0
日露戦争と日本人
 ホーム
 日露戦争と日本人
 目次と内容
 日露戦争リンク集
 開国の真実
 幕末リンク集
 幕末史を見直す会
 お問い合せ(e-mail)
 ブログ 雑記帳
国難に臨んだ明治の父祖たちの気概 
目次と内容

【第1章】 荒野の満州

平和だった満州に義和団事変が波及した。鉄道文明を嫌悪する義和団・馬賊・清国軍が連合して建設中のシべリア鉄道を破壊すると、ロシアは鉄道防衛のため大軍を派遣して満州全域を完全占領。

 ■項目
陸軍諜報員石光真清大尉 満州馬賊 義和団事変 露清の衝突 ブラゴヴェヒチェンスクの虐殺 愛暉城の虐殺 義和団鎮圧 満州の治安崩壊 満州馬賊増世策 増世策の苦悩 シベリア鉄道計画 シベリア鉄道の路線変更 満漢の相克 ロシア軍満州占領

【第2章】 日英同盟

ロシアの南下を恐れる日本は、ロシア軍の満州 撤兵を求める清国を支援し、対露強硬外交を展開した。一方、自国の安寧を目論むドイツは日露の対立激化を狙って日英間を仲介し、日英同盟が成立する。

■項目
露清密約 露清条約阻止 ロシア軍満州占領長期化 伊藤博文の日露協商論 ドイツの都合 ロシアとイギリス宿命の対立 フランスとロシアの失意 ドイツの策謀 イギリスの南アフリカ征服 極東の警察官日本 日英同盟成立

【第3章】 日本陸軍

明治陸軍は、当初は民主的なフランス型として発足した。しかし明治18年頃から、ロシアとの戦争を想定して軍制近代化を図り、ドイツ型に転換。 ドイツ崇拝は、太平洋戦争の敗戦時まで続く。

 ■項目
陸軍創設 フランス型明治陸軍の発足 フランス型明治陸軍の成果 軍紀の弛緩 普仏戦争におけるフランスの敗北 山県有朋の台頭 フランス派四将軍の上奏 ドイツ型陸軍への転換 ドイツ型日本陸軍の陥穽 統帥権という問題 メッケル少佐来日 師団の増設 小銃・大砲の開発 メッケル少佐の功罪

【第4章】 日露外交の蹉跌

日露両国は幕末期には友好を保っていた。しかし明治維新後、明治政府がイギリスへ傾斜するにつれ、日露関係は疎遠になる。更に、 イギリスの影響を受けた日本の新聞論調により、日本人の対露恐怖心が昂じ、日露の溝は一段と深まる。

 ■項目
日露和親条約 ディアナ号沈没 親露の人々 千島・樺太交換条約 大津事件 津田三蔵の処分問題 青木周蔵外相の食言 大津事件とは何だったのか? 日清戦争 三国干渉 幻の日露同盟案 ロシア海軍の旅順進出 ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世の黄禍論 黄禍論のその後

【第5章】 開戦への道

尊大で硬直的なロシアの対日外交姿勢が、日本人の対露不信を深めた。さらにイギリスが日本人の対露恐怖心を刺激した。このため日露外交は暗礁に乗り上げ、疑心暗鬼が昂じて、開戦に至る。

 ■項目
三国干渉後の朝鮮政局 西・ローゼン協定 ロシアの馬山浦租借要求 満韓交換論の登場 ロシア軍満州撤兵不履行 ロシアの対清七ケ条要求 ロシア陸軍の韓国進出 日本陸軍の危機感 デュカット中佐報告書 日本陸軍主戦派の台頭 ロシアの逡巡 クロパトキン陸相来日 ロシアの対日軍事戦略 ロシア極東総督府 国防の鎖鑰 日露交渉決裂 決断

【第6章】 日露開戦

黒木第一軍は開戦と同時に仁川へ上陸し、さらに進んで鴨緑江を渡河。日本海軍は、制海権確保を目指して、三回に及ぶ旅順口閉塞作戦を敢行。奥第二軍が、遼東半島の塩大澳へ上陸を果たす。
 ■項目
仁川上陸 旅順口水雷夜襲攻撃 旅順沖海戦 第一回旅順口閉塞作戦 第二回旅順口閉塞作戦 マカロフ中将戦死 鴨緑江渡河作戦 第三回旅順口閉塞作戦 奥第二軍の塩大澳上陸 マカロフ中将の復讐

【第7章】 遼東半島の戦い

奥第二軍は金州・南山を攻略し、補給基地としての大連港を確保した。ロシア陸軍が旅順救援のため遼陽から南下して来ると、奥第二軍は得利寺の戦闘で撃退し、ロシア陸軍を旅順と遼陽に分断した。

 ■項目
金州・南山の戦略的意義 金州城攻略 南山陣地の戦い 遼東半島の分断 奥保鞏大将の肖像 得利寺の戦い 満州軍総司令部・乃木第三軍・野津第四軍の編成

【第8章】 旅順第一回総攻撃

巧妙に築城された旅順要塞に挑んだ乃木第三軍は、永久堡塁の東鶏冠山と非永久堡塁の盤龍山を攻撃した。東鶏冠山攻撃は多大な犠牲を出して失敗したが、第九師団(金沢)が盤龍山を占領する殊勲を挙げた。

■項目
旅順要塞攻撃計画 秘密の旅順要塞 大砲・砲弾の貧弱 黄海海戦 大頂子山の攻略 龍眼北方堡塁の攻略失敗 東鶏冠山の攻略失敗 盤龍山への攻撃開始 盤龍山へ総予備隊を投入 盤龍山東堡塁へ突入 盤龍山東堡塁を占領 望台の攻略失敗

【第9章】 遼陽会戦

正面攻撃隊は、首山堡の戦闘で橘周太少佐が戦死するなど苦戦を強いられた。一方、背面へ迂回した黒木第一軍が太子河を渡河し、さらに北進すると、後方遮断を恐れたロシア軍は退却に転じ、日本陸軍は遼陽を攻略する。

 ■項目
遼陽への道 世界陸戦史に残る黒木第一軍の弓張嶺夜襲作戦 ロシア軍南部兵団の撤退 満州軍総司令部の混迷 首山堡の攻防 橘周太少佐の戦死 ロシア軍、首山堡から撤退 遼陽攻略

【第10章】 旅順攻略

乃木第三軍は第二回総攻撃に失敗した。第三回総攻撃では攻撃目標を変更し、二〇三高地を攻略した。その後、東鶏冠山・二龍山・松樹山を地下から爆破し、望台を占領すると、旅順要塞はついに陥落した。

 ■項目
旅順第二回総攻撃前哨戦 沙河会戦 旅順第二回総攻撃 旅順第三回総攻撃の戦術論争 旅     順第三回総攻撃開始 白襷隊無惨 二〇三高地へ目標転換 二〇三高地を占領 コンドラチェンコ少将戦死 望台を攻略 水帥営

【第11章】 ロシア軍猛反撃

厳寒期に反攻を企図したロシア軍は、日本軍左翼の黒溝台へ大軍で襲来。雪中戦闘訓練を究めた第八師団(弘前)が、急遽、応援に駆けつけ、ロシア軍を撃退し、日本陸軍は崩壊の危急を脱する。

 ■項目
騎兵の襲来 危うし黒溝台 第八師団(弘前)の研鑽 黒溝台への救援 黒溝台の激闘 福島泰蔵大尉の戦死 奥保鞏大将の砲撃命令 ロシア軍退却

【第12章】 奉天会戦

ロシア軍の奉天防衛は堅固で、正面攻撃隊の野津第四軍は前進出来なかった。そこで、当初は囮の脇役を演じる予定だった乃木第三軍が、大発奮して左翼から迂回し、奉天を包囲。日本陸軍の勝利となる。

 ■項目
奉天会戦開始 作戦基本計画の変更 三月三日、奥第二軍の進軍遅延 三月四日、乃木第三軍と第二軍が連結 三月五日、クロパトキン大将の反撃企図 三月六日、旭川第二十七連隊の危急 三月七日、名古屋第六連隊の壊滅 三月七日、乃木第三軍の苦闘 三月八日、ロシア軍堅守 三月九日、第一師団(東京)の潰乱 最後の死闘 三月十日、奉天占領 凱旋
(C)Copyright. 2004 All Rights Reserved.