暮らしの中で脳梗塞とどう折合いをつけていくか!

再起する脳 脳梗塞が改善した日

「変化(change)」のページに発売された拙書『再起する脳−脳梗塞が改善した日』幻冬舎ルネッサンスを追加 (2010/5/25)
「変化(Change)」のページに『(26) テレビ朝日スーパーJチャンネルの取材』を追加 (2009/08/30)
「変化(Change)」のページに『(25) 講演会「奇跡の軌跡(脳卒中体験記)」』を追加 (2009/08/20)
「脳と運動」のページに『(22) 動的平衡と脳細胞の死』を追加 (2009/8/12)
「参考文献」のページに『脳のなかの身体 − 認知運動療法の挑戦』著者:宮本省三を追加 (2009/1/23)

最終更新日 : 2010年5月1日 

脳梗塞でダメージをうけた脳細胞は残念ながら甦らない。しかし周辺にある生き残った脳細胞がどこまでカバーするものなのか。発症から3年目に脳からの指令が再び末端に伝わり始め、動かなかった指が動き出した。現在は杖なし・装具なしで通勤できるようになった。
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痛みの出ない範囲内での「継続」がポイント。正しい動きをするように訓練することによって、指など末端(神経の先端)から正しい動きの「刺激」を脳に伝達することが必要。そして脳内に伝達経路の再構築を図ることが可能になる。
脳と運動 脳には可塑性がある。10万個/日も脳細胞は死んでいく程、人間の脳は日々退化すると言われるが、一方で適切な刺激を与え続けていれば、”成長する脳細胞”がある。その樹状突起が伸びて複雑なネットワークを形成する可能性が指摘されるようになった。
変化(Change) 6ヶ月過ぎたら、回復のペースはほとんど横ばい(プラトー)となり、それ以上改善しないというのが一般常識だ。しかし、これには個人差があり画一的に見ることには問題がある。私は、2年経過してから指先に動きが出始め、現在も改善が続いている。
暮らしの工夫 退院するとすぐ問題になるのが、我が家が障害者に対応するようになっていないことだ。ベッド・風呂場・トイレ・玄関・階段等々、家のそこら中にバリアーがあったのだ。自分の障害の程度に応じて、どこをどの程度リフォームするかよく検討することが大事になる。
発症した当時 平成9年7月脳梗塞で右片麻痺の後遺症が残った。 1級1種 
翌年復職し、電車で通勤している。障害者にとって、駅の階段とか今まで健康な時には気づかなかったが、いろいろな所にバリアーがあり、この分野で日本は後進国だ。
Q & A 平成15年9月、ある女性とメール交換を始めました。まだ18歳のこの女性は、交通事故で一命はとりとめたものの右片麻痺と失語症になり、現在懸命にリハビリに取り組んでいます。Q&Aを通して患者の悩みに正対しない今の医療現場、リハビリの現実が見えてきます。
LINK 関連ホームページとリンク。
社会復帰をめざす脳卒中体験者のリハビリ、命を助け・自立を手助けする医師・医療機関・リハビリ機関のページ、社会復帰を支援するLPO機関のページ等を紹介

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参 考 文 献 参考にした本の一覧。
<脳卒中><リハビリ><脳全般>の3カテゴリーに分け、それぞれ発行年順に並べた。
それぞれの文献の表紙のコピーと目次をだして、その内容の一端を表示していく。(アンダーラインの引いてある文献をクリックすると、それの目次が表示される。)
 < 年 毎 の 改 善 の 様 子 >

<1列目左の写真> 平成11年7月(発症2年)この写真は平坦に見えるが、妻がバランスを崩すほど急勾配の上り坂です
手の位置が体の前にあり、握り拳になっている。杖を左手に持ち、右足には装具をつけている。
<1列目中の写真> 平成12年7月(発症3年)右手の位置は多少改善している。まだ握った拳は開かない。装具は着けている。
    <1列目右の写真> 平成14年7月(発症5年) 右手の位置が体の横にあり、真直ぐ伸びている。杖も装具も着けていない。



 
<2列目左の写真> 平成16年7月(発症7年) 右手でコップを持ち、口に運ぶことが健常者のように自然に出来る。
<2列目右の写真> 平成18年7月(発症9年) ゴルフを再開して1年。3連続パーオンのパーが取れたことはチョット自慢したくなる出来事。