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樋口   羽林家 新家 外様       200石
藤原氏北家長良流高倉庶流 子爵
居所・石薬師水流角(京都市上京区
 
初代・信孝(のぶたか)
高倉親具の子(親具は高倉永孝の父永相の弟で水無瀬兼成の養子となっている、子には信孝の他に堀河家家祖となった康胤がいる) 母は中条持胤の娘
生没・慶長4年(1599)〜明暦4年(1658)
従二位参議
正室・広橋兼勝の娘
子女・2代信康 信慶(中条左京と称す)
信久(中条と称す) 女子→尾張藩徳川光友側室

2代・信康(のぶやす
信孝の子 
母は正室広橋兼勝の娘
生没・元和9年(1623)〜元禄4年(1691)
従二位権中納言
正室・堀河康胤の娘
子女・3代康勝 康資 康凞
康満(中条と称す、従五位下伊豆守)

3代・康勝(やすかつ)
信康の子 母は正室堀河康胤の娘 
生没・承応2年(1653)〜万治3年(1660)
従五位下
正室・なし

子女・養子康資(4代)

4代・廉資(やすすけ)
2代信康の子 母は正室堀河康胤の娘
生没・寛文5年(1665)〜寛文11年(1671)
従五位下
正室・なし

子女・養子康凞(5代)

5代・(やすひろ)
2代信康の子 母は某氏
生没・延宝5年(1677)〜享保8年(1723)
正三位右兵衛佐
正室・吉田兼敬の娘

子女・6代康輝 基康 康英(中条康満養子)

6代・康輝(やすてる)
康凞の子 母は正室吉田兼敬の娘
生没・元禄11年(1698)〜宝永2年(1705)
従五位下
正室・不詳
子女・養子基康(7代)

7代・基康(もとやす)
5代康凞の子 母は某氏 
生没・宝永3年(1706)〜安永9年(1780)
正二位権大納言
正室・高松藩松平頼豊の娘

子女・8代方康 行宣(石井行文養子) 豊康
行弘(石井行宣養子) 女子→二条治孝側室
女子→高丘紹季室

8代・方康(まさやす)
基康の子 母は某氏 
生没・享保12年(1727)〜明和5年(1768)
正三位治部卿
正室・姉小路公文の娘
継室・阿野公縄の娘
子女・9代宗康 宣康
9代・宗康(むねやす)
方康の子 母は某氏 
生没・寛延3年(1750)〜宝暦6年(1756)
従五位下
正室・なし
子女・養子宣康(10代)

10代・宣康(のぶやす)
8代方康の子 母は某氏 
生没・宝暦4年(1754)〜文政5年(1822)
正二位権中納言
正室・姉小路公聡の娘

子女・養子伊康(11代) 寿康 
信元(七条隆則養子) 章康 養女→七条信元室

11代・伊康(これやす)
7代基康の子 母は某氏 
生没・宝暦12年(1762)〜天保9年(1838)
明和8年(1771)石井行忠の養子となり、名を行宣と改める

正二位権中納言(石井家における極官)
正室・不詳
子女・養子豊康(12代)

12代・豊康(とよやす)
7代基康の子 母は某氏 
生没・明和8年(1771)〜弘化3年(1846)
安永5年(1776)日野西勝貫の養子となり、名を延光と改める
正二位権中納言(日野西家における極官)
正室・不詳
子女・養子寿康(13代)

13代・寿康(ひさやす)
10代宣康の子 母は正室姉小路公聡の娘
生没・寛政2年(1790)〜天保10年(1839)
正三位大宰大弐
正室・平戸藩松浦清の娘、後に離縁
子女・14代保康

14代・保康(もりやす)
寿康の子 母は某氏 
生没・文化元年(1804)〜明治元年(1868)
正四位下右馬権頭
正室・高倉永雅の娘
継室・石井行遠の娘
子女・女子→石井行弘室 15代功康 
16代静康(子に17代忠康、18代誠康) 民康