安徽省に多くの古い村落があることを入手したパンフレットで知りました。
安徽省は江蘇省の西、浙江省の北西に所在します。古い呼び名の安慶と徽州が合わさって安徽になったとのことで、徽州は今の安徽省の南部。
その、昔の徽州が行政的に統合されて1987年に『黄山市』となったのです。現在の黄山市は、屯渓区・黄山区・徽州区の3区と周辺のイ県(Yi
Xian、い=黒の右に多)、歙県、祁門県、及び休寧区を統括しています。
このうち、特にイ県と歙県には多くの明代(1368〜1644年)や清代(1644〜1912年)の村落と民居が現存しているとのこと。また、多くの牌坊(=鳥居に近いもの)も残っています。
今回はイ県と歙県を中心に古村落と民居、及び牌坊を訪ね歩きました。
調べてみるとなかなか面白そうのなのですが、交通の便がよくなく出掛けるのに躊躇していました。
たまたま『黄山』へ行く計画が持ち上がった時に、『黄山』と『安徽古村落』をコンバインできるのではないかと思いつき、更に調べてみて逆にバラエティーに富んだコースになると思うようになり今回の安徽省行きとなりました。
この地を江澤民さんが巡行(巡幸?)した様です。
白壁の美しい村落です。
畑等があると生活が見える様です。
しかし、世界遺産にはちょっと?と首を傾げました。
各家々は単にみやげ物やです。
無理やりに古い生活を見せている様で・・・
その中で気に入ったのが古い散髪屋でした。木製の椅子が現役で活躍していました。
本気で散髪をしてもらおうとしたのですが、残念なことに、昼食か何かの様でしばらく待っても主人は戻ってきませんでした。
ここでも入場料55元
(=約700円)
なかなかのものです。この地方の古い住居様式に興味をそそられました。
美学生と思われる若者が写生をしていました。絶好の画材だと思いました。
この宏村も55元の入場料が必要です。
丁度実りの秋でした。郷愁を感じる光景です。
コンバインも入っています。
農家にとっては最も嬉しい季節です。
籾は天日乾燥。
帰り道をアヒルに占拠されてしまいました。
徽州に残存していた明代の古民居を移築した博物館の様なもの。
十数棟ありますが、殆ど同じ様なもので一寸飽きてしまいました。
入場料=32元(約400円)
ここにも江澤民さんが・・・
各家々の屋根は瓦葺なのですが、最頂部に大きな特徴があります。
屋根の平面部に使われている瓦が垂直に整然と隙間無く並べて置かれているのです。
勿論、理由を質問しました。答えは、『重し』でしたが、納得ができますか?
パンフレットの写真を見たときに、こりゃナンダ!と思ったのが、棠エツの牌坊群でした。牌坊そのものは中国ではどこにでもありますが、それが七つも密集して現存していることに驚いたのです。
更に、フォルムが素晴らしいではないですか。
これは是非とも自分の目で見てみたいととの思いが湧いてきたのでした。
《今回の行程で最も興味を感じていたもの》
入場料は50元
江澤民さんです
成り立ち、等々はガイドブックや別のサイトに譲るとして、期待にそむかないものでした。
意図的か他に理由があったのかは解りませんが、直線に一列でないのがアクセントになり美しさを倍化していると感じました。
この集落に足を踏み入れました。
収穫した籾の乾燥
こんなものも、何でしょう?
・・・・胡麻でした
平和な昼下がり・・・店先では昼寝の最中・・・農作業からの帰宅でしょうか・・・
農繁期でした。牌坊近くの農道に人だかり・・・ コンバインが導入されたばかりの様で、見学者でした。
緯度的には水牛域?
農道脇の花園に何と三種類も・・・アゲハ・アオスジアゲハ・クロアゲハ・・・蝶好きにはたまらないでしょう
現存する唯一の八脚牌坊とのことです。
1584年、明代に建てられました。
牌坊そのものには食傷気味になっていますがエピソードが面白い。
この地出身の許国(=人名)は科挙を経て進士となり中央へ出た。その後、功績を立て大臣となった。或る時、先祖を供養するために国もとに牌坊を建てるという理由で半年の暇乞いを皇帝から許可された。当時は八脚の牌坊は皇帝だけにしか許されていなかったが、一般的な四脚では目立たないと考え、特別に八脚を許可されたと嘘をついて八脚牌坊を建設した。完成して戻ったのが1年後だった。皇帝からどうしてそんなに時間がかかったのか、と叱責を受け、更には、1年なら八脚さえ建てれるぞ、との言葉尻を捉えて、実は・・・と切り出した、という。
当時の状況はわかりませんが、この許国という人は功名心の強い見栄っ張りで自己顕示欲の強い人だったのですね。
黄山空港も有り、現在の徽州地方の中心である屯渓には整備され保全されている『老街』があります。
パンフレットに導かれての徽州の古い村落巡りでした。
面白かったのは、棠エツ牌坊群と宏村でした。
残念だったのは屋根付きの古い木の橋があるとの情報があったのですが、昨年の大雨の増水で大破したとのことで断念したことでした。
(私はそれでも行くと主張したのですが、雇ったタクシーの運転手が行っても無駄だと車を向けてくれませんでした。)
徽州へ行く価値があるか、と問われると答えに窮します。
しかし、黄山へ行かれる際には一日を徽州の古い村落巡りに割かれるのはよいアイデアであり、行程だと思います。
老街入り口の牌坊です。(今回の旅で牌坊という呼び名を知りました。)
白壁とこの地独特の隣家との仕切り壁(=馬頭檐、馬頭壁)が整然と並びます。
各戸毎に文様が異なっています。
素晴らしい木彫をご覧下さい。
どちらかというと、興味を持ったのは老町で売られていた焼き餅でした。
製造工程も原始的です。
北部インドのタンドリーチキンを焼く釜を連想しました。
3個=1元でした。
中には、高菜を乾燥した様な野菜が入っていました。
季節柄でしょうか、茹で栗売りも多く見掛けました。
いつも思うのは中皮(渋皮)です。
いつもなかなかうまく取れずに苦労しています
しかし、天津甘栗は簡単に剥がれますね。
同じように、この茹で栗も簡単に渋皮を剥ぐことができました。
中国には栗の渋皮を簡単に剥げる様に加工する秘法があるのですね。
値段は、1斤=5元(500g=65円)でした。食べきれません・・・