。どれだけ頑張っても定常性に対する疑念はぬぐえない。では疑わしい過去にとらわれることなく測定する手立てはないのだろうか、というリクエストに対するひとつの解答がインプライドボラティリティである。

ブラックショールズ式は変数S,K,r,σ,tからなっている。このうちS,K,r,tは市場から読み取れるものであるから、既知の変数をすべて与件のパラメータとみれば、ブラックショールズ式は一変数関数C0=C(σ)となるのであった。

そのたったひとつの変数σに対するC0の挙動を考えてみよう。

σ→ 0: C0 →S-exp{-rt}K
σ→ ∞: C0 →S

であることは見て取れる。続いて常套手段として ∂C0/∂σを計算すると、これはすでにリスクコントロールの章でやったグリークスのベガVegaであるから、

ベガヘッジ

をえることができる。σ∈(0,∞ )においてベガはあきらかに正の値をとる。実務的にはS,K,r,tはすべてゼロでないとしてもよいだろうから、関数C(σ)はσが0の近くから∞に向かうとき、S-exp{-rt}KからSに向かって狭義単調増加する連続な関数であることがわかる。

残念ながらσ=C-1(C0)という逆関数を陽に書き表すことはできないが、σ∈(0,∞)において連続かつ狭義単調増加であるから、逆関数定理によってやはり連続かつ1階微分可能な逆関数C-1が確かに存在して一価関数であることが保証される。

自分自身でもよいが、もし双子の資産が見つかって、

σ=C-1(C0)

と逆を取れば、明らかなオプションの現在価格によって、σが計算できる。したがって、陽な式はないけれどなんらかの数値計算法を利用すれば、市場のC0の値と既知のパラメータS,K,r,tを代入することでσの近似な値を得ることができる。このようにして得たものをインプライド・ボラティリティという。

数値計算法のあれこれはどこかで紹介したいと思うが、なかなか興味深いことも多くてここから脱線して長くなるのも困るので、とりあえずもっともプリミティブなニュートンラプソン法を簡単に紹介しておこう。

ニュートンラプソン法は、連続かつ1階微分可能な任意の関数f(x)について、f(x)=0となるxの近似解を求めるものである。そのアルゴリズムはまず適当なx0を与える。f(x0)=0なら直ちに終了となる。f(x0)≠ 0ならこのx0によってやはりf'(x0)≠ 0を確認しておいて、

x1=x0-f(x0)/f’(x0)

を計算する。もしこのx1が目標とする近似精度εを上回って、

|x1-x0|<ε

となるなら、x1を解とする。近似精度が満たされないなら、x1をx0に置き換えて再び計算を繰返す、という計算法である。下に凸なfがx軸に交わることを頭に思い描かれれば、1/f’=dx/dfだから、おおよそ意味は理解できるだろう。

ニュートンラプソン法

具体的には、市場で観測されるオプションの価格をCmとすれば、

f(σ)=C(σ)-Cm

として適応すればよい。定数が加わっただけなのでf'=∂C/∂σはベガである。

数値計算はすべからくそうだろうけれどσ0の初期値をいかに与えるかということになるが、そこに特段の条件はない。何万個ものボラティリティをいっきに求めようとでもしない限り、最近の計算機ならば負荷はそんなに大きくないからどんな値から初めても神経質になることはないだろう。

適当なヒストリカルボラティリティを当てはめることがまず想定できるが、蓑谷のテキストでは、初期値として、

σ0=({2/t}(log{S/K}+rt ) ){1/2}

を利用することが述べられている。テキストではその背景をつまびらかにはしていないようだが、この式は第二項の標準正規分布の引数d-σ√{t}をゼロとする。したがって、

f(σ0) =SΦ(σ0√{t})-{1/2}exp{-rt}K-Cm

f'(σ0) ={1/√{2π}}S√{t}exp{-{1/2}σ02t}

として計算を開始することになる。まず真ん中辺の分かりやすいところから始めるという感じだろうか。

1回限りで面倒なプログラムを組み立てずになるべく簡便に済ませたいなら、エクセルのソルバーを利用して、数値を手入力して目視で近似するという大胆な手立てもあるだろう。

インプライド・ボラティリティは、市場が無裁定であるとして、このσの値をブラック・ショールズ式から得て活用しようという手法であって、確率分布の定常性が疑わしく、金融環境が同一であるとは思えない過去の履歴からではなく、まさに今現在の市場からパラメータを推定するというリアリティがあり、しかも計算量は少ないというメリットを持つのである。

インプライドボラティリティを使うことでもっともよく知られている事柄は、横軸に(行使)価格を、縦軸に(インプライド)ボラティリティをとってグラフを描くと、下に凸なカーブを描くことである。これをボラティリティスマイルあるいはボラティリティスキューといわれる。

ボラティリティスマイルは、価格S=Kでアットザマネー(ATM)となっているときに底となり、S<KつまりC=0でアオトオブマネー(OTM)やS>KつまりC>0でインザマネー(ITM)のとき価格Sが行使価格Kから乖離するほど釣り上がるといわれている。またスマイルの表象は残存期間が大きいほど顕著に現れるといわれる。

ブラックショールズ式は所定の期間のボラティリティは不変であることを前提としている。しかしオプションだけでなく資産のボラティリティは日々刻々と変化していると見るのがいっそう自然であろう。したがってボラティリティがカーブを描き、時間とともにその形状を変えていくことはなんら不思議な現象ではない。

過去のデータを利用することは、データを収集する過去の時点から予測しようとする将来まで、パラメータが一定期間は不変と見る定常性の前提である。

標本統計の推定の精度を上げるひとつの方法はサンプルを増やすことだが、確率変数が定常性を持つ保証がなく、サンプルを増やすことが観測期間を延長することならば、計算量は間違いなく増大するにもかかわらず、必ずしも推定の精度の向上につながるかどうかは分からない。

その意味からも標本を収集する期間の決定とその間のイベントの調査分析は推定値の信頼性を高める重要な基礎情報となるのである。





実証研究からの指摘

実証分析による研究では、収益率とボラティリティについてつぎのような現象と問題点が指摘されている。

(1)収益率の分布は、正規分布よりも裾が厚い。(しかも歪んでいる)

 →ファット・テイル

(2)ボラティリティは時間で変動し、ショックは持続する傾向がある。ボラティリティが大きくなると大きい状態が継続し,また逆にボラティリティが小さくなると小さい状態が継続する傾向がある。(また、価格が下がったときの方が上がったときよりボラティリティは上昇する)

 →ボラティリティ・クラスタリング

(3)資産の内容そのものが構造変化を起こしているケースがある。(例えば、日経平均を算出する銘柄の大幅な入替え)

 →中心回帰への疑問

ボラティリティσの実証研究は、時系列分析のARCH(自己回帰型条件付分散不均一)モデルを利用することから進んだ。もっとも基礎的な収益率mtに関するARCH(1)は、

mt=μ+εt√{a0+a1(mt-1-μ)2},  a0>0,0<a1<1,εt 〜 iid(0,1)

と表される。σt2=a0+a1(mt-1-μ)2とみればよい。つまり、分散が1期前の(分散)値に依存している。パラメータa0=1,a1=0ならば前期への依存は無くなり、さらにiid(0,1)をN(0,1)と仮定すればランダムウォークとなる。

いまn個のデータ(m1,・・・ ,mn)がすでにあって、これらを使ってパラメータを推定することを考えよう。分布εtを標準正規分布N(0,1)で仮定すればmtの条件付き分布はやはり正規分布となる。

mt〜 {1/√{2πσt2}}exp{-{(mt-μ)2}/2σt2},   σt2=a0+a1(mt-1-μ)2

そこでn個の標本データがあれば最尤法を利用して、尤度方程式を求める。

log L=-{n/2}log(2π)-{1/2}∑ log(σt2)-{1/2}∑ {(mt-μ)2}/σt2

このlog Lを最大化するパラメータμ,a0,a1を数値計算で求めるというのが、ふつうとられている推定方法となる。

モデルは複雑になるが、分布εtを正規分布ではなくt分布に変更することで、裾厚の分布を仮定してパラメータ推定をすることもできる。

そしてARCHをさらに一般化したGARCH(1,1)モデルが試みられた。

GARCH

この予測モデルは、1期前の履歴σt-1をノイズの2乗で引きずりながら、状態変化wtと価格上げ下げの影響を取り入れることができるようになっている。これら時系列分析は章を改めて紹介したいと思う。

最近の研究では、複雑な式でも数値を求めるためのシミュレーションの高度化や裾厚の分布であることに着目した極値理論の応用も進んでいる。

ブラックショールズ式を使ってオプションの価格を求めたいという原始的な要求に対して、唯一不明なパラメータであるボラティリティの追求は、標本統計の手法は過去のデータから、インプライドボラティリティはまさに現在のデータから計測しようとする試みであった。

ボラティリティが資産のリスクを表すものならば、それは定数であるかどうかとか、定常性があるかどうかという以前に、いまだ誰も見たことのないものであって、未知のものに迫ろうとする研究はまだまだ続いている。



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