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秋田家 三春藩   檜扇に鷹の羽違い  5万石
陸奥田村郡三春(福島県田村郡三春町) 
                                        譜代格 城主

移封加減増履歴・関ヶ原の戦い後に常陸宍戸5万石・正保2年→陸奥三春5万5000石・慶安2年→5万石

江戸城詰席・帝鑑之間 子爵   上屋敷・愛宕下
参勤・参府は丑卯巳未酉亥の年の6月、文化4年の例では行列95人、千住詰めを加えると150人ほど、江戸藩邸の家臣数は足軽・若党中間女中衆も含めると200人ほど
人口・士族卒族(904軒)を除いた全領内家数は7252軒、領民の内男17034人、女16156人、士族卒族の男1422人、女1302人
                      明治2年現在
 

藩祖・実季(さねすえ)
秋田愛季の次男 母は備中守清信の娘
生没・天正4年(1576)〜万治2年(1659)
関ヶ原の戦い後に秋田から常陸宍戸へ移封
寛永7年(1630)将軍家光の勘気をこうむり伊勢朝熊へ籠居(処遇への不満があったらしい)
従五位下秋田城介
正室・細川信良の娘(管領細川晴元の子、正室は織田信長の妹、信長没後は秀吉に臣従)
子女・2代俊季 季信(別家)

2代・俊季(としすえ)
実季長男 母は正室細川信良の娘
生没・慶長3年(1598)〜慶安2年(1649)
家督・寛永8年(1631)常陸宍戸5万石の相続を許される
正保2年(1645)5000石を加増され、陸奥三春へ移封
従五位下河内守
正室・松平信吉の娘(信吉は当時篠山藩主、子孫は発狂から除封されるも名跡相続がゆるされ、上山藩松平家として存続)
子女・3代盛季 季久(別家)
女子→植村忠朝(忠朝は上総勝浦藩主、子孫は分家の不祥事に連座し除封)

3代・盛季(もりすえ)
俊季長男 母は正室松平信吉の娘
生没・元和6年(1620)〜延宝4年(1676)
家督・慶安2年(1649)父の遺領の内5万石を相続し、5000石を弟季久へ分与
従五位下安房守
正室・磐城平藩安藤重長の娘
子女・女子→飫肥藩伊東祐実室 4代輝季

4代・輝季(てるすえ)
盛季次男 母は正室安藤重長の娘

生没・慶安2年(1649)〜享保5年(1720)
家督・延宝4年(1676)
相続
領内産出の水晶と馬を献上
貞享3年(1686、元年の説もあり)譜代に准ぜられ、以後、帝鑑之間詰となる
従五位下信濃守
正徳5年(1715)隠居
正室・小浜藩酒井忠直の娘
継室・家臣秋田実久の娘
子女・就季(病没) 養子頼季(5代) 
養女(就季の娘)→5代頼季室 
女子→姫路藩酒井親本室

5代・頼季(よりすえ)
家臣荒木高村の子 母は小浜藩酒井家の家臣安倍季道の娘 
生没・元禄9年(1696)〜寛保3年(1743)
家督・正徳5年
(1715)相続
享保15年(1730)家臣荒木家の家士を死罪に処するも、その仕置宜しからずと幕府より閉門を命ぜられる、が、4ヵ月後に赦免される
従五位下信濃守
正室・輝季の養女
子女・6代延季 女子→飯山藩本多助盈室
定季(延季養子、7代)

6代・延季(のぶすえ)
頼季長男 母は市川氏
生没・享保3年(1718)〜安永2年(1773)
家督・寛保3年(1743)相続
従五位下河内守
宝暦元年(1751)隠居
正室・不詳
子女・養子定季(7代) 倩季(定季養子、8代)
女子→館林藩秋元凉朝養女

7代・定季(さだすえ)
5代頼季の次男 母は某氏
生没・享保11年(1726)〜宝暦7年(1757)
家督・宝暦元年(1751)相続
従五位下主水正
正室・不詳
子女・養子倩季(8代) 女子→高遠藩4代内藤頼由の養子頼多室、死別後に一門秋田季満に嫁すも離縁

8代・倩季(よしすえ) 
6代延季の三男 母は大江氏 
生没・宝暦元年(1751)〜文化10年(1813)
家督・宝暦7年(1757)相続
従五位下山城守
寛政9年(1797)隠居
正室・吉田藩松平信礼の娘
継室・郡上藩青山幸道の娘

子女・9代謐季 孝季(謐季養子、10代)

9代・謐季(やすすえ
倩季次男 母は平尾氏
生没・安永5年(1776)〜文化8年(1811)
家督・寛政9年(1797)相続
従五位下信濃守
享和3年(1803)隠居
正室・関宿藩久世広誉の娘

子女・養子孝季(10代)

10代・孝季(たかすえ)
8代倩季の三男 母は某氏 
生没・天明6年(1786)〜弘化元年(1844)
家督・享和3年(1803)相続
従四位下主水正
天保3年(1832)隠居
正室・一門秋田季周の娘
子女・女子→上田藩6代松平忠済の子忠和室、後に浜松藩井上正春室 11代肥季 
女子→久留里藩黒田直静室 
女子→山家藩衛ム室 女子→肥季養女
女子→飯田藩親寚養女→沼田藩土岐頼寧室

11代・肥季(ともすえ)
孝季長男 
母は某氏    
生没・文化7年(1810)〜慶応元年(1865)
家督・天保3年(1832)相続
従五位下安房守
正室・鳥取藩池田斉訓の養女
子女・12代映季 
養女(孝季の娘)→大村藩大村純顕室

12代・映季(あきすえ)
肥季の子 母は某氏 
生没・安政5年(1858)〜明治40年(1907)
家督・慶応元年(1865)相続
従五位下信濃守
正室・高知新田藩山内豊福の娘