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藩祖・実季(さねすえ) 秋田愛季の次男 母は備中守清信の娘 生没・天正4年(1576)〜万治2年(1659) 関ヶ原の戦い後に秋田から常陸宍戸へ移封 寛永7年(1630)将軍家光の勘気をこうむり伊勢朝熊へ籠居(処遇への不満があったらしい) 従五位下秋田城介 正室・細川信良の娘(管領細川晴元の子、正室は織田信長の妹、信長没後は秀吉に臣従) 子女・2代俊季 季信(別家) |
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2代・俊季(としすえ) 実季長男 母は正室細川信良の娘 生没・慶長3年(1598)〜慶安2年(1649) 家督・寛永8年(1631)常陸宍戸5万石の相続を許される 正保2年(1645)5000石を加増され、陸奥三春へ移封 従五位下河内守 正室・松平信吉の娘(信吉は当時篠山藩主、子孫は発狂から除封されるも名跡相続がゆるされ、上山藩松平家として存続) 子女・3代盛季 季久(別家) 女子→植村忠朝(忠朝は上総勝浦藩主、子孫は分家の不祥事に連座し除封) |
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3代・盛季(もりすえ) 俊季長男 母は正室松平信吉の娘 生没・元和6年(1620)〜延宝4年(1676) 家督・慶安2年(1649)父の遺領の内5万石を相続し、5000石を弟季久へ分与 従五位下安房守 正室・磐城平藩安藤重長の娘 子女・女子→飫肥藩伊東祐実室 4代輝季 |
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4代・輝季(てるすえ) 盛季次男 母は正室安藤重長の娘 生没・慶安2年(1649)〜享保5年(1720) 家督・延宝4年(1676)相続 領内産出の水晶と馬を献上 貞享3年(1686、元年の説もあり)譜代に准ぜられ、以後、帝鑑之間詰となる 従五位下信濃守 正徳5年(1715)隠居 正室・小浜藩酒井忠直の娘 継室・家臣秋田実久の娘 子女・就季(病没) 養子頼季(5代) 養女(就季の娘)→5代頼季室 女子→姫路藩酒井親本室 |
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5代・頼季(よりすえ) 家臣荒木高村の子 母は小浜藩酒井家の家臣安倍季道の娘 生没・元禄9年(1696)〜寛保3年(1743) 家督・正徳5年(1715)相続 享保15年(1730)家臣荒木家の家士を死罪に処するも、その仕置宜しからずと幕府より閉門を命ぜられる、が、4ヵ月後に赦免される 従五位下信濃守 正室・輝季の養女 子女・6代延季 女子→飯山藩本多助盈室 定季(延季養子、7代) |
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6代・延季(のぶすえ) 頼季長男 母は市川氏 生没・享保3年(1718)〜安永2年(1773) 家督・寛保3年(1743)相続 従五位下河内守 宝暦元年(1751)隠居 正室・不詳 子女・養子定季(7代) 倩季(定季養子、8代) 女子→館林藩秋元凉朝養女 |
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7代・定季(さだすえ) 5代頼季の次男 母は某氏 生没・享保11年(1726)〜宝暦7年(1757) 家督・宝暦元年(1751)相続 従五位下主水正 正室・不詳 子女・養子倩季(8代) 女子→高遠藩4代内藤頼由の養子頼多室、死別後に一門秋田季満に嫁すも離縁 |
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8代・倩季(よしすえ)
6代延季の三男 母は大江氏 生没・宝暦元年(1751)〜文化10年(1813) 家督・宝暦7年(1757)相続 従五位下山城守 寛政9年(1797)隠居 正室・吉田藩松平信礼の娘 継室・郡上藩青山幸道の娘
子女・9代謐季 孝季(謐季養子、10代) |
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9代・謐季(やすすえ) 倩季次男 母は平尾氏 生没・安永5年(1776)〜文化8年(1811) 家督・寛政9年(1797)相続 従五位下信濃守 享和3年(1803)隠居 正室・関宿藩久世広誉の娘 子女・養子孝季(10代) |
10代・孝季(たかすえ) 8代倩季の三男 母は某氏 生没・天明6年(1786)〜弘化元年(1844) 家督・享和3年(1803)相続 従四位下主水正 天保3年(1832)隠居 正室・一門秋田季周の娘 子女・女子→上田藩6代松平忠済の子忠和室、後に浜松藩井上正春室 11代肥季 女子→久留里藩黒田直静室 女子→山家藩谷衛ム室 女子→肥季養女 女子→飯田藩堀親寚養女→沼田藩土岐頼寧室 |
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11代・肥季(ともすえ) 孝季長男 母は某氏 生没・文化7年(1810)〜慶応元年(1865) 家督・天保3年(1832)相続 従五位下安房守 正室・鳥取藩池田斉訓の養女 子女・12代映季 養女(孝季の娘)→大村藩大村純顕室 |
12代・映季(あきすえ) 肥季の子 母は某氏 生没・安政5年(1858)〜明治40年(1907) 家督・慶応元年(1865)相続 従五位下信濃守 正室・高知新田藩山内豊福の娘 |