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西尾家 横須賀藩 西尾櫛松     3万5000石
遠江城東郡横須賀(静岡県掛川市 )  譜代 城主
移封加減増履歴・慶長7年→武蔵原市1万2000石・慶長11年→1万3300石・元和2年→上野白井2万石・元和4年→常陸土浦・慶安2年→駿河田中2万5000石・承応3年→2万石・延宝3年→2万5000石・延宝7年→信濃小諸・天和2年→遠江横須賀・延享2年→3万石・寛延2年→3万5000石

江戸城詰席・帝鑑之間 子爵   
上屋敷・鍛冶橋之内(安永)→外桜田(文久・明治)

人口・城下2644人(家臣は除く)
              享保期(1716-1735)現在
      城下2525人(家臣は除く)
              慶応期(1865-1867)現在
■明治元年(1868)徳川将軍家の駿河入封にともない、安房花房に移される
 

藩祖・吉次(よしつぐ)
吉良持広の子(持広の正室は家康の祖父松平清康の妹)  母は某氏 
生没・享禄3年(1530)〜慶長11年(1606)
織田信長に仕えていたが、信長の死没後、家康に招かれて家康に臣従す 
慶長7年(1602)関ヶ原の功により加増されて1万2000石の大名となる
従五位下隠岐守
正室・赤井氏
子女・女子→2代忠永室 養子忠永(2代)

2代・忠永(ただなが)
姫路藩酒井重忠の三男 母は山田重辰の娘(重辰は家康の六男松平忠輝の重臣) 
生没・天正12年(1584)〜元和6年(1620)
家督・慶長11年(1606)相続
従五位下丹波守
正室・吉次の娘
子女・3代忠昭 忠知(別家) 
女子→姫路藩酒井忠世養女
女子→鳥羽藩稲垣重昌室、死別後に日出藩木下俊治室

3代・忠昭(ただあきら)
忠永長男 母は正室吉次の娘
生没・慶長18年(1613)〜承応3年(1654)
家督・元和6年(1620)相続
従五位下丹後守
正室・竹中重義
の娘(重義は豊後府内藩主だったが密貿易から切腹・除封)
継室・旗本松平(五井)伊昌の娘
子女・4代忠成

4代・忠成(ただなり
忠昭長男 母は継室松平伊昌の娘 
生没・承応2年(1653)〜正徳3年(1713)
家督・承応3年(1654)相続
従五位下隠岐守
正徳3年(1713)隠居
正室・二本松藩丹羽光重の娘
子女・5代忠尚 忠告(伊勢崎藩酒井忠寛養子)

5代・忠尚(ただなお
忠成四男 
母は某氏
生没・元禄2年(1689)〜宝暦10年(1760)
家督・正徳3年(1713)相続
延享3年(1746)老中に進む
従四位下侍従兼隠岐守
正室・丸亀藩京極高豊の娘
子女・養子忠需(6代)

6代・忠需(ただみつ)
丸亀藩京極高或の次男 母は某氏
生没・享保元年(1716)〜寛政元年(1789)
家督・宝暦10年(1760)相続
従四位下主水正
天明2年(1782)隠居
正室・なし
子女・忠雅(病没) 7代忠移

7代・忠移(ただゆき)
忠需次男 母は某氏 
生没・延享3年(1746)〜享和元年(1801)
家督・天明2年(1782)相続
従五位下隠岐守
正室・相良藩田沼意次の娘
子女・忠亮 女子→8代忠善室 
女子→関宿藩久世広誉の子綏之室
女子→姫路藩酒井忠実室 養子忠善(8代)
8代・忠善(ただよし)
笠間藩牧野貞長の四男 
母は西尾藩松平乗佑の娘
生没・明和5年(1768)〜天保元年(1830)
家督・享和元年(1801)相続
従五位下隠岐守
文政12年(1829)隠居
正室・忠移の娘
子女・忠宝(病没) 9代忠固 
女子→伊勢亀山藩石川総佐室
女子→丹南藩高木正明室
女子→姫路藩酒井忠実養女
女子→須坂藩直格室
女子→田原藩三宅康直室

9代・忠固(ただかた)
忠善四男 母は某氏    
 
生没・文化8年(1811)〜安政4年(1857)
家督・文政12年(1829)相続
従五位下隠岐守
天保14年(1843)隠居
正室・宮津藩本庄宗発の娘
子女・養子忠受(10代)

10代・忠受(たださか)
姫路藩酒井忠実の三男 母は某氏   
生没・文政4年(1821)〜文久元年(1861)
家督・天保14年(1843)相続
従五位下隠岐守
正室・沼田藩土岐頼功の娘
子女・11代忠篤 忠恕(神戸藩本多忠貫養子)
女子→須坂藩堀直武室
11代・忠篤(ただあつ)
忠受の子 母は某氏   
生没・嘉永3年(1850)〜明治43年(1910)
家督・文久元年(1861)相続
従五位下隠岐守
正室・杵築藩松平親良の娘