《開平(Kai Ping)・古い洋館群》 (2004年10月)
なにでかは忘れてしまいましたが、偶然に、広東省の開平(Kai Ping)という所に古い洋館群があることを知りました。青島、アモイや大連なら『洋館』といわれてもわからないこともないのですが、広東省、それも初めて耳にする《開平》と《古い洋館群》という組み合わせが奇妙に思え、調べを開始しました。
情報は少なかったものの、最近になり少しずつ内外で関心を持たれる様になったということがわかりました。日本でもその様で、2〜3のHPで紹介されています。
現地在住の旅の伴侶である友人からも、資料を入手した、との連絡がありました。
中国南方航空の機内誌『GATEWAY』2004年8月号の切り抜きでした。
そして、いつか機会を見つけて探訪してみようということになりました。
その機会が思いがけず直ぐに実現しました。
実行は、2004年10月8日になりました。友人のベースは広東省の東部、開平は南西部に位置しますが、最近、高速道路が開通したので飛ばせば4時間で着けるかな、とのこと。
友人はどちらかというと几帳面ではなく結構いい加減なほうです。ともかく開平市の塘口(Tang
Kou)鎮を目指そう、行けば何とかなるだろう・・・と。
塘口鎮に入ると秋の実りで頭を垂れた稲穂で黄色く染まった田園の中にポツリポツリと四、五階建ての洋館が見えてきました。あれだ、あれだと期待が大きく膨らんできました。
そばに近づくと確かに洋館なのですが西洋の『城』ではなく、一階から最上階まで同じ大きさで直方体の建物です。見るからにかなり古そうです。
数棟が集まっている所へ足を踏み入れました。
全く人の気配がありません。突然村人や住人が現れて咎められるのではないかとビクビクしながらも建物を至近に見たり写真を撮ったりしました。
カビが生えていたり、長年の風雨で薄汚れてはいますが、漆喰で塗り固められた外壁は痛みが少ない様です。多くは農業資材の倉庫として現在も使用されていました。
さて、次の目標は?
車を走らせました。
ところが黄色く色付いた田んぼ越しに散在する建物が見つかるのですが、それをひとつひとつ訪ねて廻るのは一寸難儀そうです。
古い洋館建築に技術的興味があるわけではなく、単なる観光ですから分散しているものは厄介です。
既に塘口鎮に入っていますからどこか集中している所はないものかと上で紹介した雑誌の切り抜きを読んでみると、『自力村(Zi
Li Cun)』が目に止まりました。
よし、自力村を目指そう!
車を走らせました。方向が分っているいる訳ではなく、走っていると標識が出てくるだろう、との見込みで走ったのですが自力村の標識は出てきません。
そこで、農民を見かけ車を止めて友人が訊ねました。ところが友人は首を振るだけです。どうも言葉が通じない様子。友人は広東語が少ししか分らないのですが、広東語でもないとのこと。
その後、見かける度に3〜4人に訊ねても同じ結果です。私は、若者を捉まえろ、若者なら普通語(北京語)が分る筈だ、と・・・
結局、通り掛かったミニバスの運転手から道を教えてもらうことが出来ました。
後で知ったことですが、この地域は広い意味で広東語グループに入る独特の開平語が使われているとのことです。
道を訊いたにも拘わらず二、三回迷いながらやっと自力村(Zi Li Cun)に到着しました。
事前に、入場料を取るようになった、との情報を得ていました。
道を訊いたにも拘わらず二、三回迷いながらやっと自力村(Zi Li Cun)に到着しました。
事前に、入場料を取るようになった、との情報を得ていました。
道を訊いたにも拘わらず二、三回迷いながらやっと自力村(Zi Li Cun)に到着しました。
事前に、入場料を取るようになった、との情報を得ていました。
歓迎の横幕が向かえてくれました。
門票(入場券)は30元(=約400円)
では、自力村の洋館群をご案内します。
門票30元取るだけに、15もの建物が密集していて、一箇所で纏まって見られるのは一般観光客にとって便利です。
また、パンフレットも貰えて中国語・英語に並んで下の様な日本語も併記されています。
さて、自力村のDiao楼群では、門票を買っているのですから、遠慮無く自由に中を見学できます。
といっても殆どは居住者はいません。古い民具や生活用品・家具等々が展示されています。
この洋館を中国語ではDiao Louと呼びます。Diaoは石偏に周、Louは楼です。Diaoという漢字は日本では使われていません。
手持ちの辞典によれば、
《防守用的建築物》
と解説されています。→
中国の日本語パンフレットにはその文字が無いことからか、《望楼》と記されている様です。
ちなみに日本語の望楼は、
・遠くを見るための高い建物。ものみやぐら
(広辞苑)
かなり近似ですが、Diao Louと望楼は意味において若干違う様に思えます。
冒頭で紹介した中国南方航空の記事の英語の表題<Fortified Watchtower>は的を射た訳だと思います。
台所です。かまども今でも使えそうな雰囲気を保っています。
所謂、水屋だと判断しました。→
←農機具の部屋もあります。
←
おのおの、装飾性に優れています。
この洋館群の成り立ちに関して若干パンフレットにも記載がありますが、要するに華僑として海外へ渡って成功した者が故郷へ戻って現地で慣れ親しんだ洋館を建てた、ということでしょう。
建築は20世紀の初頭ということですから、約100年近く前ということになります。
或る建物の玄関入り口です。
上の動物はよくわかりません。入り口左・右の上部はこうもりでしょう。
こんなものもあります。見ているだけでも楽しくなります。先人の豊かな遊び心が窺い知れます。
さて、ここは観光客用に整備されているので敷地内の居住者は少なく、人々の生活臭は僅かでした。
現在の中国では安普請が一般的です。鉄筋入りの細い柱の間を煉瓦が埋めて壁面を作り、窓を穿つ造り。10年もすれば傷みが見立ち始めます。
ところがこれらの洋館群は100年近く経てもガッシリとしています。
その秘密を解く鍵を見つけました。
少ない壁面の割れ目。何と頑丈なコンクリート造りです。それも硬い砂利を使ったもの。これが100年近く経ってもびくともしない秘密だったのです。
ごく最近入手した中国国家観光局制作の《中国の世界遺産》(日本語です)に、『開平の望楼』が世界文化遺産に登録申請中としながらも掲載されています。
我々が探訪した当日は、自力村は我々の他には、開平市内から来た、という若いアベックが一組だけでした。開平の洋館群は現時点ではまだまだ知られていません。訪れる観光客も多くはありません。しかし、今後、正式に登録された、となると、この場所も雑踏化することを危惧しながら自力村をあとにしたのでした。
或る建物の玄関を入った直ぐの部屋です。多分、西洋で成功して故郷へ戻ってきたのでしょう。洋風の家具や什器が並んでいます。
僅かな情報をもとにしての開平へ洋館群を訪ねる旅を無事に終えることができました。
改めて振り返ってみると、短時間で数多く巡ろう、というのは不可能です。私は幸運にも門票の要る自力村を見つけ訪問してよかったと思っています。
マニアックでなく一般的な観光、という場合には自力村の様な箇所をお勧めします。
中国南方航空の記事の3頁目のフォトは自力村です。
また、車をチャーターされることも合わせてお勧めします。バイクタクシーという手もありますが、危険が伴います。
例えば、広州市内に滞在している場合には、広州のホテルから片道2時間程度です。
タクシーを1日チャーターしても、料金は1000元以下です。
今回は思い立っての行き当たりばったりの訪問でしたが、改めて再訪してみたいと思っております。とにかく世界遺産に正式に登録される前に・・・・