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  • 2012年2月3日(金)

    TさんからCanon10Dを譲ってもらった。諸事情あって、ニコンの代表的レンズの数々を手に入れたTさんが、これをきっかけにCanonからニコンへとメイン機の鞍替えを行ったのだ。
    ではなぜ10Dを譲ってもらったのか?!
    実は現在職場で活躍しているニコン・CoolPix5000の後釜を探していたのだ。
    CoolPixは補助光の機能がない為、特にコントラストの低い物撮り等ではピントの外れることが良くあり、仕事の効率を考えれば、この点だけは何とか解決したかった。真面目なところ、ニコンに問い詰めてみたいと思ったことがある。コンデジながら画質は文句の付けようのないレベルなのに、なぜこんな基本的な部分の煮詰めを怠ったのだろうか、甚だ不思議でならない。

    初めて使うCanonデジイチの操作感は、最初の戸惑いを別にすれば、基本的にニコンのそれと大差がなく、ポイントを掴んでくるとストレスの無い動きを見せてくれる。10Dは古くてもさすがにプロ対応機だけあり、カメラ性能はCoolPixのそれとは全く違う次元にある。但、D100と比較した場合は、パワーオンからの起動にややかったるさがあること、フォーカススピードにムラのある点が気になった。D100の発売から約1年後に登場したライバル社の力作だけに、何としても頷けない部分である。
    しかし、シャッターフィーリングは実に小気味よく、D100の“ちゃちさ”が恥ずかしくなるほどだ。

    職場では主にwebサイトに掲載する写真を撮っているので、ファイルサイズは常時『Mファイン』に設定してある。RAWからA3プリントでもすれば、大まかな画質レベルが分かるのだが、今のところはその優れたボディー性能のみを生かして使っている。10DとセットでいただいたレンズがIS付きの純正品なので、撮影性能は頗るいい。真面目な話、アパレル撮りに費やす時間はそれまでの半分で済むのだ。これぞ一眼レフと改めて唸ってしまう。


    2012年1月3日(火)



    2011年の年末一泊は、メンバー4人全員が集まる賑やかなイベントとなった。宿泊地はお決まりの伊豆だが、今回利用した宿が中々の当たりで、特に夕食に並んだ新鮮な海の幸は圧巻。酒が進むこと請け合いだった。
    須崎漁港の真ん前にある温泉民宿『ぜいもや』は、オーナーが漁師。だから食材は毎日の漁で捕れたものを使うので新鮮さはこの上ない。施設は民宿の域を脱してないが、Gorgeousな料理と気さくな女将さんの笑顔で満足度は上々。旅の楽しみは色々あるが、やはり宿は大きなファクターになる。

    二日間を有効に使おうと、ややヘビーなスケジュールを組んでみた。
    初日は5:30に自宅でTさん、Mさんと合流。その後三鷹でOさんを拾い、中央高速道で一路『山中湖』を目指す。
    北岸の駐車場で湖越えの富士山を撮り、次に三国峠のパノラマ台へ移る。その後御殿場へ下ったら箱根方面へ進み、芦ノ湖湖畔で休憩を兼ねたスナップを行う。
    伊豆スカイラインを利用して、亀石峠、宇佐美と進み、城ヶ崎の遊歩道で撮影タイム。その近辺で昼食もとり、全て完了後は宿へと向かう。
    翌日は爪木崎の遊歩道で撮影スタート。終了後は石廊崎経由で西海岸を北上し、富士山の見えるポイントを探しながら沼津へと向かうと言うものである。

    「あんまり寒くないな」

    標高は大凡1000m弱もある山中湖。なのにそれほど寒さを感じない。年末一泊では毎回富士山を狙ってきたが、これほど穏やかなコンディションはかつて経験がない。先回、西湖の溶岩台地から撮った時など、寒さを通り越して指先が痛くなるほどだったから、尚更である。
    今回は撮影スタートからワクワク感に包まれて、何とか良い写真を撮ってやろうと気分は高揚していた。考えてみれば、昨年は山へばかり行っていたので、腰を据えた写真撮影は殆ど行っていなかった。だから心のどこかで思いっきり撮影へ没頭したいという願望があったのかもしれない。
    そんな気分が目覚めたのだろう。ファインダーを覗くだけで新鮮な気分に浸れ、なんだか無性に嬉しくなるのだ。

    「いやー、絶景!」

    Tさんが横で唸った。
    パノラマ台の駐車場は意外と車が少なく、道路からそのまま真っ直ぐに乗り入れることができた。
    ここは何度も通ったことがあるが、これほどくっきりと富士山が眺められることはそうそうない。とにかく空の青が何とも鮮やかなので、雪に覆われた山頂を高いコントラストで見せてくれるのだ。
    富士山は見る地点によって大きく印象が変わる。更に季節、時間帯、気象状況などが加味される為、その景観は無限の広がりがあり、飽くことはない。だから一枚たりとも同じ写真を撮ることは不可能であり、だからこそ富士山写真を追求する写真好きが後を絶たないのだ。

    三国を下って御殿場へ向かう。それにしてもエンブレが効かない車だ。恐らく4名乗車で荷物も相当量積んであるので、重みで車速が増すのであろう。おまけにスタッドレスを履いているからフットブレーキが甘く感じられ、この様なSituationではけっこう集中力を要する。
    富士スピードウェイ西ゲートから田園地帯を抜け、R246を通り御殿場IC方面へと向かった。伊豆の東海岸へ行く途中、箱根芦ノ湖へ立ち寄って、休憩並びにそこからの富士山を狙うというものだ。

    時間帯が早いのか、芦ノ湖遊覧船乗り場は思った以上に閑散としていた。駐車場もガラガラだったので車もすんなり停められ、早々とカメラを抱えて湖畔のスナップへと出掛けてみた。
    あいにく湖の上空には雲が出ていて富士山を眺めることはできなかったが、風もなく気温も大分上がってきたので、散策するだけでも充分に満足できる。
    D2Hの小気味よいシャッターフィーリングは今日も絶好調で、このことだけで創作意欲は高揚するものだ。軽くて写りも良く、持ち運びも容易なのに、D100を持ち出さない理由はこの辺にある。

    久しぶりの伊豆スカイラインは、やはり気持ちが良かった。相模湾と駿河湾が同時に見渡せる開放感がなんともGooで、昔、十国峠から沼津の夜景を撮った時のことを思いだした。

    ――― あれはいつだったけ…

    宇佐美まで下りてくると、案の定交通量は増え出した。伊東、熱川、稲取と、東伊豆は著名な温泉地を多数抱えているだけあり、年末年始を温泉地で楽しもうとする観光客が押し寄せているのだろう。旧道とぶつかる殿山交差点まで来ると渋滞が始まってしまい、それまでのスムーズなペースは維持できなくなった。しかもR135は下りだけではなく、上りもかなりなのろのろ運転状態にあった。それこそ「何が起きたの?」である。
    GO AND STOPを繰り返しながらも、それほど遅くならずに次の目的地である城ヶ崎海岸へたどり着けたのは幸いであった。

    「腹減ったなー」
    「昼飯、なんでもいいだろ」
    「もうぺこぺこなんで、なんでもOKです」

    以前、城ヶ崎を訪れようと、国道を折れて海岸方面へ右折した時、偶然見つけた中華料理屋を思い出した。3〜4回ほど利用したことがあるが、味、ボリューム共々に好印象が残っていて、腹ぺこのメンバーにはうってつけと思ったのだ。その店は『伊豆天山』という四川料理屋で、ランチセットが1,000円前後であり、あくまでも好みの範疇であるが、味は良い。
    Tさんが麻婆豆腐、後の3名はバラ肉の煮込みをランチセットで注文、

    「これ、うまいっすねー」
    「卵スープもいける」
    「ごはん大盛りにすれば良かった」

    等々、皆の評価は上々であった。夕飯は新鮮魚介類のオンパレードになるので、昼飯はやっぱり真逆がいい。

    城ヶ崎はポピュラーな景勝地なのだろう、相変わらず観光客は多く、駐車場は9割方埋まっていた。今回は灯台から南へ延びる遊歩道を往復して、それぞれ撮影を楽しむことにした。
    雲が多くなり、その隙間から降り注ぐ光は、磯に刻々と変わる表情を与えている。ベタより遙かに面白い状況だ。鬱蒼とした木々の中にスポットを当てたような光り溜まりができたり、荒波が打ち付ける断崖だけがオレンジ色に発色したりして、シャッターチャンスは次から次にやってくる。
    光りが真横から射ち、きれいに発色している木の枝へカメラを向けていたTさんに、露出ロックの手法をアドバイスした。デジタルはすぐにモニターできるところが最大の強みである。

    「へぇー、こんな画になるんだ」
    「必要なら露出補正を最後に掛ければ完了だよ」

    二人であーだこーだとやっていたら、後の二人もやってきて、一時は臨時の写真講座になってしまった。Oさん、Mさんは初心者なので、少しでも“操作”が加わる撮影法に興味を覚えたのだろう。
    予定の時間はあっという間にやってきた。

    「どうしたんだ」
    「事故でもあったのか」

    R135へ戻ると嫌な感じの渋滞が待っていた。
    上りの激しい渋滞は相変わらずで、収まる気配は全く見られなかったが、あたかもそれがそのまま下り線へ伝染したような感じなのだ。動いてはいるが相当なのろのろ運転である。もしこれが下田まで続いたら、とてもではないが夕飯までに到着することは不可能である。しかし、ここから南へ向かう別ルートはない。戻れば冷川を越えて中伊豆経由で下田へ抜けられるが、対向車線の渋滞を見れば、それがベターでないことにすぐ気が付く。こうなれば流れに任せるしかない。

    一時流れがスムーズになったが、ほっとしたのも束の間、北川辺りで更に酷い渋滞にぶち当たる。
    もう殆ど動かない。真面目な話、何時に到着できるのだろうと不安が走った。
    その時である。はるか前方に赤色を認めると、それはぐんぐん近付いてきた。

    「あれは救急車だ」
    「やっぱり事故なんだよ」

    かもしれない。
    30分近くのろのろが続いた後、大きな右カーブの先に交通誘導している警察官が見えた。なんと熱川温泉入り口で2台の車が正面衝突しているではないか。損傷はかなり酷い。乗っていた人達の安否が心配になるほどである。オーバースピード、わき見運転、何れにせよ、この現場を見れば、誰でも気持ちを再度引き締めるだろう。

    下田に至る頃は既に陽は沈んでいた。聚楽がある柿崎の交差点を左折して須崎地区に入ると、周囲は街路灯だけが頼りの闇に包まれる。ここは念のため宿に電話を入れた。

    「須崎に入ったんですが、このまま真っすぐですか」
    「爪木崎へは行かないで、そのまま下ってきて突き当たりを右です」

    須崎港へ到着すると、ぜいもやはその目の前にあった。
    共同トイレ、共同洗面所、そして小さな風呂場と、まさに民宿なのだが、これがなんとも寛げる。ホテルも良いが、民宿も良いのだ。

    一風呂浴びて部屋で寛いでいると、楽しみしていた食事が運ばれてきた。なるほどこれは豪勢だ。
    金目鯛をメインとした刺身盛り、メバルの煮付け、カサゴの唐揚げ、エビ焼き等々、見るだけで涎ものである。乾杯の後は、もちろんのこと、食は進み、呑みは進み、そしてお喋りは進んだ。
    こんな楽しい一時を味わえるのも、メンバー4名が揃ったからであり、次回も、またその次もこうした集いができればいいと思う。


    翌朝は5:45起床、6:00活動開始。朝食の前に、朝日が昇る爪木崎を撮りに行くのだ。
    1台だけだが、先客のいた広い駐車場へ車を停めると、すぐにカメラの準備をして撮影に取り掛かる。この時間帯は刻々と周囲の状況が変わっていくので、のろのろはNG。10枚も撮れば露出を調整しなければならないほどである。海岸、アロエ、水仙と順に狙い、その次は丘へ登り、灯台から朝日を捉える。これだけの行程でふと腕時計を見ると、なんと7:30が迫っていた。集中していたから、時の流れが本当にあっという間だ。
    宿へ戻り、朝食を平らげた後は、港から延びる遊歩道を歩き、爪木崎へ至る半分ほどの区間で撮影を楽しんだ。ここは意外や中々の穴場で、半島の先端という磯の荒々しさや、小さな漁港町が醸し出す素朴な生活が感じられ、写欲をそそる要素に事欠かない。殆どのところは回ったと思われる伊豆半島も、探せば魅力的なところはまだまだあると痛感する。
    撮り足りない未練をやや残しつつ須崎漁港を後にした。

    帰りは途中“蛇石峠”を経由して、一路R136を沼津へ向かう。
    ストレートに戻るのではやや味気ないので、松崎で昼食休憩の際、皆と相談して、最後の撮影地を戸田に決定した。松崎は静かで雰囲気のある町、それに対して戸田は活況のある町だ。漁港周辺の賑やかさと、大瀬崎に良く似た小さな半島が、エリアの景観に大きな特徴を付け、様々な被写体に幅を加味しているところが魅力的なのだ。
    但、自分としては漁港周辺ではなく、今まで歩いたことのない町中をターゲットにしようと考えた。戸田港に注ぐ川は何本かあるが、それを辿って川上へと被写体を見つけに行くのだ。こうして人気のない町中をぶらぶらするのは、ちょっとした探検気分をくすぐり面白い。何気ない家屋の庭から飛び出たアロエの花が目映かったり、やや不自然な“温泉の案内看板”が妙に気になったりと、じっくり目を凝らせば色々な情報が入ってくる。それを撮るか撮らないかは別次元の話になるので割愛するが、そこに人が住んでいる以上、必ず生活跡は出るものだし、それが自身の普段と違えば違うほど興味はつきないのだ。

    東名高速道では20kmの事故渋滞に見舞われたが、今まで以上に充実感の高かった二日間を反芻すると、ここでも時の流れはあっという間であった。


    2011年12月29日(木)



    鹿倉山から戻った翌日だったと思う、ふと膝に手を置いた時、違和感を覚えた。よく触ってみると左膝小僧の上部5?辺りが腫れているのだ。軽く押すと鈍痛がする。更に詳しく調べると、その腫れから大腿四頭筋中央まで痛みが延びている。これは某かのダメージが腫れとして現れていると判断して間違いなさそうなので、取りあえず処置としてスミルスチック3%を就寝前に塗ってみた。翌朝チェックするとやや痛みは薄れた感じもしたが、腫れは依然残っている。翌日も同じ処置をしたが、やはり症状は変わらなかった。あくまでも軽いレベルの鈍痛なので、歩行や自転車に乗る際も殆ど支障はない。しかし21日(水)にはMさんと山歩きの約束をしていたので、少々だが不安を感じてしまう。もしも登山の途中で悪化したら酷く辛いことになりそうだし、最悪、歩行不能に陥いたら洒落では終わらない。
    そんな心配を抱きつつ、奥多摩湖駐車場に車を置くと、水根沢へ向かって歩き出した。

    今回のルートは、水根沢林道から岩尾根まで上り、Mさんにとっては初となる鷹ノ巣山山頂を目指し、帰りは岩尾根を下って、六ッ石山経由で奥多摩湖へ戻るというもの。山地図によると、往路4時間15分、復路3時間15分、計7時間30分の長丁場となり、これに休憩を加算すれば優に9時間弱の山行となる。
    果たして膝はもつのか?!

    水根沢谷へ入ると山道が渓流に沿って延々と続く。深い谷をトラバースする山道は時として狭くなり、ロープも張られている。安全な時期に普通の歩き方をすれば何の問題も起きないだろうが、落葉のピーク期や凍結の頃には最大の注意を払わなければならない。この谷で滑落したら確実に底まで止まらないだろうし、その結果は恐らく最悪を見るだろう。しかし、新緑の頃や紅葉のピークならさぞかし美しいだろうこの水根沢は、奥多摩の魅力が溢れんばかりで、またひとつお気に入りを発見した思いだ。

    沢を何度か渡ると、山道は徐々に山側に入り、きつい上りの連続に変わる。上方を見上げると斜度はかなり大きくて、山道は小さなジグザグでそれをフォローしているようだが、それでも息は上がってくる。心配している足の腫れに負荷が掛かり、忘れていた鈍痛が徐々に表面化してきた。右脚は無意識にそれをカバーするよう力が入る。
    振り返ると既にMさんの姿はない。鹿倉山では絶好調であった彼も、この登りは堪えているに違いない。
    山道のコンディションは奥多摩の平均的なところで、歩きやすく安全度も高いが、標高が上がるにつれ、“立ち休み”の頻度は上がっていった。

    何度かの分岐の後、やっと石尾根へ出た。視界が広がり、ダイナミックな景観が現れると、その爽快さが今までの疲れを一気に癒してくれる。但、遮蔽物がない為、風を感じて体感気温が急速に下がってきた。当たり前だが、ここまで高度が上がれば寒さも倍増する。スタート地点である奥多摩湖駐車場の標高は大凡500m+α。一般に1000m上がると6℃下がると言われているから、この尾根道辺りでも確実に氷点下になっている計算だ。

    鷹ノ巣山山頂を目指そうと、最後の上りに踏み掛かった時、南西の方角に富士山がきれいな傘雲をまとって現れた。

    ――― 悔しい。一眼レフを持ってくれば良かった。

    このシーンをコンデジで捉えるのは難しい。先ずはオートフォーカスが暴れて被写体のピントが何度トライしても出てこない。手ぶれ補正もVRではないので強力なノイズの恐怖がつきまとう。S500に多くを求めてはいけないが、やはりコンデジの撮影性能は陳腐としか言いようがない。

    最後の坂がしんどくて堪らない。目の前に頂があるのに出す足がやけに重く感じる。いつの間にか疲労がスタミナを削り取っていたようだ。先回鷹ノ巣山へ登った時は稲村岩尾根を選んだ。このルートは奥多摩で一番きつい上り坂として有名なので、ここを経験すれば大きな自信を得られると思ったが、いやはや、水根沢のタフさはこれに勝とも劣らないレベルだったのだ。尤も、膝が完調でないというハンディや、その日の体調の善し悪し等も加味する必要があるので、単純な比較はするべきでないが、安易に入り込むルートでないことだけは十二分に理解できた。

    「こんにちは、どちらからです?」
    「雲取りからです」

    一眼レフを片手に持った若い男性が尾根伝いにやってきた。聞けば雲取山山荘へ泊まって、ご来光を撮影してきたとのこと。

    「朝の気温は−8℃で、持っていたミネラルウォーターが凍っちゃいましたよ」

    雲取りほどではないが、今この山頂だって十分に寒い。さっきまで汗を拭き拭き暑そうに歩いていたMさんが、今度は上着を羽織り、ジッパーを首まで上げて寒い寒いの連発である。風もやや強くなり出しているし、ここは早めに昼食を終わらせ、撤退した方が良さそうな雰囲気だ。早速ストーブをセットして湯を沸かそうとするが、低い気温の為中々沸騰しない。空腹は頂点まできていたので、待ちきれずにセブンのおにぎりから食べ始める。しかし2個とも平らげたのに一向に沸く気配がしない。山に来るとこんな事で自然を感じることが多々あるものだ。
    湯を注ぐと今度は3分が長く感じられた。しかしカップヌードルがこれほど美味と感じたのはかつてない。

    先回の鷹ノ巣山山頂は大勢のハイカーで活況を帯びていた。10月末という絶好の紅葉シーズンだったので当然かもしれないが、山頂を含めて、登山口、山道、下山路、どこを歩いても人に会わないことはなかった。ところがそれと比較すると今回は寂しい。石尾根でソロの年輩男性、頂上では2名の若者と、たったこれだけである。更に下山路では、奥多摩湖へ至るまで誰一人として見掛けることもなかった。

    景色が良かったので、本当はもう少し頂上でまったりとしていたかったが、風が伴う寒さは耐え難く、食事が終わると早々に下山の準備を始めた。冬の山歩きは今回が初めてになるが、用意する着替えだけを較べても春夏の1.5倍にはなりそうだ。歩いている時はジャケットを脱ぎたくなるほど汗ばむが、頂上などで休憩すれば一気に寒さで震えてしまう。山は1年を通して経験を積まなければ、分からない部分は余りにも多い。
    石尾根をJR奥多摩駅から5時間かけて登ってきた彼が言っていたが、北側の斜面は雪が積もっていて、アイゼンを使わなければ中日原への下山は難しいとのこと。この様な状況を知らずに登山スケジュールを立てたら、途中で引き返したり、危険な迂回を行ったりと、非常に厄介なことが多々ありそうだ。そう、石尾根を六ッ石山へ向かう途中でも、北側を巻く道には積雪があり、終始慎重な歩行を強いられた。

    標高の関係もあるのだろうか、六ッ石山山頂では寒さもそれほど感じられず、寧ろ穏やかな空気に包まれていた。水根谷から石尾根に出たら、鷹ノ巣山へは寄らずに六ッ石山まで行って昼食というのも、ちょうど良いコースになりそうだ。景観も南西方面が開けていて、のんびりするにはもってこいの場所だ。
    15分ほどの休憩の後、下山を開始した。
    ここからゴールの奥多摩湖までは延々と急坂が続くことになり、両足に掛かる負担は相当に大きい。しかも浮き石が多く、慎重に歩を進めないとスリップする危険性が高く要注意である。
    下りの前半は体力も残っていたので鼻歌交じりで降りていくことができたが、もう一息で集落という地点から、徐々に右膝周りに違和感を覚え始める。無意識のうちに左膝の腫れを庇っていた為だろうか、過去に一度も経験のない、“右膝外側の痛み”が出始めた時はやや狼狽えた。その症状から察して腸脛靱帯炎痛であることは間違いなかった。しかし不思議と左膝が絶好調だったので、何とかペースを崩すことなく歩けたことはラッキーだった。
    山で使う筋肉は山でしか鍛えられないと言うが、日常で行える筋トレでこれを少しでもカバーできる方法はないものだろうか。膝のストレッチングやスクワットは日課として行っているし、往復15kmの自転車通勤も、始めて5年以上になるが、その実質的な効果は定かでない。やはり山は長く空けると次に登った時がしんどく、状況によってはランナー膝を再発させてしまう。
    コンディションを維持する方法、考えなければ…。


    2011年12月14日(水)

    山で納得のいく写真を撮るのは中々の難儀である。ファインダーを覗いて構図を決められ、寄れて、フォーカスロックが容易にできて、ぶれない等々。これらの要件を満たすには、必然的に一眼レフと三脚が必要になってくる。被写体と撮影ポイントが予め決まっているような場合は、全ての機材をザックへ格納し、現場へ到着したらそれを出して使えばいいことであるが、刻々と変化する自然の様をタイムリーに捉えるには、最低限、カメラだけはすぐに構えられるようにしたい。ちょっとした景観であるならば、VRの性能さえあれば何とかカバーできるので、その都度三脚を開く必要はない。
    以前、ベルトやアタッチメントを部品で購入して、オリジナルの脱着式ストラップを作製したのだが、結果的に使い勝手のいいものは完成できなかった。背中側に取り付けるのは簡単だが、これでは撮る度にザックを下ろさなければならないし、胸側にしても、ちゃんと固定しなければ歩く度に揺れて非常に不安定だし、そもそもその揺れ自体が気になってくる。
    webから情報を収集すると、胸側に取り付ける小型のバックが良く紹介されている。固定方法や大きさにもよるが、これが今考えられる最善なやり方のような気もするので、更に詳しく調べてみたい。
    もう一つの方法としては、最新の高性能コンデジを山のスナップ用として新たに入手することだ。
    撮影性能だけを比較すれば、もちろん一眼レフに軍配が上がるが、コンデジの真骨頂である“小さくて軽い”は、山に於て撮影性能以上に注視すべき大きなポイントとなる。
    昨今では各メーカーが競うように最新モデルを発表しているので、コンデジの性能も侮れないレベルにまで上がってきていることも後押しする。
    そこで普段は余り眼中にないコンデジを少々調べることにした。世の中には星の数ほどの機種が流通しているが、“写道楽はニコンで”と決めているので、迷わず同社のハイスペック・コンデジである、『CoolPix P7100』に注目した。大型撮像素子、VR機能、ファインダー、ホットシュー、ISO6400等々、これだけでもかなり強力な武器を備えていると言えそうだ。
    現在所有の“ロートル機・CoolPix5000”でさえ、もう少々厚みを減らし、全体的にあと一回り小さければ、十分とは言い難いが、D100の代役を果たせると思っている。
    しかし、しかしである。ファインダーはあってもバララックスや視野率の点で、一眼レフとのそれとは程遠いレベルにあり、うまく使うには練習の繰り返しによる慣れが必要だ。しかしファインダーを覗いて、構図、ピン位置などを決定するのが基本的な撮影フローなのだから、ここは敢えて重視したい。液晶モニターでは“世界”に入りきれないメンタルな障害が大きく、更に周囲が明るいところでは乱反射で見にくくなり、構図の確認さえも難しくなる。そんな中、最近ニコンから気になる新製品が発売された。ミラーレスのコンパクト一眼レフ『ニコン 1』である。シリーズにはV1とJ1の2機種があり、マグボディーで作られたマニア向けのV1には、視野率100%の電子ビューファインダーが装備されている。但、それがどれ程の“世界”に入りきれる性能を持つかどうかは、実際に使ってみなければならないだろう。この辺の諸々については、近々にヨドバシカメラへいって、手に取り操作してみようと思っている。


    2011年12月7日(水)



    11月30日(水)。久々にMさんと山へ出掛けた。考えてみると既に3ヶ月ぶりになる。今回の行き先は奥多摩の西エリアにある鹿倉山。因みにこの鹿倉山は、“シカクラヤマ”ではなく“シシクラヤマ”と読む。まあ、地名はとにかく難しい。

    出発は自宅4:30と早かった。なぜなら登山口が山梨県の丹波山村にあるので距離がある。しかもそこへ通じるバスの便が午前中に1本しかなく、それがJR奥多摩発6:55なのだ。いつもの鳩ノ巣駐車場を利用するとなると、<6:45鳩ノ巣発〜6:50奥多摩着>に乗らなければならない。セブンでの買い出しとトイレなどを考慮すれば、4:30発は妥当な線になる。
    しかし今回の行程をよく考えてみると、バスは奥多摩駅を出発してR411を延々と西へ走るので、当然“奥多摩湖”は路線上にある。そう考えると、わざわざ電車も利用しなければならない鳩ノ巣駐車場を使うよりも、バスの先回りをして、奥多摩湖畔の無料駐車場に車を置き、奥多摩湖停留所でバス待ちする方が断然メリットが大きいのだ。ここの駐車場は広く、おまけに屋根まで付いていて、トイレなどの設備だって万全なのだ。

    真っ暗な中、荷物をBMWへ載せようと外へ出た。その時何気に道路へ目をやると、既にMさんが到着していた。しかも車でだ。

    「寒いんで、車で来ちゃいました」

    この時期の4:30はとても寒い。

    ガラガラの青梅街道を軽快に西へと走った。一般車は少なく、反面トラックが多い。上り車線も交通量は微々たるものだ。通勤ラッシュ時とは雲泥の差である。
    セブンに到着したのは5:30過ぎ。まだ周囲は暗く、夜の様相である。時間にかなりの余裕があったので、雑誌の立ち読みやら、一服やらで暫し寛ぐ。
    結局、奥多摩湖畔の駐車場へは6:30前に到着した。ずいぶんと速いペースである。外はかなり寒いので、7:00まで車内でマッタリと時間を潰す。停留所の時刻表を確認すると、丹波行は7:10と記してあった。

    バスに乗り込むと、一番後ろの座席に陣取った。車内を見回すと、乗客は地元の方と思しき人が2名、その他はザックを抱えた男性が3名、女性が1名、皆単独で来ているようだ。こんな平日の早朝なのに、昨今の山人気は恐るべしである。
    発車してからずっと乗り降りの動きはなかったが、雲取山への登山口がある“鴨沢”のアナウンスが流れると、停車ランプが光った。なるほど、この乗客の中で、東京一標高のある雲取山へ登ろうとする人がいるのかもしれない。
    私も来年の新緑の頃には、テントを担いでこの山へトライしたいと考えている。
    バスが停車すると、なんと我々二人とニット帽を被っている若い男性一人を残し、残りの乗客全員が降りてしまった。窓の外へ目をやると、停留所手前の駐車場に3人組のハイカー達が、乗ってきた車の脇で何やら登山の準備をしている。装備も大きく、確実に一泊以上の山行と見た。
    みんな楽しんでいるんだ。

    丹波山温泉『のめこい湯』を過ぎると、間もなく丹波山村役場前に到着した。残っていた乗客3名全員がここで降りた。
    歩き始める前にザックを下ろして装備品の確認をするのだが、ニット帽の彼はさっさと橋を渡り、その先へ行ってしまった。

    「彼も同じコースですかね」

    川向こうへ渡ったとすれば、その可能性も高いが、途中から今倉山方面への道もあるし、小菅村へも行ける。丹波山村役場前は、この他にも三條の湯を経て雲取山へ至るルートのスタート地点でもあり、奥多摩西地区の山歩きに欠かせないポイントになっている。

    歩き出すと朝の空気が冷たく感じられた。夏から愛用しているColumbiaの速乾性トレッキングパンツでは結構底冷えして、アンダーも必要かなと一時感じたが、完璧に整備されている道標に従い、徐々に山間に入り込んでいくと、背中がうっすらと汗ばむようになり、その頃には寧ろちょうどいい具合になった。
    一坪サイズの小さな養鱒場の脇を抜けると、お待ちかねの山道が始まった。暫し沢沿いを行くが、山側に分け入ると、薄暗い植林帯の中を淡々と登っていく道になる。あまりに静かで不気味な感じがしたので、おもわず“熊鈴”を出してしまった。“まりこはし”に立てかけてあった《 熊出没注意 》の看板が、嫌な感じで頭に残って離れない。
    そもそも、奥多摩で登山を楽しむ方達は、熊の脅威に対してどの様な解釈をしているのだろう。大型犬より大きい野生の熊は、とてつもない破壊力を持っているし、遭遇する確率がいくら低いと言っても「0」ではないし、実際に被害にあった人は存在するし少なくない。基本的に熊は人を恐れていると伝えられるが、だったらなぜ襲ってくるのだろう。昨年の夏、東北・八幡平を歩いた時、ハイキングコースの入り口に熊注意の看板が目に付いたので、何気に読んでみたら、その場から歩が進めなくなった。
    ■寝たふり死んだふりは通用しない。
    ■目線を外さない。
    ■逃げたら追いかけてくる。
    ■大声を出すと襲ってくる。
    等々、もはや遭遇したら最後、絶体絶命である。

    なだらかな登りはMさんとお喋りができるほどで、息もそれほど上がらない。久々の山歩きや、初心者には程良いコースかもしれない。
    急に空が明るくなり、尾根近しを感じたら、その先が大丹波峠だ。木々に囲まれているが、とても広くて休憩するには都合がいい。ここは小菅村への分岐点でもあり、車が入れる林道も交差している。

    「休憩しよう」

    水分補給とスナック菓子で一服だ。ありふれた一時も、山ならではの寛ぎタイムになる。
    登り始めから一貫して優しい山行は、何とも程良い疲労感を醸し出す。自然に包まれている実感が嬉しさを呼ぶ。

    暫し林道を行き、それをショートカットする形で再び細い山道へ入った。僅かずつではあるが確実に標高を稼いでいく。
    ちょっとしたアップダウンを繰り返していると、意外と呆気なく鹿倉山頂上へ到着した。それにしても静かな山々である。ここまで至るのに誰一人見掛けることはなかった。やや寂しい感じもしたが、山の空気をじっくりと味わうならもってこいのルートかもしれない。少ないバス便などのアクセスを考えると、気軽に行けるところではないが、奥多摩の新たな一面を発見した感もあり、ちょっと嬉しくなってしまった。

    「こんにちは」

    逆方向から突然元気のいい若者が上がってきた。なんと上半身は半袖Tシャツ1枚である。
    話を聞くと、とにかく山が好きで、時間が空く度に歩き回っているらしい。しかも地元は茨城で、仕事が跳ねた後、そこからマイカーで寝ずのドライブを敢行し、なんと福井県の山にまで遠征したことがあるという。
    いくら26歳の若者と言っても、驚くべきパワーである。

    「奥多摩は好きなんですよ」
    「どんなところが?」
    「整列された植林帯が作る、光と影がいいですね」

    なるほど。人によってはそんな見方もあるのだ。

    「それじゃ」
    「気をつけてね」

    去り方も凄い。まるで山岳耐久レーサーのように、駆け足で来た道を下っていった。
    鹿倉山から大寺山までは、石尾根に似た道が続く。広々とした尾根はリラックスして歩くことができ、気分がいい。見渡す限りの地面は落ち葉で覆われ、踏み跡を見失うほどであるが、それが季節感を生み出し、初冬の山に浸っている雰囲気に包まれる。ザッ、ザッと落ち葉を踏んで歩く音、風が葉を動かす音、これ以外は何も聞こえてこない空間だ。

    視界が開けると、非常に異なものが眼前に現れた。まるでインドやネパールにでもありそうな、寺院風建物なのだ。真っ白で、しかもかなり大きい。道標に記してあった“仏舎利”がこれなのだ。
    しかしここは恐らく“秩父多摩甲斐国立公園”内に該当するところだと思うので、この仏舎利を建造する際には、自然公園法に則った許可申請が必要だったはずである。余りにも周囲の自然にマッチしない巨大な建造物は、違和感だらけの何ものでもなく、ここを訪れるハイカーは皆同じことを感じるのではないだろうか。
    余り気は進まなかったが、タイミング的に昼食タイムなので、仏舎利を目の前にしてザックを下ろした。

    長い休憩の後、深山橋を目指して出発。仏舎利がある大寺山山頂はちょうど東京と山梨の県境に位置するので、ここを東に下り始めれば、即東京都に入ることになる。

    「おっ、けっこう急だな!」

    本日一番の急な下り坂に緊張感が走った。傾斜があるだけでなく、そこを厚く落ち葉が覆っているので、極めてスリッピーであり、周囲に頑丈そうな枝があれば、必ずそれを掴んで慎重に下っていった。
    ここからはゴールの深山橋直前まで延々と下りばかりが続き、いい加減嫌気が差すほどだ。しかも落ち葉の絨毯は途切れることがない。
    私もMさんも1回ずつ尻餅をついてしまい、その度に気持ちを引き締めた。

    今回は腸脛靱帯炎の兆しが全くなく、実に気持ちのいい山歩きを楽しめたが、最後の下りを開始してから約30分後、膝上の大腿筋に疲れが出始めた。このレベルの山で且つ軽い装備なのに、情けない限りである。来年はテントを担いで雲取山へ行くので、更に具体的な筋トレは必要となってくるのだろう。

    奥多摩湖が大きく見えてきた。ゴールはもうすぐだ。高度を下げるほどに紅葉が見事になってきて、時々足を止めてはそれを撮影した。古タイヤが埋め込まれている階段の不思議な踏み心地に驚いていたら、『手打そば・陣屋』の脇に出た。


    2011年11月25日(金)



    今年は“恒例年末一泊”が開催できそうである。単なる日帰りの撮影会が、年を重ねる事にアイデアが盛り込まれ、今ではレギュラーメンバー4名が、一泊二日をもって年を締める形になった。記念すべき初回はNikonD100が発売された年、つまり、念願叶ってD100を入手した2002年の年末からスタート。確かあの時は、Tさんと三浦の城ヶ島へ水仙を撮りに行ったのだが、時期が早すぎて肝心な開花は殆ど見られず、その代わりに城ヶ島の変化に富む磯を、ずいぶんと時間を掛けて歩き回り、おかげでご機嫌な撮影ポイントをいくつも見つけることができたのだ。今でも城ヶ島は定期的に訪れるお気に入りとなっている。
    しかし、あれから9年とは本当に月日の流れは早いものだ。

    年末一泊の宿泊地は決まって伊豆である。アクセスの良さと、山海の幸、温泉、多様な景観と、年の最後を飾れる全ての要素が盛り込まれているからだ。振り返れば、松崎、戸田の町並みと漁港、南伊豆の断崖絶壁、静かに佇む一碧湖と大島を見渡せる城ヶ崎等々、ずいぶんと堪能してきたものだ。それと初日には富士山の撮影も定例として盛り込んできたので、この一泊二日はけっこう内容の濃いものになっている。気の合う仲間同士で、趣味の写真撮影をとことん楽しみ、美味いものをいただき酒を飲む、フィニッシュは温泉に浸かり、身も心も真からリラックスさせる。これで楽しくないわけがない。


    2011年11月17日(木)

    鷹ノ巣山で痛めた両膝の症状がすっきりしないままの登山は如何なものか。
    違和感が消えない左膝を抱えて悩む日々。

    そもそもなぜ痛みが出たのか。
    a) 2ヶ月間の登山ブランクで筋力が衰えた。
    b) 完璧なオーバーユース。
    c) ストックの使い方に間違いがあり、逆に膝への負担が大きくなってしまった。
    d) 歩き方に問題があった。
    今回の原因を究明する以前に、持病と言ってもいい左膝の不調をwebを使って調べてみた。
    本来ならば医者に診てもらうのが正道だが、山登り以外の一般生活では発症しないので、軽く見ていたことは確かである。
    症状、原因、共に当てはまったのが以下である。

    腸脛靭帯炎(通称“ランナー膝”)
    <症状>
    ・腸脛靭帯は膝の外側を通過して脛骨外側に付着。(腱性組織)
     この靭帯がすり合うことで徐々に出現してくる。
    ・膝の外側に緊張、違和感を感じ、その症状が徐々に灼熱感に変ってくる。
    ・痛みで走れない状態になるが、休むと楽になる。しかし再び練習を再開すると痛みがでてくる。
    ・重症な場合、痛み部分の摩擦を軽減するために、膝を伸展位で歩行するようになる。
    ・リスクの高い運動 ⇒ ランナー、自転車競技、スキーヤー、エアロビックダンサー

    <原因>
    ・解剖学的にO脚の人は、腸脛靭帯の緊張が高まりやすい。
    ・一番の原因は、しっかとウオーミングアップをしないこと。
    ・ランニングシューズの型を変えたり傾斜のある場所を走りすぎたりする。(側溝の傾斜も注意)
    ・急な練習メニューの増加。
    等々である。
    色々なサイトを覗いてみても、根治法は見当たらず、発症する人は、事故の症状やレベルを把握した上で、予防に力を入れているようである。中でも大腿筋の筋力アップとストレッチが最も効果的であることが分かったと同時に、急速な運動量アップが最たる発症の原因になっているようだ。

    以前と違い、何となく前が見えてきたようで気持ちも前向きになってきた。すぐに多々あるストレッチの方法を調べ上げ、自分に合うと思われるものを実行してみた。どれ程の効果があるかは分からないが、やってみて、その上で山へ行こうと決めた。

    岳人10月号別冊『秋山』は、毎日手に取るお気に入りの雑誌である。この中から紅葉を楽しめ、且つリハビリの目的を兼ねたルートを探してみた。いくつか候補が上がったが、アクセスが良く、『山と高原地図』にも紹介されていた、棒ノ折山がちょうど良いのではと即決定。ルートはいくつもあるが、高原地図の紹介ルートを参考に、馴染んでいる鳩ノ巣駅駐車場スタートでアレンジしてみた。

    11月9日(水)5:00に自宅を出発。馴染みの青梅街道で、これまた馴染みの鳩ノ巣駅無料駐車場へと向かう。
    鳩ノ巣からは上り電車で川井へ逆戻りし、そこから清東橋行のバスに乗り込む。5分遅れで到着したバスには、私を含めて乗客は4名のみ。これで午前中に3本しかないダイヤでは、到底採算ベースには乗らないだろう。バスは数年前に獅子口経由で川苔山へ登った、あの道を進んで行く。
    随所に紅葉が見られ、先回の鷹巣山から2週間しか経っていないのに、ずいぶんと季節が動いたのだと実感する。これなら山頂周辺では、さぞかし色とりどりを楽しめるのではと期待感は膨らんだ。

    終点まで乗っていた全員がここで降りる。
    トイレに行ったり、上着を羽織ったり、各々これからの山歩きへ向けた準備が始まった。
    風もなく気温もちょうどいい、正に登山日和である。
    ここから更に上流へ数百m歩くと、棒ノ折山へ至る登山口がある。いったん沢へ下りて、大丹波川を渡る。

    「どこまで行くんだい」

    山仕事姿のおじさんに声を掛けられる。

    「棒ノ折山です」
    「ずっといい道で上がっていけるよ」

    話し好きそうな旦那さんだ。戦争中のこと、そして若い頃は一時三鷹に住んでいたことなどを交わした。
    話の内容から大凡の年頃は予想できたが、なんと聞いてみてびっくり。

    「俺は83だよ」

    そんな高齢で、こんな山道を矍鑠として歩いている。うちの親父も相当に若い方だが、このsituationでは実年齢がモロ出しになるだろう。

    「おじさんも気をつけてね」

    わさび畑に沿って道はどんどんと高度を上げていく。至る所に水が噴き出すこの周辺は、美味いわさびの採れる要素が揃っているのだろう。
    それにしてもこの登りは意外にきつい。あの稲村岩尾根とさほど変わらないし、周囲の雰囲気も同じ奥多摩とあって似た感じだ。上方に目を向けると、バスで一緒だった40代と思しきご婦人が、右手にストックを持ち、ゆっくりと登っている。しかし写真を撮りながらだとなかなか追いつけないペースでもある。
    大きな岩を回り込むところまで来て、やっとご婦人に追いついたが、私もそれなりに息が上がっているし、先回痛めた左膝も心配なので、ここはペースを合わせてゆっくりと歩くことにした。
    行く先の樹木が少なくなり、周囲がぐっと明るくなってきた。最後の急坂を上がりきると、そこが棒ノ折山の広い頂上だった。時刻はまだ9時半を少し回ったばかりだ。

    「絶景ですね」
    「ほんと、いい眺め」

    彼女は若い頃、ずいぶんと山を楽しんだらしいが、その後ブランクがあり、今年の春から再び始めたとのことだ。どうりで奥多摩界隈のこともよく知っている。ここからのルートは私と正反対に名栗湖方面へ降りて、唯一ある温泉を楽しむらしい。

    「最近、山へ登る人は変わったわ」
    「そうですか?」
    「昔は“ばんカラ”が多かった」

    山女子、タイツ男への当てつけかもしれない。
    いいか悪いかは別として、何でも流行に軽く乗るのは、私も好きではない。
    ザックを下ろして休憩に入る。見渡せば新宿の高層ビルやスカイツリーまでがくっきりと確認できる。胸の空く眺めだ。こんないいところにいるのが女史と私の二人だけとは、何とも微妙なところである。

    「それじゃ一足先に」
    「気をつけて」

    休みもそこそこに、女史は下っていった。

    一人になった山頂は静寂に包まれ、心成しか気温が下がった感じがした。それにしても180度以上広がるワイドビューは、ガイドブックやブログだけでは計り知れない素晴らしいものである。やはり自分の足を使って実際に来てみなければ、何も分からないし、何も語れないとつくづく思う。まだ登ったことのない他の奥多摩へどんどんトライしてみたい。

    山頂から下り始めると、いきなり私の嫌いな丸太階段が延々と続いた。歩き辛いことこの上ないし、膝にも良くない。ダメージが掛からないよう、慎重に段差を選び下りていくが、嫌なことに左膝が微妙に反応をし始めたのだ。

    ――― 勘弁してくれ。

    こんなに早い段階で痛みが出たら、真面目に下山不可能になる。坂の脇で、もう一度屈伸とストレッチを、今度は入念に行った。この腸頸靱帯のストレッチを行うと、症状の出ていないときでも膝に違和感が走ることがある。やはりダメージは治っていないのかもしれない。
    息を整え、歩き出す。
    痛みが出そうで出ない、不安定な感覚を抱えながら、そろりそろりと下っていく。
    最初の急坂をクリアし、尾根道へ入る。既に1時間近く歩き続けているが、不思議と痛みは悪化しない。それどころか膝周りが軽く感じるようになってきた。故意に左足に荷重をかけてもへっちゃらだ。
    俄然気分は高揚してきた。

    権次入峠でハイカー二人が休憩をしていた。個々を左へ折れれば名栗湖方面、つまり女史が向かったルートである。ガイドブックによれば、こちらの方が渓流が多いらしい。
    爽快な尾根歩きが続く。いかにも奥多摩らしい雰囲気がある山中は、随所に紅葉が進み、目を楽しませてくれる。前後に人の気配は全くなく、静かな山歩きを満喫できた。
    黒山から大分進んだところで、夫婦と見られる二人が休憩をしていた。

    「こんにちは」
    「棒ノ折山は天気が良くて絶景を見られました」
    「私達もこれから行くんですよ」

    どうやらご夫婦は、私の進むルートの真逆を歩いてきたようだ。

    「こっちからだと岩茸石山の登りはややきついですよ」

    大丈夫、今日は調子がいい。
    楽な尾根歩きに少々飽きが来ていたので、ちょっとハードなセクションは寧ろ望むところだ。
    膝の痛みが出ないと、こうも調子が上がる。

    なるほど、先ほどまでとは異なる、ややきつめのアップダウンが連続し始めた。これを超えれば頂上だろうと思わせるピークもあったが、あくまでも“前座”だったようで、一服の後、靴紐を締め直して歩き始める。
    時計を見るとそろそろ12時だ。腹が減ってくるわけである。

    今まで以上に青空が見え始めた時、眼前に急坂が現れた。さすがにきつい登りだったが、頂上がその上に望めたので、気合いを入れて一気に上がった。
    頂上には4組のペアと単独ハイカー3名が寛いでいた。広さは棒ノ折山頂上の約半分ほどで、且つ長細いから結構賑やかな雰囲気がある。
    岩茸石山は、位置的にこの山域の“交差点”となっていて、北へは棒ノ折山、東へは小沢峠、高水山、JR軍畑、西へは名坂峠、そして南へは惣岳山経由でJR御岳へと山道が延びている。だからこれほどハイカーが集まるのも頷けるところである。天気のいい週末だったら、ごった返しだろう。
    景色は見事なもので、色づいた山の斜面が特に美しいと感じた。暫し眺めを楽しみ、その後は昼飯である。
    先ずはストーブを取り出し点火する。いつもはカップヌードルだが、今回はセブンのオリジナルカップ麺にしてみた。カップヌードルのパクリには違いないが、何と言っても天下のセブンが作った商品なので期待は高い。
    湯が湧く間におにぎりとカシューナッツ一袋をを平らげた。足の調子がいいと食欲も上がる。
    湯を入れて2分が経ったので、そろそろ蓋を開ける。調理方法には“3分”となっているが、私は堅めが好きなので、この手のインスタント食品は殆どの場合1分早めで食べ始める。

    ――― おっ、これ、なかなかいける。

    第一印象はしつこさがなく全体的に淡い。しかし味付けは上手な塩加減でしっかりとしたものだ。これはカップヌードルと肩を並べるレベルだと感じた。試せば美味いものは沢山あるのかもしれない。
    食後は熱々のコーヒーで締めくくった。

    山地図で御岳までの道順を再確認し、出発する。
    歩きやすい道が延々と続くが、ゴールへたどり着く前には惣岳山が迎え立つ。頂上には青渭神社があり、短いがそこまでの登りはクサリ場もあり変化に富んでいる。巻き道もあるが、そこを行くのでは面白くないだろう。神社の脇にあるベンチに年輩のハイカーがひとり休憩していた。

    「御岳でしたら、もうすぐですよ」
    「ありがとうございます」

    よっしゃ、もう一踏ん張りだと一気に下っていく。

    但、地図で確認しても、惣岳山からJR御岳まではそこそこの距離を残している。しかし下るだけだし、後はそれほど大変ではないだろうと読んでいた。ところが実際は少々異なった。駅に下る急坂の直前まで、小さいがアップダウンを繰り返し、最後の最後まで気の抜けないコースなのだ。

    舗装路に出て、右へ入る階段を下ると、そこが青梅街道であり、右手には御岳の駅舎がある。
    30分ほど待った下り電車で鳩ノ巣へ引き返し、車に乗り込む。丸一日に渡る山行の疲れがいっぺんに出て、暫しぼーっとなる。しかし、この気怠さがが何とも快感であり、私の好む一瞬である。


    2011年11月10日(木)

    不思議に思う。
    何故あんなミスコースをしたのだろう。今回は先行する人がいたので、余計な方向へは目線が走らなかったが、余りにも間違えた道は不自然に取り付いており、普通に判断しても迷い込むことはまず考えられない。
    初めての山、熊出没、上級者向き等々のフレーズが頭の中を駆け巡っていたのだろうか、改めて“最初に弱い男”を認めたと同時に、これからの山歩きに対して一抹の不安も覚えた。
    今の倍、いや三倍の冷静な確認と行動を身に付けなければ、先々とんでもない事故を起こしそうな予感がする。ここはとにかく、真摯に反省することだ。

    今回のトライは鷹ノ巣山。コースは“奥多摩一の急登”と呼ばれる、稲村岩コースを選んだ。
    野暮用としつこい鼻風邪が続いた為、山へは約二ヶ月間も入っていなかったので、次回は敢えてきつい状況に身を置いて、真からマゾヒズムに浸ろうと常々考えていたのだ。

    居間に下りて、東側の窓を開けた瞬間、この上ない爽やかなな空気が流れ込んだ。
    10月27日(木)は早朝から青空が広がり、テンションは否応にも上がった。

    流れの良い新青梅街道は、あっという間に山々が迫る東京郊外へと運んでくれた。いつも通りにセブンイレブンで買い出しを行い、用足しも済ました。今回はストーブ持参なので、紙コップ入りのインスタントコーヒーと、カップヌードルを篭へ入れる。その他に、梅おにぎりとソーセージ入りの揚げパン、チョコワッフル、そしてウィダーゼリーとミネラルウォーター500ml×4本を購入。これで食事対策は万全だ。
    この季節は真夏と較べて汗をかく量は少ないと思われがちだが、急峻を連続的に上がって行くと、季節に関係なくそれ相応の汗が吹き出してくる。しかも今回は今までにない長丁場になるので、もう1本買っておこうかと迷った。
    そう、ルートをご紹介しよう。
    鷹ノ巣山はあくまでも通過地点で、今回はそこから石尾根伝いに東へと進み、最終ゴールをJR奥多摩駅とした。山岳地図によれば、中日原バス停から稲村岩尾根を登り切り、鷹ノ巣山山頂に立つには3時間10分、そこから六ッ石山分岐までが1時間30分、そして青梅街道へたどり着くまでには更に2時間10分を要する。休憩時間抜きの概算で、大凡7時間のロングディスタンスであり、初めてのコースと言う条件を加味すれば、プラス30分は見ておかなければならないだろう。

    沢を渡る頃から登りは徐々に厳しさを増してくる。枯れ葉の積もった山道を、ガサ、ガサっと音を立てながら黙々と登っていく。70歳代と思しき老人に追いついたときは、思わず心の中で拍手喝采。“俺もまだまだやれる!”と勝手に奮い立つ。
    稲村岩の取り付きで最初の休憩。岩登りをやってみようかなとも考えたが、初のコースだし、この先かなりな距離を残しているので、ここは気持ちを抑え、トライは次回に持ち込むことにした。
    水とウィダーゼリーを補給。これだけでずいぶんと力が出てくるものだ。
    それにしてもタフなコースである。
    沢を渡ってからは連続して登りが続き、平らなところは無に等しい。しかも延々と樹林帯の中を進むので、景色の変化に乏しく、辛さを余計強く感じてしまう。山歩きを楽しむというより、訓練に近い気分に陥いてくるのは、そんな条件に満ちているからだ。空気の美味さと木々の美しさだけが唯一の救いだが、キャッチである“奥多摩一の急登”は強ち嘘ではないようだ。
    しかし今回感じるこの厳しさは、単にコースがタフだからということだけではなく、いつものペースを維持できなかったことも大きな要因となってしまった。
    実はこの稲村尾根の登りを、歩行速度こそ低いものの、殆ど休憩を取らない中年夫婦の後をずっと追い続けたのだ。
    今から思えば、相当に“山慣れた夫婦”だったのだろう。

    一度は追い越したのだが、稲村岩の取り付けで休んでいる間に再び抜かれ、その後はずっと後を着いていく形となったのだ。殆どの登山客がここで休みを取るのに、中年夫婦はその素振りも全く見せず、涼しい顔をして通過していったのだ。これが印象に残った。
    10分ほど休憩してから、彼らの後を追う形で登り始める。

    同じ斜度の単調な登りが続く。上方へ目をやると溜息が出てしまうので、なるべく見ないようにした。歩行時間が2時間を超えてくると、さすがに疲れが蓄積するのか、大腿部が固くなってきたのが分かった。空気はきりっと肌寒いが、汗は夏並みに噴き出してくる。先回登った川苔山とは趣が大分違う。

    中年夫婦の後ろ姿が見えてきた。相変わらず淡々と歩いているが、恐らく一度も休憩を入れていないはずだ。ちょっとした段差や、木の根が込み入っているヵ所は慎重に対処しているようだが、その他は登り始めと全く変らないペースを維持している。恐れ入ったことである。ここは疲労度を考え、このまま彼らの後に付いていくことにした。

    “ヒルメシクイノタワ”と記した道標は、ほんの僅かな平地に立っていた。さすがに疲れ始めたのだろう、中年夫婦初の休憩だ。
    私も岩の脇にザックを下ろす。

    「いや〜、、結構きついですね」
    「でも、天気がいいから」

    余裕の返答である。
    先ずは腰掛けて、水分&栄養の補給だ。疲れているのだろう、チョコドーナッツがやたらと美味しく感じられた。がぶ飲みしたミネラルウォーターはいくらでも入りそうだ。
    中年夫婦へ目をやると、2〜3回水筒を口にしただけで、既に出発の準備をしている。

    ――― おいおい、まだ5分も経ってないじゃないか。もっと休めよぉ。

    終始涼しい顔をしている奥様が、

    「それじゃ、お先に」

    こんな山歩き、どこが面白いのだろう。これじゃまるで修行と変らない。
    まあ、彼らは彼ら、私は私だ。この後10分少々体を休めた。

    ヒルメシクイノタワまで来れば、鷹ノ巣山頂上は間もなくである。
    最後の坂を上がり、視界が開ければそこが頂上広場となっている。眼前に広がった眺望は、今までの奥多摩の山々では体験のできなかったダイナミックなもので、これを目的に登る人達はさぞかし多いだろう。
    感動である。
    周辺の主要な山々はもちろんのこと、富士山までがくっきりと浮かび上がり、月並みだが、これを見渡せば、それまでの疲れは一瞬のうちに吹っ飛んでしまう。これぞ山登りのハイライトだ。

    腹が減った。ストーブを点火し、湯が沸く間におにぎりを頬張る。

    「初登頂ですか?! 記念写真撮ってあげますよ」

    隣に座っていた気さくそうな男性に声を掛けられ、甘えることにした。
    男性は二人組だったので、お返しに彼らも撮ってあげた。
    こんなやり取りは、ほのぼのするものである。

    「帰りはどちらへ?」
    「奥多摩駅へ下ろうと思います」
    「いい道ですが、長いですよぉ〜、、スムーズに行って、最低3時間は掛かるかな」
    「ありがとうございます」

    生の情報はありがたいし、心強い。彼らも帰りは同じ方面らしいが、奥多摩駅へは行かずに、途中から奥多摩湖へ下るルートだそうだ。こちらの方が距離的にやや短いとのことである。
    熱湯をカップヌードルへ注ぐ。山で食べるカップヌードルは格別の美味さがある。色々なカップ麺を試してみたが、やはり老舗の実力が光るカップヌードルのシリーズが一番だ。
    腹がふくれると、眠くなった。緊張感がほぐれ、頬に当たるそよ風が更に眠気を誘う。暫くぼーっとしていたら、本当に眠りそうになった。
    重い腰を上げて、片づけに取り掛かる。食料と水が減っただけで、ザックは軽くなる。些細なことかもしれないが、これが何となく嬉しく感じてしまい、下山への元気の素になる。

    頂上に至るまでのキビシイ急登と、のんびりと周囲の景色を楽しめるなだらかな尾根歩きとは、天と地の差があった。まあ、この変化が妙味であり、山の醍醐味と言えるところだが、緊迫感が一気に消え去る状況は要注意ポイント。こんな時に事故は起きるのだ。

    ガイドブックによれば、石尾根は防火帯となっているようで、道幅は広々としていて且つ延々と続いている。尾根歩きの楽しさは、殆どのトレッキング入門本に紹介され、山へと誘っているが、なるほど、これは紛れもない真実だ。歩くエネルギーを抑えられると、景色、音、空気の流れ等、周囲の情報がより多く感じられるようになり、山に浸っている実感は否応なしに高まってくる。しかもリラックスした気分でこれに浸れるのだから堪らない。
    随所に紅葉が見られ、立ち止まっては撮影を繰り返した。多摩川沿いの紅葉はまだ始まらないが、さすがにこの標高になると色づきはかなり進んでいるようだ。

    緩いアップダウンを繰り返しながら、徐々に標高を下げていく。
    一見足への負担が軽そうなUndulationであったが、実際は稲村岩尾根の登りで相当なダメージを食らっていたらしい。思いの外、早い時点で左膝に違和感を感じ始めた。ストックを使ったり、歩き方を意識しながら、膝への負担を軽減するように心掛けると、それほど切羽詰まった感じにはならない雰囲気はあった。何と言ってもMさんと行った大岳山以来、大菩薩峠、蓼科山、夏の池めぐり、川苔山と、何れも膝は絶好調で、これはもう完治したのではないかと心底思っていたのだ。
    そんな中での違和感は、今までになく気持ちを動揺させた。
    そして嫌な予感は的中していった。少しずつ少しずつ痛みは大きくなっていき、無意識のうちに左膝をカバーしようとして、ストックに体重をかけ始めていたのだ。これは最悪のパターンの始まりだ。
    膝は曲げる時に痛みが出るので、余り曲げないように左足だけがロボットのような歩き方になり、同時に左足にはその分負担が掛かるようになっていく。羽黒三田神社は奥多摩駅までもう一踏ん張りと言う位置にあるが、この辺にきて何と右膝の外側からも痛みを感じるようになったのだ。これは意外なことであり、過去に一度も痛みの出たことのない部分だったから、正直狼狽した。歩幅を最小限に控え、更にペースを落とした。

    やっとの思いで“むかし道”へ出た時には、精神的に“満身創痍”であった。実際の膝痛より、完治したものだと信じ込んでいたところに出た痛みが、これからの山歩きに大きな不安を抱かせたのだ。今では登山が一番の趣味になっているので、これが続けられなくなったらがっかりどころではない。来年はステップアップの第一弾としてテント泊にもトライしてみようと思っていたし、アルプスへも積極的に出て行こうと計画を練っていたところなのである。“出鼻を挫かれた”とは、こんなsituationを言うのだろう。

    <データ>
    ・JR奥多摩発 8:10(バス)〜中日原・登り始め 8:40 〜 (稲村岩尾根) 〜 鷹ノ巣山 12:00
    ・鷹ノ巣山出発 12:50 〜 (石尾根) 〜 JR奥多摩到着16:20


    2011年10月12日(水)

    とんでもないミスコースをしたらしい。
    “らしい”と表現するのは、本当にミスコースかどうか、実地検分を行っていないからだ。しかしあの急な斜面は、まともな登山ルートとは言い難い。土から顔を出している中くらいの岩は殆どが浮き石で、掴めないし足ものせられない。低木は全てが枯れていて、掴んで力を掛けると簡単に根ごと抜けてしまう。唯一使えるのは若々しい青竹で、これは幹も根も十二分な強度がある。しかし、長く広い斜面に青竹が生えている部分は極少なく、大概の場合は微動だにしない大きな岩の窪みを探して、そこを足場として進むしかやりようがない。まさにロッククライミングの要領だ。
    それでも汗を吹き出しながら、全体の1/3程を登ってきた。すると眼前に2m以上はあろうかと思われる大岩が立ち塞がった。
    これをよじ登るのは、かなりリスキーだ。精細に観察すれば足場は見つかるかもしれないが、下りる時のことを考えると気持ちが萎えてしまう。左方へ目を移すと、もう一つある大きな岩の足元部分に竹が密集しているのを発見。あの竹を足がかりにすれば、眼前の直登よりはまだ安全であろうと、左方向へ3〜4m程トラバースすることにした。しかしこの短い距離の移動でも気は抜けない。とにかく足場や固定物がないのだ。
    慎重に移動していき、青竹をつかむことに成功すると、一気に引き寄せた。もう片方の手も竹の根をしっかりと掴むことができ、更に引いた。竹の密集を掻き分けるように前へ出ると、次は岩上部の左側に取り付いた。しかしここからがいけない。足場が全く見あたらないのだ。斜面の傾斜がもう少し緩ければ、何とか這うようにして進めるのだが、この角度ではそれも難しいところだ。
    再びにっちもさっちもいかなくなり、汗が異様に吹き始める。考えたあげく、先ほどの竹密集地帯まで滑り下りて、あわよくがっちりと青竹を掴んだら、足場を作ってそのまま下山することにした。
    登れないこともないのだが、危険すぎる要素があまりに多すぎて、ここが本ルートとはどうしても思えなくなってきたからだ。

    「なむさん!!!」

    やった!青竹はしっかりと根を伸ばしていた。体重を掛けてもびくともしない。しかし滑った時にトレッキングスティックのグリップをどこかに引っかけたようで、棒だけになったスティックが痛々しい。
    ズボンのお尻を泥だらけにしながら、何とか危険地帯をパス。後は一歩一歩ゆっくり下っていくだけだ。

    しかし、もっと慎重に行動すべきだった。流れと勢いだけで前に進むのではなく、登山の前日までにルートの下調べや山全体のポイントをきちんと掴んでおくのは、最早常識なのである。
    果たせなかった山登りはこれが初めてであり、最初は呆然としていただけだが、段々と気持ちに落ち着きが戻ってくると、もう悔しくて悔しくて、後悔の念ばかりが繰り返し襲ってくるのだ。これはもう立ち寄り温泉どころではない。一目散に自宅へ引き返すと、ミスコースの原因並びに周辺ルートの繋がりを徹底的に洗い直したのである。
    リベンジはいつにしようか、、、


    2011年9月29日(木)

    おおよそ1ヶ月前の9月7日(水)。久しぶりとなったMさんとの山登りだ。行き先は、渓流の美しさが心を打つ、奥多摩・川苔山である。

    この山は今回で2度目となるが、初登頂は、車で大丹波川沿いを行けるところまで行き、そこから獅子口経由で頂上を目指すという、ややイレギュラーなコースを辿った。しかしその時も渓流の美しさに心を捕らわれ、それから1年後に、写真撮影目的のみで、獅子口界隈を半日歩き回ったことがある。
    川苔山は奥多摩を代表するポピュラーな山だが、コースの多様さがその人気ぶりを表している。今回は数あるコースの中で、最も渓流美を堪能できると言われる、川乗橋バス停から沢に沿って頂上を目指す“定番”を選んでみた。下山はオーソドックスに鳩ノ巣駅へ下りるコースだ。

    JR奥多摩駅の改札を出ると、鍾乳洞行き8:00発のバスは既に乗車を初めていた。整理券を引き抜いて、車内に乗り込むと、席の8割が埋まっている。人数を数えたら26名の客がいた。“地元”と思しき人は2名だけで、その他は全員ザックを持っている。山人気に衰え無しだ。

    川乗橋へは10分少々で到着した。バスから降りて日原川を間近で見ると、水は濁り、濁流と化している。台風12号の影響は奥多摩にも及んでいるようだ。この先、ずっと渓流沿いを行くので、山道がどの様な状態になっているか、やや不安になった。

    延々と変哲のないコンクリ道を歩く。退屈この上ないが、その先にある渓谷美を思えば我慢も出来た。なんだかんだ30分以上歩き続け、細倉橋を渡ると最初の道標が現われた。

    「右か、ここからだ」

    本格的な山道の始まりだ。

    「注意書きがあるよ」

    読んでみると、
    【橋が流されたため、百尋の滝へは行けません】
    と記してある。
    まあ、百尋の滝を目当てに来たわけではないので、この警告は単純に無視した。それより渓谷沿いに延びる細い山道は、山好きの感性を否応なしに擽ったのだ。

    清涼感。この言葉がピッタリ当てはまる川苔谷は、Trickyな山道がプチスリルを味合わせてくれ、山歩きの楽しさがこれでもかと迫ってくる。殆どのガイドブックを開くと、川苔山は中級向けとなっているが、ここは是非初心者の方々にもトライしてもらいたい。奥多摩界隈にありがちな、但黙々と樹林帯を行くパターンは、はっきり言って初心者には面白みに欠けるものであり、これを3〜4回も続けていたら、山嫌いになる恐れも十分あり得る。よってコース選びの際は、ワイドな景観、変化のある道、花、渓流等々をなるべく盛り込みたいものだ。それをきっかけに、写真撮影や植物観賞、そしてアウトドア料理、キャンプ泊等へと広がって行けば最高だ。

    写真好きにとって川苔谷は魅力的なところ。歩を進めれば至るところに撮影ポイントが現れ、その度にカメラを向けたい衝動に駆られる。何度も立ち止まってはシャッターを切っていたおかげで、初っ端からずいぶんと時間を費やしてしまった。このコースは比較的長時間を要するので、意識的に平らなところではややスピードアップした。Mさんは平地や緩い登りでは非常に歩きが速くなるので、リズムの狂いはなかった。
    ふと川の向こう岸で、なにやら座り込んだり、身支度している数人のハイカーが目に入った。休憩を取るには不自然なところである。

    「あれ、橋がないよ!?」

    台風の影響か、無惨にも木の橋は横倒しになっている。
    よく観察すると、対岸の人達はそれぞれ脚をタオルで拭いたり、靴下を履いたりしている。なるほど、川を渡り終えた直後なのだ。バスでいっしょだった若いカップルもいる。

    「そこにロープありますから!」

    カップルの彼氏が声を張り上げ教えてくれた。

    「了解!」

    山では皆仲間。この感覚が何ともこそばゆい。
    早速靴を脱ぎ、川渡りの準備に取り掛かる。靴下を脱ぎながら眼前の川に目をやると、流れはそこそこに速く、しかも冷たそうだ。一方MさんはぴちぴちのCW-Xを着けているので、たくし上げるのに四苦八苦している。
    トレッキングシューズを首から提げると躊躇なく入水、意外や水温はそれほど低くない。不安定且つヌルヌルする川底の岩に慎重に足裏を合わせて一歩一歩進んでいく。
    対岸へたどり着き、ふと振り返ると、Mさんが川へ入ろうとしていた。

    「橋を掴みながらね!」

    水深は膝のちょっと下までだが、不安定な足場に強い水流が手伝い、転倒の危険性はかなり高い。溺れはしないだろうが、全身びしょ濡れになっては引き返すしかなくなる。
    タオルで足を拭ったら凄く気持ちがいい。なんかさっぱりした気分になって力も沸いてきた。これも川渡りの効果か?!

    百尋の滝を左に見ながら岩を這い上がっていく。ここから頂上までは連続した登りが続き、それまでの沢沿いの道で楽をした体が悲鳴を上げ出す。
    しかし、体とは不思議なものである。息が上がり、汗が滴り落ち、ペースはぐっと落ちていくのだが、無理をせずゆっくりと一歩一歩進めていくと、次第に体がその状況に順応してくるのだ。蓼科山の時もそうだった。岩だらけの急登はかなり手厳しいものだったが、“3歩進んでは息を整え”を繰り返していたら、ある時を境にそれほど苦しさを感じなくなり、これが“クライミング・ハイ”?!とまじめに思ったほどだ。やはり自分のレベルにマッチしたペースを知ることと、それを確実に実行することは、サイクリングにおける“ケイデンス維持”とニュアンス的に同じなのだ。

    最後の急坂を登り切ると、そこが川苔山の頂上である。数年前の記憶だと、もう少し広かったような気もしたが、天候に恵まれ、遠くの山々までが見渡せたから大満足。やはりこれがないと山歩きの感動は半減だ。
    空いているベンチに陣取り、昼食の準備に取り掛かる。ストーブでお湯を沸かし、きつねうどんと紅茶をいただく。山で暖かいものを食せることは、やはり大きな豊かさがある。

    カップル、そして後を歩いてきた3人の中年グループも続々と上がってきた。

    「あっ、おつかれさん!」

    皆ここで食事のようだ。

    「お兄さん達、どこから上がってきたの?」

    元気満ちあふれる4人のおばさんグループが、隣のベンチを陣取った。

    「川苔橋です」
    「そうなんだ」

    「あら?!、来てたんだー」

    我々に声を掛けてきたと思ったら、今度は3人中年グループへ声を掛けた。
    どうやら知り合いのようである。話の内容から、おばさんグループは川苔山界隈に精通しているようで、自ら新ルートの開拓もしているらしい。いやはや、逞しいことこの上ない。一方Mさんは上半身下着一枚になり、ひたすらお菓子をぽりぽりとやっている。その横顔から、疲れがありありと見えてくる。ここはきちっと休息を取り、後半戦に備えなければならないだろう。
    疲れはある程度以上に達すると、食欲を減退させる。これは自転車でも同じことで、最悪の場合、急速に体力気力を落としかねない重大事になってしまう。よって食事は栄養補給の一手段と解釈し、水分補給と同時に少量を分けて摂取することも必要だろう。
    ぐったりしているMさんとは正反対に、おばさんグループの元気の良さと、その凄まじい食べっぷりには驚くばかりだ。

    「このお素麺、おいしいわよ」
    「ねえねえ、これも食べてみて」
    「あらー、良く味が染み込んでる」

    やはり、“慣れ”なのだろうか。
    良く山に登る人は、ちゃんと体が出来上がっているのだ。
    よし、俺も食おう。
    カップきつねうどん、おにぎり1個、甘いパン1個を次々と平らげた。フェザーストーブは今回も活躍である。食後はもう一度お湯を沸かして、ストレートティーで締めくくった。ストーブを手に入れたことで、食事タイムは本当に充実するようになったと思う。テント泊で、簡単料理をやりたいところだ。

    やたらとトンボが多い川苔山山頂を後にして、下山に掛かった。
    車を置いてある鳩ノ巣駅駐車場を目指して、単調な山道をひたすら下っていく。ガイドブックには古里駅へ出るルートの方が変化があっておすすめと書いてあったが、なるほどその通りかもしれない。往路のような変化に富んだ渓谷などは一切無く、最後の最後まで単調な樹林帯をひたすら下っていくのは些か疲れるものだ。

    中盤に入った頃、Mさんのペースがいきなり落ちてきた。

    「大丈夫?」
    「靴擦れです、痛いですよ」

    山歩きを趣味として始めたいのなら、先ずは自分の足に合ったトレッキングシューを手に入れることだ。これだけで山の楽しさは数段向上する。私が今愛用しているColumbia製マドルガピーク・サイズ27.5cmの前は、HI-TEC製の27?を履いていたが、きつい下りが長く続くところでは、必ずといって指先が痛くなり、ずいぶんと泣いたものだ。但、HI-TECは安価な割には以外と良くできているので、サイズさえ合えばもう少々使っていたかもしれない。購入する際には、無理なく足首と甲の部分をフィットさせることができ、且つ指先に若干の余裕が作れるサイズを目安とすれば良い。

    熊野神社に到着した時は、さすがに疲れを感じてしまう。待つこと10分。Mさんも何とか無事に下りてきた。
    久々となった川苔山だが、やはり人気のある山はそれなりの魅力がある。山のガイドブックには、初心者向き、中級者向き、経験者向き等と、それぞれに登山のレベルを表記しているが、これはある意味お節介なのかもしれない。川苔山は私の見た限りのガイドブックでは、どこも中級者向けとされていたが、これほど美しい渓谷美を見ることができるのなら、寧ろ一人でも多くの山初心者にトライしてもらいたい。いくら安全で疲労が少ないからといって、経験の少ない人が日の出山へ登ったならば、山本来の魅力を感じられずに、それ1回きりで終りになってしまうかもしれないからだ。ベテランの足慣らしと、“これから山”の人達では、ニュアンスが違いすぎる。

    奥多摩も捨てたものではない。次は鷹ノ巣山、その次は雲取山か?!


    2011年9月1日(木)

    2011年夏の一人旅は、目も脚も心も、山へと向いた。
    微々たるものだが、着実に山歩きの経験を積んでこられたこと、そして脚力に安定化が増してきたことの二つが、最近の積極的な山行に繋がっている。理由は不明だが、この頃の山歩きでは一度も左膝痛が発症していない。実はこのトラブルが、山歩きを行っていく上で最大の足枷となっていた。山の楽しさは言うまでもないが、それを味わう毎に耐えがたい痛みに苛まれたのでは、趣味として先窄みだし、アルプスだ、縦走だ、3000mだ等という、目的や夢も到底持てなくなる。“がに股歩き”を考案したり、膝サポーターを検討してみたりと、続けたいが為に色々と試行錯誤もしてみたが、どれもそれなりの効果で、根治とはかけ離れていた。ところがMさんの山デビューで大岳山へ登った時、何の兆候、何の不具合も出ることがなく、どちらかと言えば、疲労感も今までになく少なくて済み、絶好調に近い状態で終始したのである。
    余りの呆気なさに、たまたま今回だけのラッキーなのだろうと、その次の大菩薩峠では、スタートから恐る恐る歩き始めたのだが、やはり最後まで何も起こらなかった。これでMotivationは急速に上がっていった。

    当初この夏は上高地の焼岳に登ろうと、これまでに色々な情報を集めてきたのだが、夏の一人旅の主目的はやはり写真撮影であり、できればそこを満たすエリアを再検索してみるのも一案だと、一度白紙に戻すことにした。もちろん焼岳界隈だってこの上ない被写体なのだろうが、ふと開いた山雑誌JOYの記事、【北八ヶ岳・池めぐり】のキャッチに何故か心を惹かれたのである。
    やはり水のある風景はやりやすい。それがあるだけでイマジネーションが広がり、構図も決まってくる。更に可憐な花がプラスされれば言うことなしである。
    このコースの概略は、ピラタスロープウェイ山頂駅から、先ずは北横岳を目指し、途中七ッ池に寄る。頂上からひたすら下ってくると亀甲池があり、次に小さなピークを越えるとそこが双子池。ここからはスーパー林道を行き、最後のピーク雨池峠を越えて、再び山頂駅に戻る。こんな感じだ。
    一日目はJOYの記事通りに歩き、宿は下諏訪に取る。そして二日目は同じ北八ヶ岳の白駒池から高見岩〜丸山コースを辿る計画とした。白駒池は2度目となるが、以前とは違った視線で眺められたらなと、楽しみでしょうがなかった。

    5時に自宅を出発、車は終始順調に流れた。双葉SAで休憩したが、さすがに夏休み、その賑わいは平日とは比べものにならない。用足しの後、食堂で手早くラーメンを食すると、すぐに出発した。先回の蓼科山で道順を把握していたので、諏訪ICからは迷うことなくピラタスロープウェイへ向かう。

    山麓駅は広い駐車場があり、夏、冬問わず、ここが本格的な山岳リゾートの中心地であることが窺える。
    大型100人乗りロープウェイの脇には、スキー用リフトが2列並んでいる。冬は冬で賑わうのだろう。
    片道900円の乗車券を買うと、まもなく発車の知らせがあった。大凡20分間隔のダイヤがあるので、待ち時間は気にならない。しかし時期的に考えて致し方ないのだろうが、定員目一杯のすし詰め状態の車内は、まるで首都圏の通勤ラッシュ。日常からの脱出に期待して訪れた人々には興醒めであろう、この辺は是非検討してもらいたいところだ。
    ロープウェイは結構な加速で高度を上げていった。瞬く間に素晴らしい眺望が広がり、同時に添乗員のアナウンスが始まる。中でも縞枯山の説明は興味深く、自然現象の不思議さも、また山へ入りたくなる理由のひとつだと実感した。
    進行方向左側には蓼科山がそびえ立つ。先回この山に登った時の印象と、こうして外から眺める印象はまた違うものがあるが、苦しかった急登がその険しい山容を見て良く理解できた。

    山頂駅へ到着すると、すぐに北横岳を目指し歩き始める。
    駅前には“坪庭”という溶岩台地が広がっており、一周30分で歩ける散策路が整備されている。これなら一般の観光客も普段着で安全に楽しめそうだ。
    先ずはこの道を行き、途中の道標から北横岳への登山道へと入る。
    それほど険しくない登りを淡々と登っていく。しかしその頃から急にガスが立ちこめてきて、周囲の眺望は全くきかなくなった。先回の蓼科山もそうだったが、どうも北八ヶ岳とは相性が悪るい。

    北横岳ヒュッテに到着。一服入れた後、すぐ脇にある七ッ池で撮影を行う。爽やかな風は通るが、相変わらずガスが多く、たまに青空も覗くが、瞬く間に雲で隠れてしまう。
    次の亀甲池に期待し、早々に出発する。
    北横岳の頂上にはまもなく到着したが、山頂は遮るものがなく風がもろに当たる。おまけにガスも濃くなり気温は急低下。とても長居など出来る環境ではないのだが、何とそこで家族連れらしき5人組と、一組のカップルが食事休憩をしていた。彼らを横目で見ながら、逃げるように北側へ延びる登山道に入り、一気に下っていった。

    それまで観光客が大勢いた北横岳界隈だが、この下山ルートへ入ると人の気配が一気に消え、平坦なところへ降りきるまでに、登ってきた3人としか出会わなかった。そう、その内の二人は山ガールだったのだが、果敢に急登へチャレンジする姿勢は、流行に乗るだけの柔さは微塵も感じられない。

    熊笹を過ぎると亀甲池に到着した。
    池を囲む山々は高く、山中ムードは満点だ。辺を見回すと5組のハイカーが食事休憩を取っている。寂しいかな、単独で来ているのは私一人のようである。ここでも気付いたが、カップルで来ている女性の方達は皆お洒落なのだ。やや個性には欠けるが、明るい色の上着や、少々派手目のタイツがとても今風でGoo。チェックのネルシャツなど着ている人は一人もいない。
    腹も減ってきたしロケーションも抜群なので、早速昼食に取り掛かった。もちろん今回もストーブは持参した。Jマートで購入したドンピシャサイズの円筒タッパーに入れてきたので、燃料漏れの心配は皆無。勢いの良い青い炎は使っていて楽しくなる。カレーヌードルはすぐに出来上がった。

    食事も終り、まったりしていると、急に雲が張り出し、僅かではあるが雨が落ちてきた。この先それほど強くは降らないと思われたが、一応カメラや携帯などは防水バックの中へしまいなおした。やや時間もオーバー気味だったので、このタイミングで出発した。

    池の周囲にある熊笹帯を抜けると、再びピークに入る。きつくはないのだが、岩に生える苔が滑りやすく、慎重に足場を選びながら進んでいく。周囲は暗さを増し、若干だが雨脚が強くなってきた。嫌なムードが漂うが、何せ初めてのコースなので、こんな時は地図を頼りにひたすら進んで行くしかない。
    但、この北八ヶ岳界隈は“岩と苔”の景観がとても見事で、これだけを目当てにした撮影もありだと思った。
    木々の隙間に光が差してきて、池も間近だろうと、歩みは自然と早くなる。

    面積はそれまでの池の倍以上はあろう双子池に到着。この池はその名の如く、雄池と雌池という二つの池で構成されていて、亀甲池から来ると最初に目に入るのが雄池だ。因みに雄池は水質が良く、飲料も出来るとのことである。
    池周辺はキャンプ場に指定されていて、確認しただけでも湖畔に2棟張ってあった。こんな静かで美しい環境でのキャンプなら、是非やってみたいもの。山歩きの究極はやはりテント泊ではなかろうか。
    暫く湖畔を行くと、双子池ヒュッテがあった。建物の前には広場があり、その先には雌池がひっそりと佇むというナイスなロケーション。広場には幾種類かの花が咲いていたので、休憩と共に撮影を開始。気が付くと夏らしい青空が広がっていた。

    ヒュッテの裏から始まるフラットな林道をひたすら歩く。ルートの大凡半分が崩落現場となっていて、見上げると広範囲の斜面に岩肌が露出している。ここを歩いている時に地震に遭ったなら、恐らく逃げられないだろう。嫌なムードが漂う区間が延々と続いた。

    まっすぐ行けば雨池、右へ折れれば雨池峠を経てロープウェイ山頂駅へ至る。今回の北八ヶ岳池めぐりも、この雨池を回りきれば完璧なのだが、気になるのは残り時間。腕時計を見ると、そろそろ14時半になる。山地図を参照すれば、ここから雨池まで20分。ということは池の周囲を歩き、それに撮影含めれば1時間半以上は見なければならない。更にここから山頂駅まで1時間を要するので、下手をすると17時発のロープウェイ最終便に間に合わなくなる。山麓駅まで自力で下るのは何としても避けたかったので、雨池行きはきっぱりと諦めた。
    一服した後、本日最後の登りへと取り掛かる。山道は岩の連続だったが、岩の表面が乾いているので歩きやすい。岩場は濡れているのと乾いているのでは天と地の差がある。何より精神的な疲労が掛からないのがいい。
    峠を越えると道は木道となり、縞枯山山麓を貫くように進んでいく。草原を走る風が実にナイスなのだ。縞枯山荘のデッキには軽装の家族連れが休憩をしていて、駅がもう近いことが分かりほっとする。

    今宵の宿は下諏訪駅からほど近い、『諏訪シティホテル成田屋』。諏訪湖にも近いので、15分間だけではあるが、8月中は毎日開催される花火も楽しめる。
    建物はそれほど古くはなく、ロビーや部屋もきれいだ。これでシングル素泊まり 4,649円は安い。
    荷物を整理し、シャワーを浴びる。これだけで体力も気持ちも大分リフレッシュできるのだが、ここはやっぱりアルコール。ホテルを飛び出すと、駅周辺の散策に掛かった。
    踏切を渡ると左方向に『庄や』の看板目が止まる。全国チェーンの居酒屋だが、今回はDahonを持ってきてないので、これから自分の脚だけで地元の店を探すのは少々シンドイ。それに1秒でも早くアルコールを摂取したい気分だったので、迷わず入った。

    「いらっしゃいませ」
    「おひとりさまですか」

    カウンター席へ通された。一人の時はカウンターが一番寛げる。

    「生ビールと味噌漬け豚角切りステーキをください」
    渇いた喉に冷たい生ビールは最高だろう。注文したからすぐに来るだろうが、その短い間が待ちきれない。

    「夏はビールですよね」

    左隣に座っていた、年の頃60歳代中頃の男性が話しかけてきた。
    一人旅いつもの展開である。
    近所の人ではないらしいが、年に5〜6度は上諏訪へ来るとのこと。来ればこうして晩酌を嗜む。諏訪湖の花火、仕事、景気、震災、政治の話等を2時間弱、ずいぶんと盛り上がった。お互い自己紹介は端折ったが、とても楽しい時間を過ごせたと思う。

    ホテルに戻ると、すぐに最上階にある温泉に行った。ビジネスホテルだが、ここには24時間いつでも入れる温泉があるのだ。これは得点が高い。浴室の広さはそれほどないが、窓が大きく眺めは最高。僅かだ花火も見えるのだ。
    満腹になり、ほろ酔いになり、そして温泉で暖まり、部屋へ戻ればバタンキュー。まさに極楽である。


    “池三昧”の二日目は、麦草峠に近接する“白駒池&丸山”を回ってみた。ここはD100を手に入れた頃、その性能を試したくて、一度撮影行へ来たことのある思い出の場所だ。あれから8年、私の感性はどの様に磨かれたか?!

    ホテルを7時半に出発。先ずは昨日と同じ道を戻っていくが、白駒池へ向かうにはビーナスラインではなく、R299をそのまま進む。交通量が少ないので、ややスピードを上げた。右側ウィンドーとサンルーフを全開にし、高原の空気を思いっきり車内へ流し込むと、その気持ち良さに、山歩きはやめて今日はドライブにしようかなと、一瞬本気に考えてしまう程だ。シルキーシックスは力強く標高を上げていく。

    白駒池駐車場へ車を入れると、早速山歩きの準備を始めた。それほど長いコースでもないし、今日は撮影に重点を置きたかったため、ストーブや食器類はザックから抜くことにした。しかしたったこれだけの軽量化でも、担いで歩けば全く違う。将来のテント泊にやや不安を覚えた。
    駐車場から徒歩15で到着する白駒池は、小さな子供達がいる家族連れを中心に、ずいぶんな賑わいを見せていた。山上の湖とはいえ、ボート遊びも出来るし、ロッジで飲み物や簡単な食事もできて利便性は高い。
    湖畔の何カ所かでファインダーを覗いてみた。新緑は過ぎ、紅葉にはまだ早すぎるという、時期的にやや微妙なタイミングではあったが、この辺りには全体的に画になりやすい要素が多く、構図は取りやすいと感じた。やはり水のある風景はイマジネーションが膨らみやすいのだろう。
    白駒池での撮影は早々に終了させ、丸山へと向かうことにした。高見岩への登山道は白駒荘の脇から入った。
    しばらく歩くと、8年前に高見岩へ上った道とは違うことに気が付つく。急登で結構きつい。先回はR299から入って、最初の十字路を右へ折れ、だらだらと登っていくルートだったのだ。道によって山の印象はずいぶんと変わるものである。
    高見岩へ到着すると、冷たい風が通っていて結構肌寒い。体感気温は急降下だ。ここで昼食にしようとしたが、カッパを羽織らないと鼻水が出てきそうだ。買い込んだ食料をかき込み、早々に出発した。

    高見岩から目と鼻の先にある丸山の頂上へは、難しい事ひとつなく到着した。ここもガスに覆われ視界は殆ど利かなかったが、恐らく晴れていてもそれほどの景観は得られないのではなかろうか。
    それより驚いたことに、頂上で休憩をしていたら、下山路の方から何やら人の気配が漂ってきて、しかもかなりの人数と伺えた。待っていると、来た来た。

    「こんにちわぁ〜」

    おおっ!
    20名以上からなる高齢者集団である。一番若い方でも確実に60歳は越えているだろう。
    後から分かったことだが、彼らが登ってきた麦草峠〜丸山頂上は、それほど楽な区間ではない。何せこの山は初めてだったから、その先の状況は分かるはずもなく、よって彼らの笑顔を見て、“駐車場までは楽勝か?!”と正直思ってしまった。ところが休憩後、下山すると、これがなかなかの急坂で、距離はそれほどでもないが、初心者だったら辛いはずだ。しかも濡れて滑りやすいヵ所がたくさんあり、気は抜けない。
    いやはや、ご立派!
    しかしだ、最近急増している山岳遭難事件は高齢者によるものが急増しており、原因の多くが“病気”と“道迷い”だという。
    2008年度のデータだが、総遭難者数:1,933名のうち、50代〜70代が1,286名を占め、割合にすると66.5%という極めて高い数値になっている。もちろん自分もこの真っ直中にいるので、毎度気を引き締めてトライしようと思っている。

    駐車場まで戻ってくると、気が緩んだせいか、やや疲れを覚え始めた。
    二日間を通した山歩きは初めての挑戦であり、最初は不安もあったが、体調が崩れることもなく、また写真もそれなりに撮れたようで、その充実感は大きい。贅沢を言えば、どこの山も頂上付近にガスが掛かっていて、胸の空く眺望が得られなかったことだ。今年の夏はなぜか天候が不安定で、どこへ行ってもすっきりとした青空には恵まれず、消化不良を感じずにはいられない。
    来月になったら紅葉を求めて、また山歩きの計画を立てていくつもりである。

    無性に車を運転したくなり、そのまま諏訪ICへ降りるのをやめて、清里方面へ向かうことにした。
    内心、気持ちの良い八ヶ岳の山麓をまだまだ味わいたかったのかもしれない。メルヘン街道を南へ折れ、原村へ走る。その後は大好きな八ヶ岳中央農業実践大学校へ向かった。途中、オオハンゴウソウと思しき花の大群落を発見。すぐに車を寄せ撮影に掛かった。それは見事と言うしか表現方法がないほどの眺めで、薄暗い森の中に壮麗と発色する黄色の絨毯は幻想的とも言えるものだ。
    とにかく、いいものを見た。

    八ヶ岳高原ラインを清里駅方面へ右折、清里丘の公園に到着すると、施設内にある温泉へ直行した。何ともぬるぬるする泉質のお湯は、二日間の疲れをじっくりと癒した。ここは以前ドゥカティの仕事をやっていた頃、夏の一泊ツーリングで、すぐ近くにある『ペンション・ネーチャークラブ』を利用した時、毎度使ったところだ。懐かしさ半分、ゆったり出来る広さ半分で、ついつい寄ってしまった。

    2011年夏の一人旅は無事終了。
    初の連日登山は、様々な課題を抱えてのトライだったので、そこで得られたノウハウはかけがえのないものだと思っている。そして蓼科山から続いた八ヶ岳界隈での山歩きは、奥多摩では体験できない新たな山の一面を教えてくれ、朧気ながらも次のステップが見えてきたような気がしている。
    さ、次はどの様にして遊ぼうか!


    <参考データ>
    総走行距離(車):492km
    有料道路代:4,800円(調布〜諏訪、須玉〜調布)
    宿泊代:4,649円(諏訪シティーホテル成田屋)
    ピラタスロープウェイ:1,800円
    ガソリン代:6,355円
    コンビニ:2,239円(昼飯、水etc.)
    飲み代:3,013円(庄や・上諏訪駅前店)
    白駒池駐車場代:500円

    合計:23,356円


    2011年8月18日(木)

    8月3日(水)。何とも微妙な天気予報だったが、午後遅くならなければ概ね曇りだろうと判断し、Mさんと自宅を5:30に出発した。
    中央高速も談合坂辺りまで来ると、周囲に山々が迫ってくるが、何れを見回してもガスが掛かり、本日のコンディションが微妙であることが予感された。小仏トンネルを抜け甲府に入ると、所々に青空が見えてきたが、蓼科山のある八ヶ岳方面を見渡せば、どっぷりと厚い雲に覆われ、次第に不安は膨らんだ。
    そう、今回は諏訪・富士とも呼ばれる、山容の美しい“蓼科山”へトライするのだ。

    「取りあえず登山口までいって、そこで判断すればいいさ」

    双葉SAで休憩の際、そう決めた。
    平日にも関わらず、駐車場は八割方埋まっていて、土産物コーナーや食堂は多くの利用客で賑わっていた。小腹が空いたのできつねそば(550円)を食したが、でかい揚げが2枚クロスして乗っており、味も量も満足のいくものだった。

    諏訪ICを降りて20号線を左折し、ビーナスラインへ入る。ここは30年近く前、結婚前の女房と原村のペンションへ行こうとして通った道だが、案の定、沿線はずいぶんと変っていた。大型スーパー、コンビニ、レストラン、ガソリンスタンド等々が乱立し、昔の“静かな避暑地へ向かう高原の道”という印象は微塵も残っていない。地元や観光客にとっては便利な発展かもしれないが、思い出とのギャップに戸惑いは避けられなかった。

    蓼科湖を過ぎ標高が上がるにつれ、ガスはますます濃くなっていく。

    「ガスってるけど、雨は降ってない」
    「いけるよ」

    こんな単純な判断で、蓼科山登山口バス停隣の駐車場へ車を入れた。

    「けっこう登山者いますね」

    Mさんがつぶやく。
    そうなのだ。意外や、こんな天気なのに年配グループや山ガールたちが結構いるのだ。
    さっそく装備を身につけ、準備体操の後、クマザサの生い茂る山道へと足を踏み入れた。
    最近の長雨で、道はかなりぬかるんでおり、いきなりトレッキングシューズは泥だらけになる。しかし、山の空気は爽やかで、大きく深呼吸をしながら緩い登りをひたすら歩いた。

    「こんにちは」

    若い男性が下りてきた。

    「どうですか、上は?」

    なんとしても天候が気に掛かる。まあ、誰でもこんな状況では、景色まで期待はしないだろうが、悪天候ではそれ以前の問題になってしまうので、ついつい積極的に訊いてしまう。

    「ツェルトですが、上で一泊です。御来光は見られませんでした」

    なるほど。彼はベテランだろう。
    今の私には、簡易宿泊というか、ビバークは不安で出来ない。先ずはまともなテントを手に入れ、それで徐々に慣らしてからでないと、いきなり自然の懐でビニール一枚を頭から被り、まんじりともせず一晩を明かすなんてことは到底考えられない行為だ。

    「その先が登山口です」
    「ありがとう」

    いつも感ずることだが、山での挨拶は、実に気持ちがいい。

    緩い登りはすぐに終わった。急峻となった山道は、ひとつひとつのステップが大きくなり、それを五つ六つ越えると息が上がり始め、汗は迸るように噴き出てきた。短いフラットはあるものの、急登は続く。
    正直言うと、蓼科山をややなめて掛かっていたのだ。キツイと言ったって、せいぜい大菩薩+αくらいだろうと思っていた。ところがどっこい、頂上まで切れることなく続く急登は、岩が胸に触れるレベルであり、3歩進んでは立ち休みの繰り返しで、なかなか標高は上がらない。
    振り向くとMさんは既に視界から消えている。完全なマイペースをキープしているのだろうが、その苦しさはよく分かる。
    但、それでも随所随所で撮影だけは行った。基本性能が低いコンデジのおかげで、せっかくのシャッターチャンスを不意にした先回のことがあり、少々荷物は重くなってしまうが、この登山には迷うことなくD100+シグマ17-70mmを持参した。しかしこの判断は正解であった。“閃いたままに!”を的確に捉えることができる一眼レフは、やはり写道楽の主砲たるもの。斜面に咲く白い花のリアルな現場表現は、コンデジではそうそうできない技だ。

    「こんにちはー」

    男性二名、女性三名のパーティーに追いついた。20代後半から30代半ばと思しき若い彼らは、職場の仲間達らしい。女性メンバーが山初心者らしく、かなりペースを落として登っているようで、登山口からここまで4時間近く掛かっているという。

    「どうぞ、先に行ってください」
    「いやいや、私もここで登ってくる仲間を待ちますよ」

    Mさんと足並みを揃えることにした。それにちょっとまとまった休憩も取りたいところ。ここに至るまでに、間違いなく大腿筋は大きな負担で泣いているはずである。
    相変わらず周囲はガスが立ちこめ、視界はおおよそ15〜20mほどしかない。本来なら背後に絶景が広がっているポイントなのだが、こればかりはどうしようもない。
    二人とも息が整った時点で、再び頂上を目指して歩き始めた。

    それにしてもここの急登はタフである。登っても登っても上を見上げると、同じような急勾配が延々と続いている。晴れていれば周囲からの情報で、“頂上間近”も感じられるのだろうが、但、黙々と霧の中を進んでいくだけでは、精神的にも相当シンドイ。ふと、「この坂は、永遠に続くのではなかろうか?」と、一瞬でも脳裏を走る。
    やや歩くことに飽きてきた頃、ついに頂上が見え始めた。
    大きな岩だけで形成されているその景観は、山経験に乏しい目には異様に映る。やっとの思いで登頂したのに休めるところが見当たらず、これがやたらと神経に響いた。しかも最悪なことに、朝から怪しそうだった空模様が、ついに雨を降らし始めたのである。しかも結構な本降りなのだ。

    「岩、滑るから気をつけてな!」

    5〜6m下にいるMさんへ声を掛ける。
    視界は更に悪くなり、岩肌を流れ落ちる雨水が足元を不安定にさせた。ひたすらペイントマークだけを頼りに、歩を進める。足場は悪いが、とにかくカッパを着なければならない。これだけの降りに遭えば、すぐに下着までびしょびしょになる。何とかリュックを下ろし、カッパを出そうとするが、その間にも荷物はどんどんと雨水を吸っていく。二人ともやっとの思いでカッパを着たが、既にシャツやズボンはびしょびしょだ。

    山小屋の軒下へ避難すると、その安心感からか、急に腹が減りだした。思わず持参した甘いクロワッサンを頬張る。何気に山小屋の中を覗くと、先ほどのパーティーの人達が、畳の上で寛いでいた。

    「こんにちは」

    ここにも山ガールはいた。
    年の頃20代後半の二人組である。
    さすがの出で立ちは、高級そうなトレッキングブーツ、カッパはモンベル、帽子はノースフェースである。いやはや、ただのコットンパンツとゴルフ帽子では、とてもじゃないが歯が立たない。しかし、よく似合っている。

    「私達、今年の3月が山デビューなんです」

    いいね、流行に乗ってる。
    そう、Mさんは私の先を行き、トレッキングパンツとお洒落な帽子を購入した。まあ、私も追々手に入れていくつもりではある。
    雨で混雑した山小屋はどうも落ち着かないので、一服後、将軍平を目指して頂上を後にした。

    ガイドブックには“最初の急坂はそれほど続かず、まもなく将軍平へ到着する。”と記してあったが、これはとんでもない間違いである。晴れていて、登山道や岩が乾いた状態であればそうだったかもしれないが、雨降りの状況下、登ってきた急坂と同じような道を降りるのは、相当な集中力を要する。こんな岩場で足を取られたら、尻もちどころではない。ひとつのステップを慎重にクリアしていく。

    嫌気がさしたころ、ようやく将軍平の山小屋が見えてきた。ラッキーなことに雨も殆ど上がってきた。

    「飯にしよう」

    今回の山行には楽しみを用意した。おにぎりとパンだけの昼食に、温かい汁物を追加したのだ。このために、先日コールマンのフェザーストーブをヤフオクで落札し、しっかりと事前テストもやってきた。燃料ストーブは使い方にコツがいるとは聞いていたが、実際使ってみれば、難しいことはひとつもない。きれいな青い炎は、火力が強く、カップ麺のお湯を沸かす程度ならものの数分だ。

    「山で食べるカップヌードルは格別だね♪」

    気温が下がり、やや冷えてきた体には最高のご馳走であった。少々荷物は重くなるが、これはもう欠かせない。お湯さえ沸かせれば、カップ麺だけではなく、コーヒー、味噌汁、スープ、お粥等々、バリエーションは広がるし、ちょっとその気になれば、簡単な調理だってできちゃうのだ。次回は忘れずマグカップをもっていこう。
    十分な休憩の後、天祥寺原へ向かった。

    ガイドブックには、将軍平から天祥寺原までについてこう書かれてある。
    “小石混じりだが歩きやすい道が延びている〜広い河原に出る”
    頂上から将軍平までのような急坂ではないが、歩きやすい道とは言い難い。雨で濡れた滑りやすい小石混じりでは、急坂に対する神経とはまた別の神経をたっぷりと使う。両手で体を支持しなければならない場面も多々あったし、足を滑らせヒヤッとしたことも一度や二度ではない。
    この道は登山道と言うより、寧ろ“細い涸れ沢”と称した方が現場を正確に表現できるのではないだろうか。
    よって、道じゃないから歩きづらい。これ、当たり前。しかもである。

    「Mさん!横に道があるよ!」

    右の樹林帯の中に、獣道に毛が生えたほどの山道が涸れ沢と殆ど平行に伸びているではないか。

    「こっちが道かもしれないな…」

    笹をかき分け、その道へ入ってみる。
    なるほど、道の脇にある木に目をやると、歩きやすいようにに枝を落としてある。しかし、ここまでやってくれるなら、もっと道標を整備してもらいたいものだ。
    土の上の道なので歩きやすさは頗るいい。ペースがぐんと上がった。
    ところがである。この道もそれほど長くは続かなかった。急に左へターンすると、涸れ沢で途切れてしまう。

    「また岩歩きかよ…」

    この辺りから、二人とも無口になる。
    疲れもあるが、滑りやすい道の連続と、そぼ降る雨と垂れ込む雲のために、まだ3時を回ったばかりなのに、辺りが急速に暗くなり始めてきたからである。何とか明るいうちに天正寺原まで辿り着こうと、無意識のうちに歩は早くなっていった。こんな焦りが滑落事故を生むのであろう。“冷静に冷静に”と、自分に言い聞かせた。

    突然前方に明るい光が見え、近づくとそれが大きな河原、いやいや、大きな涸れ沢であることが分かった。
    最後の坂を下りて、久々に陽光の下に出ると、緊張から解かれたような気分になる。
    但、あくまでも眼前に広がるのは、大小の岩で形成された大きな涸れ沢で、その先は不明である。周囲を凝視してルートを探すと、ペイントマークを二つほど見つけた。それに従い進んでいくと、再び樹林帯に導かれる。赤リボンが随所にあったので、一応ルートミスではないはずだ。

    樹林帯に入り、歩きやすい道が続く。緩やかではあるが確実に高度を下げている。
    しかし、この辺から再び雲行きが悪くなり、辺りの薄暗さが急に増していった。強い雨が来そうである。やや疲労も感じ始めたところでもあり、うんざり感は否めない。
    傾斜が殆どフラットに近くなり、周囲は背の高いクマザサの野原となった。天祥寺原が近いことを感じさせたが、それと同じくして一気に雨脚が強くなり、瞬く間に山道に沢山の池が現れ、非常に歩き辛くなってしまった。
    強い雨に打たれ続けると、体感気温がずいぶんと下がり、やや寒さも覚えるようになった。ズボンは濡れたクマザサに触れまくり、乾いた部分が1平方?もないずぶ濡れ状態である。靴の中はチャッポンチャッポン。上半身はカッパを羽織っていたものの、首周りから進入した雨水と吹き出た汗のW攻撃で、中身はグショグショである。時と共に雨脚は更に強くなったが、ここまで来るとどうでもよくなった。

    天祥寺原にあった道標に従い、右折して竜源橋を目指す。
    ここからはクマザサの生い茂る平坦な道が延々と続く。後半では再度山中の樹林帯に入るが、何れにせよ、ここは溜息が出るほど“長い”と感じるセクションであり、間違えるはずがない道を、実はミスコースしているのではと、不安になるほどだ。恐らく雨でなければそうは感じないのかもしれないが、誠に退屈であり、取り留めのない区間といえる。

    かすかだが、前方より車の走行音らしきものが聞こえてきた。錯覚ではなさそうだ。同じくして、山道も急に幅員が広がり、車1台が通れるほどになった。ビーナスラインはもうすぐだ!

    駐車場でずぶ濡れになった衣類を脱ぎ、着替えをすませると、やっと終わったのだという実感がこみ上げてきた。土砂降りにやられ、視界も足場も良くないタフな山行ではあったが、また一つ自信と経験を積んだ感じがした。反省点としては、雨を想定した場合の歩行時間だ。予想より2時間もオーバーしてしまうとは考えてもいなかったので、周囲が暗くなった時の対策、つまり灯火類を持参してないことに強い危機感を覚えた。山歩きにおいては最低限の備品であり、今後は十二分に注意したい。

    さっ、次はどこへ登ろう。


    2011年7月31日(日)

    夏風邪が抜けない。大菩薩の登山前日から急に鼻水が出始めて、少し良くなったり、逆戻りしたりと、不調が続いている。かれこれ三週間にも及ぶので、いささか辛いところである。
    サプリメントはしっかりと服用しているので、睡眠、エアコン、汗で湿った下着などの管理に目を向ければ改善できるかもしれない。

    先日の台風で中止となった山登りだが、今週の水曜日にリベンジが決まった。但、梅雨に逆戻りしたような天気が続いており、週間予報を見ても微妙なところだ。まあ、天気だけはどうすることもできないので、準備だけはしっかりと整えていこうと思う。
    てなわけで、クッカーとホワイトガソリンを手に入れる為に、石井スポーツ・ICI吉祥寺店へ出掛けてみた。ICI各店の中で最も広い売り場を持つ吉祥寺支店は、なるほどここなら何でも揃っていそうだ。山グッズは基本的に色がカラフルなので、ショールーム全体がとても派手やかになり、楽しい気分で見て回れる。しかもしつこい営業マンは誰一人といないから、じっくりと品定めができ好感が持てる。
    目的の品を買った後も、携帯食料、ボトムス、帽子、テントと、ずいぶん長い時間油を売ってしまった。地元にこのような店があると、便利で嬉しいところだ。


    2011年7月27日(水)

    せっかくの連休は台風の直撃でおじゃんとなった。
    初日に予定していた山登りは、季節的に絶好のタイミングだったので、出掛けられなかったことは残念でならない。この先夏休みに入ってしまうと、山は平日でも人込みが増し、著名な山での静かな山行は、なかなか望めないのだ。

    きれいな空気、胸の空く景観、気持ちの良い汗等々、何れも山歩きで得られる楽しみだが、考えてみると全てシンプルな感覚で、不思議にピュアで深いリラクゼーションを与えてくれる。
    誰しも個々の生活の中で、ストレスとの対峙を避けられない状況に置かれているが、それをそのまま放っておくのは余り良いことでない。難しいことは考えず、自然に和める環境を生活サイクルの中へ盛り込んでいけば、確実に気持ちを浄化できるチャンスがやって来る。
    山へ足を運ぶと、日常にはない様々な刺激と遭遇する。
    “運動と森林浴でリフレッシュ!”
    コースにもよるが、この様な単純なきっかけだけで山へ入れば、手痛いしっぺ返しが待っている。緩い坂でもそれが連続すれば、息が上がり、大汗が吹き出てくる。疲れ果てた挙げ句、更に頂上直下の急登を見上げれば、溜息が出ること請け合いだ。しかし、それを乗り越え、何とか頂上まで登り詰めた後の達成感は、日常では感じ得ない爽快感に満ちあふれている。
    苦しい登りで頭の中は空っぽ。登頂すれば嬉しさで頭の中が空っぽ。下山後、温泉に浸かれば、気持ちの良さに頭の中は空っぽになる。この“空っぽ”が何より大事だ。


    2011年7月20日(水)

    大岳山で一度も膝の痛みが発症しなかったことに気をよくし、Mさんと行く2度目の山行は日本百名山に輝く“大菩薩嶺”に決定した。この山はあの皇太子ご夫妻も登ったことがあるとのことで、その名前からも何となく神々しい感じを受けてしまう。書店に並ぶ山歩きのガイドブックには、どれにも必ずといって載っている著名な山なので、以前から一度はトライしてみようと思っていた。下調べをすると、山行はハードでなく、見晴らしを楽しめ、初心者にもピッタリと、何れのサイトにも記述されていた。今の我々にピッタリである。

    7月6日(水)。
    今回はMさんに車を出してもらった。先回同様6時に出発すると、調布ICから高速道路に乗り、勝沼ICを目指した。初めての山なので、登山口までのルートを再三再四チェックする。

    「食料は談合坂で調達するか」

    御岳山、川苔山、三頭山など、青梅街道で行く山歩きには、二俣尾にあるセブンイレブンを毎回利用する。
    まさにお誂えの向きの位置に立地し、重宝この上ないからだ。自転車でもえぎの湯へサイクリングする時も、休憩ポイントとして必ず立ち寄っている。おにぎり、パン、飲み物などは、できる限り現地に近いところで調達したいのは言うまでもない。
    しかし今回は初なので、勝沼IC周辺の諸情報は分からない。よって直近のSAが良いのではと判断。トイレ休憩を兼ねて買い出しをすることにした。
    駐車場へ車を入れ、何気に施設の方へ目を向けると、リニューアル中?!
    中を覗いてみても、今時点ではコンビニ的な店は入ってないようだ。求めるおにぎりや食料も見当たらない。どれもこれも小洒落て値段の高いものばかりである。

    「ここ、やめましょうよ、勝沼にだってコンビニくらいありますよ」

    Mさんが“プチ憤慨”している。
    トイレで用足しの後、さっさと出発する。
    談合坂SAの上空にはきれいな青空が広がっていて、これからの山行に大きな期待が膨らんだ。

    勝沼ICを降りると、日川を右にしながら大月方面へ進む。いきなり山々が迫ってくる感じで、コンビニなどはありそうにない雰囲気だ。やや不安が走ったが、とにかく景徳院入口交差点まで行くことにした。

    「ありますよ、あそこ」

    これはラッキー、セブンイレブンである。やはりコンビニはセブンが一番だ。おにぎりの味に馴染みがあるし、何となく買いやすい陳列が好ましい。いつも通りにミネラルウォーター3本、ポカリ1本、おにぎり2個、甘い菓子パン1個を調達した。セブンを出ると景徳院入口交差点は目前だった。ここから登山口のあるロッジ長兵衛までは、ずっと上りのワインディングになる。Mさんの愛車が唸りを上げるが、唸るほどには加速しない。ここの勾配は結構きついのだ。

    上日川峠に到着。ロッジ長兵衛前の駐車場を見回すと、平日なのに空きは二割ほどしかない。最近の“山ブーム”を改めて実感する。同時に、これだけ人が来ると言うことは、その分魅力があるのだろうと、期待感も上昇。
    登山口はロッジ正面右脇にあった。舗装された生活道路が、約2km先の福ちゃん荘まで続いている。我々はウォーミングアップを兼ねてその道を歩いていくことにした。福ちゃん荘にも駐車場はあるが、そこを使う際には、某の形で福ちゃん荘を利用すればOKのようだ。女性スタッフが自慢げに言っていた。

    「うちのほうとうは絶対に美味しいですよ」
    「でも、作るのに40分はかかるんで、予約してくださいね」

    まだ9時前なのに、急に腹が減ってきた。

    登山ルートはここからが本格的になる。
    山荘の脇から道は二手に分かれていて、右へ行けばダイレクトに大菩薩峠へ通じ、左へ行けば唐松尾根、雷岩を経て大菩薩峠に至るコースとなる。今回はガイドブックに従い唐松尾根を選んだ。

    最初は比較的楽で単調な登りが続く。少しガスが出ているせいか、樹林帯の空気は肌寒く、負荷がかからないから汗が出ない。しかし、だらだら坂はそう長く続かなかった。次第にステップが大きくなり、同時に呼吸が荒くなる。しかも山道はややウェットで、慎重に足場を選ばないと、滑って転倒する危険性もある。
    樹林帯を過ぎると、視界はきれいに開けた。ガスも徐々に消えていき、青空が大きく広がってくる。景色も良く、実に気分爽快なセクションだ。但、ここから岩場となり、結構な急登を強いられる。
    前を行く若いカップルもぐっとペースを落として、一歩一歩という感じで登っている。振り返るとMさんは完璧にマイペースをキープしているようで、その姿は遠く視界にない。

    雷岩に這い上がる頃には、更にガスが取れてきて、時の経過と共に、息をのむ絶景が見え始めてきた。
    ここからの景色は距離感的に変化があって本当に素晴らしいものだ。富士山こそ見えなかったが、遙か彼方にはアルプスの連山や八ヶ岳が見渡せ、左手前には上日川ダム、そして右方には甲府の市街が広がっている。Twilightにはさぞかし味のある夜景が撮れるのではなかろうか。
    Mさんが上がってきたところで、本日最初の休憩を取った。

    雷岩から大菩薩峠までは稜線を行く。先ほどの急登で幾分へばった感じもあったが、ここを歩けばそんなことはすぐに忘れる。程良い風が心地良く、景色の変化もあって飽きることがない。高山植物を撮影していたご主人の話も楽しく聞け、すぐに辺りを観察すれば、なるほど、可憐な花々が至る所に顔を出している。次回はデジイチと三脚が必須だ。

    賽の河原で小休止。ここは風の通り道か、座り込むと涼しくてうとうとしてしまいそうだ。しかし大菩薩峠はもう目と鼻の先。水分補給を済ませ、すぐに出発した。

    経験は少ないが、これまで奥多摩を中心に、幾度も山歩きを楽しんできた。三頭山、御前山、日の出山、川苔山、奥多摩むかし道、山梨では尾白川渓谷、伊豆では長九郎山等々、どこもそれなりの個性と魅力があり、リピートもしてきた。ところが大菩薩には、それまでのどことも違う開放感があるのだ。オゾンを胸一杯に吸い込む樹林帯もいいが、やはり広々と遠くを見渡せる尾根歩きは、“別格”を感じてしまう。
    いつかはアルプス!が、分かるような気がしてきた。

    大菩薩峠には介山荘という山小屋があり、多くのハイカーが休憩していてとても賑やかである。
    我々もここで昼食とした。山歩きは腹が減るので、おにぎり2個、菓子パン1個は一瞬のうちに完食だ。しかしよく考えてみれば、今までの昼食メニューは全て同じであり、いいかげん違うものを楽しみたくなってきた。お湯を沸かすことが出来れば、カップ麺や味噌汁をいただける。おにぎりだけではなく、それに汁ものが加われば、食事の深みはぐっと増すはずだ。それには携帯コンロが必須。次回までには何とか用意したいものである。これで山歩きにまた楽しみがひとつ増えるだろう。

    この頃男女問わず、山でスポーツタイツを愛用している人が目立つ。今回も雷岩で見掛けた若いカップルは、二人ともスポーツタイツ&ショートパンツの出で立ちで、これが中々決まっていた。Mさんは完全に感化されたようで、次回までには手に入れたいと力んでいる。
    しかしどうなのだろう。それほど価値のあるアイテムなのだろうか。持病の左膝痛を完璧にサポートしてくれるのなら、私だって欲しいところだが、10,000円もする高価な買い物で、殆ど効果なしでは引き下がれない。元々脚にピッタリフィットする履き物は余り好きではないので、この件はいつも後一歩煮え切らない。ちょっとズッコイが、ここは先ずMさんに買ってもらい、その感想を聞いてから判断しようと思っている。

    日差しは強いが、風がやや強くなり、しかも冷たくなってきた。
    後片付けをしてバックパックを背負うと、下山路入口へと進んだ。この道は歩き易いというよりも、完全な生活道路として機能している。先ほどの山荘への物資運搬用に使っているのだろう。呆気ないほどEasyに福ちゃん荘、そして上日川峠に到着した。行程は全体的にやや物足りなさを感じてしまうレベルだが、ダイナミックなビューや高山植物などは、ここならではの魅力であり、リピーターが多いのも頷けるところだ。
    さて、次はどこへ登ろうか。


    2011年7月7日(木)

    やはり山は楽しかった。自然のエネルギーを胸一杯に吸い込める快感は、なかなか他では味わえない特別なことである。できればもっと自然に入り込んで、更なる濃いエキスを思う存分味わいたいところだ。しかしそれを行うのであれば、やはりキャンプだろう。テントを設営し、夕飯を作る、そしてご馳走を味わいつつアルコールの酔いに身を任せる。贅沢この上ない時間が流れる筈だ。しかし生まれてこの方、アウトドアとは無縁の暮らしをしていたので、いざキャンプと言っても、何を揃えて、どこへ行けばいいのかと、行動を起こす前から右往左往してしまいそうだ。まあ、余り深く考えず、見よう見まねでも何とかなるとは思うが、なにせ「0」からのスタートなので、ともかくやるのなら、必要品のリストアップから始めなければならない。

    6月22日(水)。Mさんと行く初の山歩き。梅雨の最中、この上ない青空に包まれた御岳山界隈は、平日にもかかわらず、多くの登山者で賑わっていた。
    “山女子”という言葉を耳にして久しいが、これはブームを越えて定着しつつあるのかもしれない。今回も、昔から多く見掛ける“元山女子”ではなく、明らかに20代〜30代の、それまで山では見られなかった層の人達がやたらと目に付いたのである。しかもソロできている人も結構いて驚きだ。果たして女子達の趣味・楽しみはどこまで膨らんでいくのであろう。彼女達の動向から新たなトレンドやビジネスも多々生まれていくのだろう。

    滝本を出発したケーブルカーは満員の乗客で賑わっていた。天気がいいから皆表情が明るい。山歩きの期待感に満ちあふれているのが手に取るように分かる。そう言う私も、高度が増す毎に、高揚感が膨らんでいった。

    今回の目的地は“大岳山”。先回、復路のルートを間違えて、とんでもなく急降下な道に迷い込み、やや消化不良な感が残った、奥多摩三山の一つである。御岳山からのピストンは道も良く、山ビギナーのMさんでも不安はない筈。
    下車後、先ずは御岳山方面に向かう。きれいに整備された道には、多くの観光客や地元の方の行き来がある。それにしても御嶽神社周辺の集落は、恐ろしいほどの急坂の中にあり、ここに住む人達の強靱な足腰が容易に想像できる。30代と思しき主婦二人が、おしゃべりに花を咲かせながら犬の散歩をしていたが、我々も含め、平地からやってきた人では息が荒くなって、あんな軽い足取りではとても歩くことは出来ない。

    御嶽神社からは暫し平坦な道を行く。森の空気感がダイレクトに伝わって気分がいいが、あまりに道が良すぎて“らしさ”に欠ける。人気があって登山客が途切れないところは、当然整備が行き届いているから、どこでも同じ印象を受けるのではなかろうか。人は欲張りである。歩きやすさの中にも、ワイルドでちょっぴり危険なエッセンスを加味したくなるのだ。
    この辺まではMさんの歩きっぷりにも余裕が見えた。

    「上高地とはまた違いますね」

    梓川の周辺を散策すれば、誰でも北アルプスならではのダイナミックな風景に感動するはず。一方、奥多摩には大都会の果てに広がる聖域的山深さと、そこに住む人々の生活臭を感じることができる。
    どちらもそれぞれに魅力があり、何度も歩いても飽くことはない。

    御岳〜大岳山のルートは、ちょっとした変化があって面白い。平坦な道が終わると、所々に岩場が現れ始め、同時に勾配も増し始める。鎖場が3ヶ所ほどあり、単純な山歩きから、ちょっぴりスリリングでハードな展開になっていく。
    昨日までの雨で岩は滑りやすくなっており、足場を選んで慎重に一歩一歩登っていく。
    ふと後ろを振り返ると、Mさんが遅れている。

    「だいじょうぶ?!」
    「ええ…」

    表情がやや辛そうだ。
    小休止を入れようとしたが、休めるような場所が無く、ここは踏ん張ってもらい、日陰のある大岳神社まで足を伸ばした。
    ベンチには先客がいた。

    「こんにちは」
    「どーもこんにちは」

    年の頃60歳過ぎの山慣れした男性である。

    「歳取るとね、一週間に一度位歩かないと、筋肉落ちますね」
    「そうそう、奥多摩歩いていれば、アルプスへだって行けますよ」

    なるほど。
    彼の説明によると、富士山やアルプスなどの著名な山の登山ルートは、比較的どこも道の整備が行き届いているので、寧ろ歩きやすいところが多いらしい。よって奥多摩界隈の悪路の経験を積んでおけば、色々な山への順応性は高くなるとのことである。中身半分として聞いたとしても、これは参考になると思った。アルプスや八ヶ岳などは、奥多摩ハイカーからすれば正に雲の上のエリアであり、おいそれとはトライできない聖域だと感じているからだ。ところがこうした奥多摩歩きは無駄にならないどころか、アルプス遊びへの着実なステップになっているのだ。

    「僕たちのんびり歩くんで、そろそろ出発します」

    男性に挨拶すると、頂上へ至る最後の急登に向かった。
    大岳神社から山頂までは大凡15分の距離だが、随所に岩が憚り、乗り越えれば大腿筋はその度悲鳴を上げる。ヘビー級のMさんは、こんなセクションがシンドイらしい。立ち休みの繰り返しだろう、振り返っても既に姿は見えない。

    「おーぃ!大丈夫?!」
    「・・・・・・」

    駄目だこりゃ、、、返事も出来ないほどグロッキー?!
    とは言えゴールはもう目前。ゆっくりゆっくりと歩みを進め、大汗を振り絞って、ついに頂上へ脚を着いた。
    シャツは水を被ったようにグッショリとなっている。しかし南西の方角に目をやると、天下の霊峰・富士山の姿をくっきりと拝むことができ、一瞬のうちにそれまでの疲れはどこかへ吹き飛んだ。これぞ山歩きの醍醐味である。
    その後息が整ってくると、周囲を冷静に観察してみた。それまでは我々と先ほどの男性のみの静かな山行だったのに、狭い山頂には何と8人もの先客がいる。大岳山へのルートは、御岳山からが最もポピュラーと認識していたが、御前山、鋸尾根、はたまた五日市方面からも結構登ってくるのだ。恐らく彼らはガイドブックをとうの昔に卒業し、山岳地図を元に登山計画を立ているのだろう。もっと奥多摩を歩き回って、早くそのレベルに達したいものである。

    おにぎり2個、やや大きめなドーナッツ1個をぺろりと平らげると、CoolPixを取り出し富士山をパチリ。僅かにガスっているのではっきりとは写せなかったが、ここへ登ってこれだけの景観を楽しめれば大満足である。装備が重くなってしまうが、やはり山歩きにはデジイチと三脚が必要なのかもしれない。今度、バックパックにピッタリと入る、やや小さめの軽い三脚を探そう。

    下りはいつもより慎重に進めた。何せ私の左膝は爆弾を抱えているのだから。
    上りは調子が良くても、下る途中で突如起こる痛みは、山行の回数があまり増えないことの最大の理由になっている。本当だったらアルプスでも何でもばんばん行きたいところだが、高いところまで登って痛みが発症したなら、どうやって下りてくるのかと不安が大きく膨らんでしまうのだ。山歩きに仲間を誘えなかった理由も同様だ。迷惑を掛けてしまう恐れがある。

    負担の掛かりそうな岩場を無事通過、痛みの気配は感じられない。ロックガーデへンへの分岐点まで下りてきたが、両膝共々快調だ。最後の緩やかなアップダウンを終え、御嶽神社の階段を下りる。
    先回はここでかなりな痛みが走ったのだ。

    「むふふ、全然OK♪」

    理由は分からないが、とにかく何も起こらないし、僅かな痛みすら感じない。
    いやはや、膝が痛まない山歩きがこれほど楽しいものだとは想像もできなかった。きりっとした姿勢を保つ、スティックを使う、自身で考案した“ガニ股歩き”等々、様々な工夫や対策をしてきたのだが、どれも効果はイマイチであり、これについては既に半分諦めていたから、この結果は理由をさておき実に嬉しい事なのだ。

    もえぎの湯では仮眠も含め、十二分にリラックスした。次の山はどこにしようか、もう一本奥多摩か、それとも茅が岳、はたまた蓼科山と、楽しい計画が次から次へと頭の中を駆け巡る。Mさんは久々の“運動”でややグロッキー気味ではあったが、体を動かせた快感には素直に満足していたようである。


    2011年6月18日(土)

    ふとNOMADのリアタイヤに目をやると、サイドウォールの至る所が変色している。近寄ってよく見てみると、なんとゴムの下の繊維が露出しているのだ。更に縦方向から注視すると、露出部分の強度が落ちて、僅かに膨らみ始めている。これは間違いなく末期症状なので、早速タイヤ交換をすることにした。
    取りあえずヤフオクで調べてみると、あるある“35C”が。今装着しているパナレーサーのツーキニストもそこそこ気に入ってはいるのだが、値段を調べると意外や高い。安いところでも2,400円、アマゾンで調べると3,900円もする。財政難継続中であるが為、通勤用にそれほどの予算は掛けられない。そんな中で目に止まったのが“ホワイトタイヤ”。余り好みではないが、ベースがパナレーサーのリブモSなので、一応メーカー品である。値段も1,990円と手頃なので、早速1本注文した。

    連休の夕方に配送されたので、早速翌朝一番に交換作業を行った。 “リアだけ白ってのも、お洒落でいいかも♪”などと、久々の自転車いじりに気持ちは弾む。おまけにこの時期は庭での作業がとても楽しい。暑くもなく寒くもなく、しかもまだ蚊がそれほど多く飛んでいないので、集中できるから、作業もどんどんと進んでいく。

    「白はやっぱり汚れるな、、、」

    ちょっと掴んだだけで黒い汚れが付着する。タイヤ交換経験者なら誰でも分かるだろうが、一本を組み込むのにどれだけタイヤをいじくり回すかだ。真っ新な白が見る見るうちに汚れまみれになっていく。組込みが終了して、車体へ取り付ける時、チェーンオイルがべっとりと付いてしまった。反射的に指で拭き取ると、真っ黒な油汚れが広がった。まさに“とどめ”である。
    全ての作業が終わった後、オイルリムーバーできれいに拭き取ろうと試みたが、ウエスが少しでも汚れてくると、その汚れが再びきれいな白い面に戻っていくのだ。溜息と同時に作業を中止。

    「いいや、もう」

    見た目より、安全性と乗り心地だ。
    鬱憤を晴らすわけではないが、このニュータイヤで走りまくりたくなった。こんな時はもちろん多摩湖。
    漕いでいる時後ろのタイヤは見えないが、確実に乗り心地は良くなっている。
    高級パーツをがっちり使った、クロスを新調したいな〜!


    2011年6月10日(金)

    6月9日(木)。多摩湖へ出掛けようとしたが、天気予報がイマイチなので、今日は一日、色々と溜まっている野暮用の消化に当てることにした。

    私の嗜好品、そして私だけが使うもの、これのチェックは大切だ。風呂上がりにビールが飲めなければえらいことだし、その他アルコール類の在庫管理も手が抜けない。女房、娘は、滅多なことで飲まない、レギュラーコーヒーやお茶類も、同様な管理が必要だ。アルコール関連、コーヒー、お茶、ココア、バナナ、ゴマ、スパゲティー、ジャム、ピーナッツクリーム、ソーセージ、ベーコン、冷凍讃岐うどん、粒コショウ、タバスコ、トマトソース、男性用シャンプー、整髪料、2Tオイル、EUKANUBA、ロックのおやつ等々、挙げるときりがないが、これが私の管理下にあるアイテムであり、家族は殆どノータッチである。よって大昔から購入もパパの小遣いの中で回していくものだと定義されているようだ。私にとってはどれも端折ることのできない必需品なので、この支出だけはどうにもならない。


    2011年6月6日(月)

    1.0から1.5。老眼が完全に1段階進んでしまった。それまで職場には1.0の老眼鏡しか置いていなかったので、目も必死になって焦点を合わせようと、一日中筋肉を緊張させていたのだろう。ここのところ頓に目が疲れやすく、点眼薬の使用量は日に日に増加する一方であった。まあこの症状は、人間ドッグでも、眼科医での検査でも、具体的な病気は指摘されなかったので、取りあえず1.5を常用して様子を伺おうかと思っている。しかし何とも情けない事態である。正直、歳は取りたくない。

    今回の台風は、温帯低気圧になった後もずいぶんと力を残していた。入梅と相まって、毎日の雨、雨、雨には本当に辟易する。からっと晴れて、気持ちよくジテツウを再開したいところだが、長期予報を見ても余り期待はできそうにない。梅雨が明ければ灼熱の夏が待っているし、自転車にとってベストな季節は何とも短い。
    そう、自転車と言えば、先日やる気を起こさせる話題に出くわした。
    来店したお客さんが自転車好きで、聞けば年齢が私と二つ違いという。普段乗りにはオリジナルクロス、そして休日のロングにはPINARELLOのロードを使っているとのこと。ここまでの会話でも興味津々となってしまうのだが、その先に強い刺激が待っていた。

    「私は良く多摩サイを使って奥多摩へ行くんですよ」
    おじさんにできるかい?!ちょっと自信ありげに言ってみた。

    「そうですか、多摩サイは余り使いませんが、奥多摩は僕も良く行きますね」
    涼しい顔して返された。

    「奥多摩といっても、私の目的地は“もえぎの湯”なんですけどね」
    「やっとの思いで辿り着き、その後温泉に浸かれば、もう極楽ですよ」
    “サイクリング&温泉”の楽しく充実した内容を披露した。

    「それはもったいないな〜、、奥多摩周遊越えこそ、醍醐味だと思いますよ」
    「ツールやジロに匹敵するコースですからね」
    自転車での遊び方がまるで違う。

    「自宅スタートですか?」

    「もちろんです」

    完敗である。

    もし同じことをやったら、翌日は仕事にならない。彼は恐るべし中年だ。しかし、そんなStoicなことして、アイアンマンレースにでも出るのだろうか。正直なところ、50代も後半になってくると、若い頃のような“がむしゃら!”はできなくなる。更に歳が進めば、やろうと思っても体が言うことを聞かなくなるのだろうが、50代だと、テンションの度合いによっては結構無理がきいてしまう。以前も多摩サイを走って昭島まで行き、いつもの中華店で昼飯を食していたら、“ここまで来たんだ、いっちまえ!”と胸のどこかで弾けるものがあり、その衝動に後押しされ、奥多摩まで行ってしまったことがある。その日は元々体調がイマイチだったので、昭島止まりと決めていたのに、気持ちだけがどんどんと突き進み、気がついた時は青梅駅から始まる長い坂道を上りだしていた。全身の力を振り絞って何とか全行程を走り抜き、無事に帰宅もできたのだが、そのあまりの疲労感に、風呂上がりは缶ビール一本でぐらぐらになり、ベッドで横になったとたん、そのまま朝まで目が覚めなかった。翌日は筋肉痛と激しい倦怠感に苛まれ、もう、どうにもこうにもならない状態に陥いたのである。
    しかし、こんな無茶をできるのはいつまでだろう。サイクリングにせよ、山歩きにせよ、自分なりのやり方で遊べるのは、やはり60代中盤までではなかろうか。こう結論付けると急に寂しい気持になってしまう。やんちゃをできるのも後数年か…。


    2011年5月25日(水)

    ここ数日で朝がずいぶんと夏らしくなった。こんな日を境に、日々空気はheatしていくのだろう。去年のような猛暑は勘弁だが、元々夏は好きな季節なので、今頃の感覚には堪らない魅力を感じる。楽しい想い出を振り返ってみても、その殆どが夏に集中していて、この季節がアクティブな自分を作ってくれたんだと今頃になって気が付くことがある。
    夏休み、自由、海、釣り、蝉取り、バンド、祭り、林間学校、白馬、ベルプレ、沼津、伊豆。
    次から次へと心躍るキーワードが溢れ出す。夏ならではだ。

    Twitterで「吉祥寺写真」さんという方をフォローし始めたのだが、これがなかなか面白い。写真入りで“吉祥寺”を紹介するツイートがあると、自動的にアップするような仕組みになっていて、休日ともなると瞬く間にタイムラインが埋め尽くされる勢いだ。地元で且つ吉祥寺に興味がある方なら、最新情報の宝庫はありがたいと感じるはずで、私もずいぶんと新たな発見を得られた。
    LOUIS GARNEAU直営店、patagonia東京・吉祥寺etc.もこのツイートで知ったことだし、その他、一度は行ってみたくなる飲み屋もずいぶんあるものだと感心頻りである。

    5月は商売のハイシーズン。しかし今年はどうしたものか、ひたすら静けさだけが漂っている。
    不況?震災??、、、何だろう、この原因は。落ち込みが唐突すぎるところに大きな不安を覚えてしまう。


    2011年5月19日(木)

    昼前から空気がとても爽やかに感じてきて、居ても立ってもいられなくなった。こんな気分にどんぴしゃなのは、やっぱり自転車だ。てなわけで、久しぶりに多摩湖サイクリングロードを走ってみることにした。
    気軽に出掛けられる距離と、それなりに楽しめる変化に富んだコース。沿道には四季折々の植物が咲き誇り、飽くことがない。

    五日市街道を渡りサイクリングロードへ入ると、100m以上に渡って幅員の拡張工事をやっていた。広くなればそれなりに使い易くはなるだろうが、周囲との調和や趣などが薄れるようで、気分としてはやや微妙。税金の無駄遣いと感じるのは私だけではない筈。私的要望だが、幅はそのままでいいから、もっと路面状態を良くして欲しいと思う。特に一般道との交差点付近に荒れている箇所が多く、走りにくく、安全性の面から考えても定期的なメンテナンスが望まれる。特にコンクリ道と土道に落差があり、薄い角度で進入しようものなら、ハンドルを取られて転倒してしまう危険性もある。バリケードの前後幅を大きくしたのは評価できたが、その他の細かな点ももっと注意深く検証してもらいたい。

    日照りは強いがからっとした空気。流すにはベストである。小平手前から緑が濃くなり、肌で夏間近かを感じてしまう。こんな日はウォーキングする人、ランニングする人、そして自転車走らせる人が本当に多いものだ。10年前と較べると、多摩湖サイクリングロードを通勤通学以外の目的で使う人は確実に増えている。こんな道がもっと増えれば実にありがたい。

    午後も遅くなってくると、空気の爽やかさが一層際立ってきた。
    外へ行きたくてウズウズしているロックにリードをつけると、迷わず井の頭公園へ向かう。半袖ポロがちょうどいい季節は、歩くだけで快感そのもの。ロックもなんだか調子が良さそうだ。
    幸せな市民生活の象徴でもある井の頭公園は、平日なのに充分な活況感を発散していた。ベンチで寄り添う恋人達、熟年夫婦の散歩、風船を巧に扱うボードビリアン、ボートから水鳥を撮る3人組。そう、犬を連れて歩く人達も今日はとても多かった。
    こんな時はツイート♪

    「井の頭公園なう。清々しい空気感が堪らなくGoo。ロックと一緒です♪」(17:45)

    ペパカフェフォレストの脇にあるベンチで暫しMEDIASを遊んだ。


    2011年5月12日(木)

    ロックのエサが無くなりかけてきたので、いつものようにJマートへ買いに出掛けた。
    ロックはチビの頃からEUKANUBAだけで育ってきたから、お試しは別として他のドライフーズを常用した経験がない。うちへ来た時も“メンテナンス・超小粒”が一緒だった。5歳の頃から太り気味を榊原先生に指摘され、“体重管理用・超小粒”へ変更、ところがその後も体重が落ちる様子が見られなかったことと、後1年で7歳になることを考慮し、体重管理用より更に低カロリーな“ラム&ライス・7歳以上”へと代えてみた。この判断は正解だったようで、体重も低めに安定し、味的にもロックの好みだったようなのだ。食べっぷりでそれはすぐに分かった。

    EUKANUBAが陳列される棚へ行くと、いつもの場所にラム&ライスが見当たらない。周りも含め探してみたがどうやら置いてないようだ。品切れではと、近くを通った若い男性店員に聞いてみた。

    「先日商品の整理をやったので、それで無いと言うことは、もう置かないのかもしれません」

    売れてないの?!

    「多分そうだと思います」

    はあ?!

    これ以上聞くのが馬鹿馬鹿しくなった。しかしエサはなくてはならないので、一時凌ぎとして日清製粉のJPスタイルドライ・900gパックを買って帰ったのだ。

    ドックフーズに限らす、どの様な商品も同様であろうが、能書きだけはどれも立派である。
    【JPスタイル ドッグドライタイプのこだわり】
    ●主原料国産
    ●すべての原材料・原産国を開示
    ●厳しい安全基準をもとにした品質管理
    ●「LIFE20」プログラムに基づく健康維持サポート成分を配合
    ●国内製造
    ●無香料、無着色、天然由来酸化防止剤使用
    (一部割愛)

    【EUKANUBAは6つの健康をサポートする厳選された素材を使用】
    ●免疫力維持をサポート〜イミューノヘルス
    ビタミンE、ルテインのような抗酸化栄養素を配合したバランスのとれた栄養で、愛犬の免疫力維持を栄養学的にサポートします。
    ●健康な皮フ・毛づやに〜オメガコート
    オメガ-6脂肪酸とオメガ-3脂肪酸を5:1~10:1の適正なバランスで配合。健康的な皮フと美しく輝く毛づやを維持します。
    ●筋肉の健康に
    動物性たんぱく質が主原料。筋肉に必要なたんぱく質を供給し、健康な筋肉をサポート。
    ●お腹の健康をさらにケア
    消化の良い動物性たんぱく質が主原料。適度な発酵性を持つ食物繊維(ビートパルプ)が腸の健康をサポートし、適度な硬さの健康な便にします。消化しやすい米を使用。さらに、ロイヤルバイオティクス*を配合し、犬の腸内環境に配慮。
    ●健康な骨
    健康な骨に必要なカルシウムを、適切なレベルで配合。
    ●噛んで歯垢・歯石ケア
    ミネラル成分マイクロ・クレンジング・クリスタルを配合したカリカリの粒を噛むことで歯垢・歯石の蓄積を抑えるサポート
    (一部割愛)

    まともに読んだら、どれを買ったらいいか迷ってしまう程だ。
    しかしこれだけの能書きを並べられると、どれに転んでも“間違いなし!”とも思ってしまう。
    ところがこの答えはとてもシンプルであった。

    「さ〜、ロック、ご飯だよー」

    ん? 何だか食べっぷり悪いじゃない
    どーしたのかな?
    おいおい、残すのかよ!
    そんなぁ〜、、不満そうな顔だな、、
    え?ええ!えぇぇぇぇぇぇ!!!
    ゲボ?!
    吐いちゃった…

    いくら何でも極端すぎる。もしや体調不良?!
    しかしこの心配は杞憂であった。

    このエサじゃ駄目だと、今度は青梅街道にある“ペットのコジマ”へ行ってみることにした。とにかくいつものEUKANUBAを買って来なきゃ話にならない。専門店だから絶対に置いてあるはずである。

    案の定、コジマのEUKANUBAコーナーは実に充実していた。売れないどころではない。この商品は売れ線なのだ。すぐにアホなJマートの店員を思い出した。大事な客に対し、調べもしないでいい加減な返事をしやがって、、、
    ばかやろー!

    早速帰宅して再度ロックへエサをやった。JPスタイルを捨ててしまうのはややもったいないと思い、取りあえずEUKANUBA70%、JPスタイル30%でトライしたのである。そしてその豪快な食べっぷりを目の当たりにし、全てが分かった。
    好物をこれからも食べ続けていく為に、ロックは渾身の演技を打ったのだ。やつならあり得る。


    2011年5月6日(金)

    5月4日(水)。女房と二人で箱根へ行ってきた。震災後の自粛ムードで今年のGWはどうなってしまうのか、やや心配であり、やや興味深いところもあったが、前日の3日(火)には各主要高速道路の下り線で50〜70kmの大渋滞が発生し、復活の第一歩が見え始めたような気もする。

    事前に予約を入れていた“ホテルおかだ”の日帰り温泉&ランチバイキングは、10:30から15:00までが利用時間帯となっていたので、これを十二分に活用しようと、渋滞を考慮して早朝6時に出発した。東名高速は横浜から厚木辺りまでノロノロ運転を強いられたが、“渋滞10km”の表示ほど詰まっている感じは受けなかった。小田原厚木道路に入っても流れは快調で、中日を選んだことが正解と出たのだろう。

    三枚橋を左折して旧東海道へ。ホテルの入口に付いたのが9時と、GW真っ最中でありながら上出来なドライブであった。山間はややガスっていたが、暖かく天気も上々なので、そのまま芦ノ湖まで上ってみることにした。
    山の新緑は目映いばかりで、これでもかと言わんばかりの満ち溢れる初夏は、箱根の一番いい季節をアピールしてくるのだった。

    箱根神社近くのの駐車場へ車を入れると、ちょっとばかり湖畔を散歩してみた。
    車内では分からなかったが、ここまで来るとさすがに空気はひんやりしていて、じっとしていると肌寒さを感じてしまう。しかし、のんびりと辺りを見回しながら歩き始めれば爽快この上ない。遊覧船に乗る人、釣りをする人、自転車を楽しむ人、散歩をする人、平穏を絵に描いたような光景が、自分の気持も和ませてくれる。これで富士山も眺められれば最高だったのに、ちょっと残念。

    日帰り温泉&ランチバイキングは二度目になる。先回は同じ箱根にある富士屋ホテルだ。ホテルおかだ(2,900円/1名)、富士屋ホテル(4,000円/1名)と根本的なセット料金にそれなりの差があるので、単純に両者を比較するのも大人げないが、総合的なホテルのレベルを考察すると、やはり富士屋ホテルがリードしている。価格の差かもしれないが、特に食事はポリシーに大きな差が出たように思う。決してホテルおかだが悪いわけではないが、バイキングメニューの細やかさに欠けるところがあり、ひとつひとつのメニューに対する印象がとても薄かったのだ。
    1名当たりの単価差は1,100円である。同じような大規模観光ホテルが、この辺に関する考え方や捉え方に相違があるところはとても面白く感じられた。
    厳しい一節だったが、温泉はどちらもゆったりと楽しめる雰囲気と施設があり、さすが老舗と評価したい。
    まあ、何れにせよ楽しい一時は過ごせたし、箱根の魅力再発見!てな感じで、また行きたくなったのは言うまでもない。


    2011年4月27日(水)

    給料激減で、出るのは溜息ばかりなり。趣味の出費、酒代、外出を減らし、とことん節約しなければ生活費の確保すらままならない状況である。
    冴えないことに、頼りのデイトレも震災以降は沈みっぱなしで、当面打つ手が見当たらない。それまでが好調だっただけに辛いポイントだ。但、駄目だ駄目だと指をくわえてばかりでは“ジ・エンド”なので、ここは落ち着き、今後の銘柄対策をして行こうと思っている。
    連休二日目は相場の研究に没頭した。私は専門家ではないので、その筋の人達がやるような戦略は打たないし打てもしない。専ら“私流データ作り”に勤しむのだ。専用ソフトを駆使して銘柄を選択し、その傾向を数値化する。第1弾として18銘柄を選んでみた。損切りを順次進めていき、その資金でこの銘柄を適時買っていくのだ。今まで一途にこの方法を使ってきたので、そこそこの勝算は読めるつもりである。
    目標10万円/月

    そう、ちょっと前のことだが、まるでD100を手に入れた当時に戻ったかのような、写欲に満ちあふれた一時を味わうことができたのだ。
    新鮮で心躍る感覚に身を任せ、次々にシャッターを切っていく。数時間はあっという間に流れ、気が付くと気持ちのいい疲労感と充足感に包まれていた。カメラ初心者に立ち返った、静かな松崎での撮影行だ。
    4月7日(木)。数ヶ月ぶりに訪れた海鼠壁の町は、春を飛び越え初夏の雰囲気に満ちていた。開放感とでも言うのだろうか、青い空、きらめく那賀川の水面、そして八分咲きだが、鮮やかに咲いたソメイヨシノが、“もう冬は終りだよ”と、歌いかけてくる。
    一番いい季節の到来。この時期から以降、新緑の奥多摩、上高地が始まり、予算さえ何とか確保できれば、今年は更に新たな場所へもトライしたい。


    2011年4月27日(水)

    4月13日(水)。1年半ぶりとなる、“もえぎの湯コース”を楽しんだ。重く停滞していた気持がようやく持ち上がったような感じに誘発されたからだ。
    この日は極めて天候が良く、暖かく無風に近いコンディションは、自転車の快適さを何倍にも増幅させた。そして脇役もナイスだった。多摩川沿いに咲く桜は、やや散り始めではあるものの、まだまだその開花ボリュームは豊かであり、調布から昭島に至る幾箇所と、上流に移った鳩ノ巣渓谷周辺では、思わず目を奪われるほどの素晴らしい景観を披露していた。これだけ良い条件が整えばサイクリングは楽しいに決まっている。

    CARRERAはサッと乾拭きしてから、空気圧をチェック。携帯、財布、カメラ、タオルをウェストポーチに押し込む。

    「今日は楽しめそうだ」

    ところが走り出して間もなく、ポジションに違和感を覚えた。クリートの位置がどうも先過ぎる。踏み込みに不自然さがあり、どうもいけない。しかし、これから調整するのも時間の浪費だ。まあ、それほど大きな影響はないだろうと、そのまま走り続けることにした。しかし妙である。ポジションは全く動かしていないのに、なぜ違和感が…。

    久しぶりの多摩川は、いつも通りの平和な光景を誇示していた。青空の下、広い川縁では、スポーツ、ピクニック、ペットの散歩、そしてサイクリングロードでは平日にもかかわらず、多くの自転車好きが気持ち良さそうに走っていた。以前よりも数段クロスバイクが目立つのは流行なのだろうか。気軽に使えて実質的な使い勝手が広いから、スポーツユースとしても認知されてきたのかもしれない。もえぎの湯のようなオーバー100kmを走りきるのにはやや厳しい面もあるが、それ以外だったらロードより優れた点がたくさんあるから、これも頷けるところだ。
    関戸橋手前で白いPINARELLOにパスされた。しかし頑なに自分のペースを守り通す。これは長距離ランの基本である。行きの多摩サイで頑張りすぎると、一日の走りに大きな悪影響を及ぼすことは、何度も経験して分かっている。久々のもえぎの湯では特に気をつけなくてはならないポイントだ。
    富士山も見えてきた。なんて気持ちの良い日なのだろう。

    日頃の疲れが溜まっているのか、出発してからはいつになくペダリングが重たかったが、立川を通過する頃には大分体もほぐれてきて、リズム感も戻ってきた。朝食はしっかりと取ったが、既に空腹を感じ始めた。調子が上向いた証しである。

    16号線から新奥多摩バイパスへ入る。間もなく丸亀製麺福生店が見えてきたので、そこで休憩兼昼食とした。この店も昼前だというのに良く客が入っている。私のそうだが、日本人は基本的に麺好きであり、ラーメン、そば、うどんを昼食で食したり、酒の〆で食したりと、食生活のコアな部分を占めている。決して大袈裟ではない、日本人は麺無しでは生きていけないのだ。
    「ぶっかけ大盛り」で腹を満たす。何度食しても実に美味い。

    青梅を通過、ゴールまで続く長い坂道に入った。
    Vittoria超廉価版のルビノ25Cを履いて2度目のもえぎの湯になるが、タイヤに当たりが付いてきたのだろう、凄く乗り心地がずいぶんと良くなっている。ストラディアスエリートの23Cとは比較にならないほどノンストレスであり、しかも例の急な下りS字カーブでのグリップ感は非常に安心できるレベルなのだ。これならコストパフォーマンスに文句は出ない。
    web上で検索すると、少ないがルビノのインプレッションを見つけることができる。案の定どれもぱっとしないコメントばかりだが、私にとってそれはそれ。音楽CDのライナーノーツではないが、実際に見て履いて試さなければ本質は分からず、最も肝心な“自分にとって”は、他人の評論から見出すことはできないのだ。

    柔らかい感触が特長の“もえぎの湯”。同じ奥多摩エリアにある小菅の湯とは明らかに異なる泉質だ。本来はのんびりと温泉を楽しみたいところだが、暗くならないうちに帰宅するには14時に出発しなければならず、到着が13時ちょっと前だから、正味ゆっくりできたのは1時間足らず。一日の行程上、長居ができないのが残念だ。次回はもうちょっと早起きをして、温泉での時間を稼ぎたい。


    2011年4月14日(木)

    何だろうか、この気分は。まるでD100を手に入れた当時に戻ったかのようだ。新鮮で心躍る感覚に身を任せ、次々にシャッターを切っていく。数時間はあっという間に流れ、気が付くと気持ちのいい疲労感と充足感に包まれていた。カメラ初心者に立ち返った、静かな松崎での撮影行であった。
    4月7日(木)。数ヶ月ぶりに訪れた海鼠壁の町は、春を飛び越え初夏の雰囲気に満ちていた。開放感とでも言うのだろうか、青い空、きらめく那賀川の水面、そして八分咲きだが、鮮やかに咲いたソメイヨシノが、“もう冬は終りだよ”と、歌いかけてくる。
    一番いい季節の到来。この時期から以降、新緑の奥多摩、上高地が始まり、今年は更に新たな場所へもトライするつもりだ。

    HPのリニューアルが滞って久しい。職場環境の変化に翻弄されて、プライベートと両立させるパワーが減退したからだと思う。こんな時こそ“計画性”が重要であるが、だらけてメリハリのない毎日だけが淡々と続き、思うように行動のきっかけが見出せないでいる。
    駄目な自分が良く分かるこの頃だ。


    2011年4月2日(土)

    大分使い慣れてきたMEDIASである。携帯電話の枠を大きく越えたミニPCは、ナビをはじめ便利な機能が満載であり、想像以上の優れものだ。これを駆使する夏の撮影旅行が今から楽しみでならない。地域情報がすぐに見つかるので、宿泊がいつものビジネスホテルレベルなら予約は無用で済みそうだ。飲み屋も然りである。自転車を転がし、地道に探すのも楽しいものだが、あらかじめ地域の居酒屋を検索しておいた方が、より好みに近い店を素早く探せるはずだ。
    GPS万歳!

    昨日、仙台に住む友人のHさんと電話で色々と話をした。先ずは彼に大きな被害が及ばずほっとしたが、未だにガスが引けていない状況など、こちらでは分からないリアルな情報に触れ、被災地にのし掛かる厳しい現況を改めて感じてしまった。政府がようやく復興組織を稼働させるようだが、劣悪な避難所の環境は、精神衛生の悪化、栄養の偏り、感染症の拡大、新型肺炎の蔓延等々と、今すぐにでも手当しなければならない問題が満載である。

    桜開花が目前だ。桜は日本人の心。きっと力を与えてくれる!


    2011年3月31日(木)

    東京電力の会長が記者会見で陳謝し、福島第1原発並びに計画停電などについての今後を述べた。国と東電は総力を挙げ、一日も早い収束へ向け、全力を投じているのだろうが、色々と調べ上げると、この過程には途方もない様々な困難があるようだ。
    今日のニュースでは、原発の放水口から330メートル離れた地点で採取した海水から、法令限度の4385倍の濃度の放射性ヨウ素131を検出したと発表した。漏れだしている冷却水だけでこの様な海洋汚染が起こるとなると、建屋地下や予備タンクに溜まっている大量な高濃度汚染水に対しては、絶対に海へ流れ出ないよう、あらゆる策を講じなければならない。
    廃炉までの第一段階は「安定化」だそうだ。これ以上の放射能漏れが起こらないようにする為の重要な段階である。解説によると、数週間、数ヶ月の日程が必要となる大作業らしいが、何とか一日でも早く達成してもらいたいものである。

    30日(水)、31日(木)は、久々の連休であったが、体調が思わしくなかったので、何処へも出掛けず、唯々体を休めることに徹した。その効果あってか、疲れも殆どとれたように感じるが、1年ほど前から時たま起こる“軽い頭痛”が、今回の疲れの本元になっているところが何やら薄気味悪い。自分の年齢からすれば、往々にして脳のレントゲンを撮るべきなのだろうが、何となく本音が躊躇しているようで、なかなか踏み切れないでいる。しかし内容からして、いつまでも避けているわけにもいかないので、本年中には知り合いの先生にお願いしようかと思っている。
    それから毎年受けていた人間ドックも、昨年はパスしてしまったので、これも忘れないうちに予約を取らなければ。


    2011年3月24日(木)

    巨大津波が町を呑み込む様子に思わず震えが出た。今まで見たどの様な自然の猛威も霞んでしまう超絶したエネルギーの攻撃に<人・為す術無し>である。
    “想定外”という言葉があるが、その意味は『考えている範囲にないこと』。言い換えれば、人が真剣に考え、計画した範囲にない出来事なので、その発症率は確率論的に極めて低い筈。しかし今回、その希有であるべきことが実際に起きてしまったのだ。想定外を“%”で表すと、どのくらいの数値になるかは定かでないが、何れにしても、再びマグニチュード9レベルの地震が襲ってくる可能性は「0」でなくなったわけだから、今後の復興を考える際には、町を呑み込む大津波や原発の倒壊等々を必ず想定内に入れなければならない。そして全国にある全ての原発は、この想定を基準にして再度綿密なチェックを行ない、それに準ずる補強工事を早急に進めて欲しいものだ。

    地震から約2週間経った今日の午前中、何と福島原発の1号機から4号機まで、全ての棟から白い煙が上がった。高濃度の放射能が邪魔して、施設の損傷がどれほどあるか目視できないところに、大きな苛立ちと不安を覚える。現況は“燃料棒をとにかく冷やそう”の段階で一進一退を繰り返している。よって抜本的な改修作業のスタートはまだまだ先になるのだろう。しかしこの固唾をのむ期間が長くなればなるほど、国民の不安を掻き立てる、現実的並びに精神的要素は増大していくのだ。


    2011年3月11日(金)

    それにしても慢性鼻炎は厄介である。肝心な時ほどムズムズが勃発、出そうで出ないクシャミは涙目を誘い、挙げ句の果てには多量なティッシュのお世話になる。更にこのサイクルが短くなれば、粘膜に炎症を来たし、鈍痛も出てくるありさま。辛いが今年から薬は断つことにしたので、頑張って湿度の高まってくる季節まで耐えきろうかと思っている。あと2ヶ月の辛抱かな…

    来週の休日、ついにmovaを卒業する。DoCoMoからは1年ほど前より再三FOMAへの機種替え案内が来ていたが、機能に関して余り気を引くものがなかった為、寧ろ使い慣れたmovaを期限ぎりぎりまで使うのも悪くないと、至極のんびりと構えていた。しかし、友人達が相次いでsmartphoneに機種替えしたところから、何となく興味が湧き出し始め、とどめを刺されたのは、女房がXperiaを購入、そして娘もそれに続きiPhoneを手に入れたことだ。Xperiaを手に取り、さわりだけだがその機能を確認してみると、びっくり。これはもはやPC! いいや、ある側面ではPC以上の使い勝手を発揮することに気が付き、一気に購入意欲が噴出したのだ。


    2011年3月2日(水)

    変に暑くなったり、はたまた真冬に後戻りしたり、体調を維持するだけでも大変なこの頃だ。更にこんな時は決まって鼻の調子が悪くなるので、ティッシュの使用量は日に日に増加中である。

    しかし、3月に入れば、桜を飛び越し打てやって来る新緑の季節がとても待ち遠しくなる。山は活気を取り戻し、渓流は明るさを増す。カメラを担いで歩き回れば、自然のエネルギーを独り占めしたかのような豊かな気分に浸れ、気持ちの良さはこの上ない。数年無沙汰している大丹波川の上流で、じっくりと構えたいものだ。

    ついにDUCATI店の移転先が決定した。現況の中、どこまで善戦できるか、かなり不安ではあるが、いつの時代にも“やりよう”は必ず存在するものであり、メカニック2名と、スーパースリムになった体制は、戦略上小回りが利くし、スタッフの気持もお客さんに伝わりやすいというメリットさえあるのだ。従来とは異なるやり方を、絶えず意識できるかどうかが成功への鍵になる!


    2011年2月24日(木)

    HPの制作がまるで進まない。一から作り直しをしようとすると、あれもこれもと雑多なアイデアばかりが浮かんできて、せっかく作業が動き出しても、段々と納得がいかなくなり、あれこれと悩んだ挙げ句、振り出しへと戻してしまう。優柔不断な性格は全くどうしようもない。これが仕事だったら“期間”を区切るから、それなりの計画も立てられるが、趣味となれば“いつでもOK♪”。
    これがいけない!だらだらだらと、無意味な時間ばかりが流れていく。

    3月18日<EVサミット・・・38台のEV&電動バイクが集結> 
    http://response.jp/article/2011/02/16/151972.html
    こんな催しが開かれるようだ。
    クリーン&省燃費で注目されるEV車は、もはや次世代の顔。四輪二輪問わず、各メーカーの主力開発商品となっていることに間違いない。但、その影響で、二輪文化に更なる打撃が生じるのではないかと心配だ。
    もはや若者の二輪離れは深刻な社会現象であり、どうにかこれに歯止めを掛けないと、近い将来、二輪マーケットは急激に縮み込んでしまう恐れがある。
    高校や大学の頃、仲間が集まれば、決まって「女」か「バイク」か「車」の話しで湧いたものだが、昨今はどやらそうではないらしい。具体的にどの様な話題が出ているかは定かでないが、少なくともそこにバイク・車はないと思う。
    【バイクを駆り、箱根を流す】
    実に心弾む一節である。一度でも経験した人なら、そのニュアンスは痛いほど分かるはず。今の若者の間で、何故こんな楽しい遊びが注目されないのか…。


    2011年2月16日(水)

    NOMADのガタが進んでいる。直接的な原因はもちろん日頃の整備不足かもしれないが、何しろNOMADは本当に良く使う自転車だし、考えてみれば既に10年選手になっているのだ。この間にパーツも幾度となく交換した。タイヤ4組、ホイール2組、ブレーキシュー2組、チェーン2回、ボトムベアリング1回、サドル3個等々、そして奇跡的に切れたことのないブレーキ&シフトワイヤーは疾うに限界を超えている。最近ではVブレーキのスプリングも怪しくなってきた。
    これを向かいの自転車屋に相談すると、

    「もう、代替してもいいんじゃないですかねー」

    と、即答されてしまった。
    理由を聞くと、要交換の消耗パーツもさることながら、フロントサスペンションのオーバーホールが必要らしいのだ。そのまま無視して走っていると、突然フォークが抜けるとのこと!
    それを知ったら、日常の使用にも一抹の不安を覚えてしまう。
    以前から考えていた?New街乗り号?を手に入れる絶好のタイミングではあるが、なにしろ先立つものが苦しい状況は相変わらずで、そう簡単にはGOできない。しかし、日頃からプランだけは練っているので、その時が来たら一気に作り上げたいと思っている。
    因みにNew街乗り号はロードベース。やはり“Simple is The Best”は大きな要素になるからだ。フレームはアルミ、コンポはシマノが妥当だろう。ホイールは重さよりステンのような丈夫なものを選び、タイヤは好みの25C。そしてハンドルはあくまでもフラットバー。10km圏内の街乗りを考えると、ドロップハンドルはやや大袈裟であり、機動性と使い勝手ならやはりフラットバーで決まりだろう。


    2011年2月12日(土)

    何を成すべきか。決断はいつがベストなのか。
    麻雀、ストックトレーディング、そして人生。これ皆同じではなかろうか。
    だとすれば、正解は一つではない筈。

    麻雀は大学時代から始めた。生の人間を相手に瞬時な判断の連続を強いられる古典ゲームの王様は、集中し始めると恐ろしいほど早く時間が過ぎ去ってしまう。そして緊張感溢れる勝負の中からは、様々なことを学べる。
    麻雀に於ける打ち癖には、個々の性格が明確に顕れる。短気、優柔不断、一徹等々。表情や仕草も興味深く、お喋り、寡黙、貧乏揺すり、独り言等々、落ち着いて観察すると、そこから手の内が見えてくることも屡々だ。
    ――― 大きい手までリャンシャンテン。しかしトイメンが無口になり、顔が高揚している。
    ここは無理せず先制の“メンピン”だ。

    「リーチ!」

    こんな感じで、己の道を選び作っていく。

    株遊びは、PCで簡単売買ができるようになってから本格的にスタートさせた。
    時価で300万円程持っていた株が、バブル崩壊後、あらよあらよと言う間に半値近くまで急落した時は、正直クラクラものだったが、為す術は無く、致し方なく塩漬けにしていたら、数年で何とか200万円台まで回復した。その後“山一倒産”をきっかけに、ネット証券へと鞍替えし、自分なりに株の動きを観察し始めた。ところがここから学んだことは多々あって、結論を言えば、中期、長期を狙うより、デイトレに徹した方がかえって大けがをすることが少なく、趣味としての醍醐味も大きいことが分かったのだ。それ以来、ゲーム感覚に程近い“ちびた利食い”に徹するようになり、本業の収入減を何とかリカバリーできないかと現在奮闘中である。

    「うん、今日の儲けは10,000円か。よっしゃよっしゃ…」


    2011年2月7日(月)

    ――― バイク屋はバイクを売る。
    至極当たり前な一節に思えるが、これが近年、当たり前としては通らなくなってきた。企業規模にもよるが、バイク屋がバイクだけを売っていっても、旨味は乏しく、況してや組織を拡張することなど、もはや夢話である。リーマン以降の業界衰退は止まることがなく、年が明けてからは、有力店の撤退、業種変更などが相次ぎ、近い将来大きな時代の変革がやってくる気配に満ちあふれている。

    急務は<教科書通りの正攻法>からの脱却だろう。
    販売会社が提示する戦略を鵜呑みにして、これを100%履行しようとしてもやり遂げられないことは過去の実績で分かっている。人間個々に得手不得手があるように、組織にも同様な傾向があるのだ。社風に沿った伸び伸びと行える手法が見つかれば、同じ利潤を追求するにも充実感に大きな差が出るし、楽しければスタッフのMotivationが上がり、新たなアイデアも生まれてくるに違いない。
    一日も早く“いい流れ”をゲットしなければ!


    2011年2月2日(水)

    日課である、ロックと行く朝の散歩。しかし、この季節の6:40はとても寒い。
    玄関を出ると、右へ行こうか、左へ行こうか、先ずはここから始る。
    面白いもので、ロックには好みのコースがあるらしく、その日の気分によってやや変わることはあるけれど、どちらかと言えば西方面、つまり左へ行きたがる。恐らく“匂いポイント”が多々あるのだろう。

    車が途切れたので、ダッシュで水道道路を横断する。毎月利用している“LaLaDogs”の前を通過して、関前方面へ向かった。
    関前は今でも田畑が多く残る、なんとも東京らしくない町である。宅地の開発が西久保などに較べて後発だった関係上、道幅を広く取っているところが、実に開放的な景観となっている。当然、犬の散歩にはベスト。ロックが行きたがる理由のひとつだろう。

    五小通りを渡ると前方から若い男性が歩いてきた。極寒の早朝なのに、羽織っている上着は薄い秋物である。ショルダーを肩から提げたその姿は、早足で三鷹駅へ向かう周囲の通勤者とは異なる雰囲気を受けた。
    何気に目線が合うと、

    「すみません。緑町のブックオフへ行きたいのですが」

    ここからだと大凡1km。歩いて20分弱だろう。
    それにしてもブックオフの開店時刻までには、まだ大分間がある。隣にあるバーミヤンだって同じこと。するとその近辺、またはブックオフがテナントで入っているビルの住人に用事があるのだろうか。何気ない出来事でも、一歩踏みこんで考えると、イマジネーションは広がっていく。

    「そこ、“五小通り”なんですけど、まっすぐ行ったら五日市街道にぶつかるんで、そこを右です」


    2011年1月27日(木)

    2ヶ月近くも自宅トレーニングをさぼってしまった。冬になるとどうも億劫になるようだ。理由は単純に寒いからであり、帰宅して上着を脱ぐと、冷えた体は無意識に風呂場へと直行してしまう。

    ――― どーするかな、ちょっとやろうかな。

    そんな考えさえも、寒い頃は浮かばない。
    しかし2ヶ月筋トレを行わないと、悲しいかな、確実に体は退化してしまう。皮膚の張りが無くなり、腹回りなどは目に見えてだぶついてくる。若い頃と較べ、中年になってからの方が退化のスピードは早いようで、できればあまり空けないでトレーニングを継続したいところだ。
    <腹筋50回、背筋30回、腕立て20回、スクワット40回、ダンベル、ストレッチング>
    以上が、私のワンセットになる。
    このワンセットをゆっくりと時間をかけて、3日に一度のペースで行っているだが、昨年末のように、足を挫いたりすると、それを理由に中断してしまい、気が付くと2ヶ月も空けてしまった。
    暖かい季節がやってくると、カメラ、自転車、山等々で休日は超活動的になる。その前に体を作り、更には行動資金をプールしておかないと、チャンスをものにできず、泣きっ面を見ることになるので、今から計画的に押さえていきたい。


    2011年1月19日(水)

    通常勤務に戻ると、サイトリニューアルに割く時間が殆ど無く、実に悩ましい。
    分かりきったことではあるが、それだけ昨年末は過去の人生に於ても非常にイレギュラーな日々であったのだ。
    とにかく今は与えられた仕事をこなすことが優先なので、御託はなるべく出さないようにしているが、せっかく得られた知識を思う存分駆使出来ない現状は、何ともストレスチックなのである。

    昨日は午後から損害保険“募集人”の試験を受けてきた。その昔、初級試験を受けた時は、参考書の持込がOKだった。それに試験対策は事前の講習会にさえ参加すれば、そのものズバリに近い傾向と対策を教えてくれたので、難しいという印象は残っていなかった。それどころか、「こんなんでいいの?!」と不安になるほど容易い試験だったのだ。
    ところがである。昨今、その不安が募集業務のトラブルとして表面化してきたのだろうか、今回の試験では、その結構な歯ごたえにうろたえるばかり。<無勉強=敗北>である。
    問題の作り方にしても、しっかりとした知識武装がなければ到底正解を出せない高いレベルにあり、“引っかけ”なども巧だ。
    但、トラブルの抜本対策を考えるならば、各損保会社が提供する管理ソフトの使い方と、スケジューリングの徹底教育が先決であると思われる。
    募集やComplianceなどの基礎は言うまでもなく大切なのだが、実際の業務を行ってみれば、いかにソフトの操作レベル向上と、ソフト自体のユーザビリティー改善が必要となっているかが分かるはずだ。


    2011年1月9日(日)

    いつもの写真仲間で新年会を行った。
    16:30から23:00までと、ずいぶんな長丁場を飲み続けたわけだが、久しぶりに愉快な一時を味わえ、充実感も満点であった。
    このような酒の席では、その乗りの良さから、話題は何でも盛り上がるものだが、このメンバーでこんな話を?!と一瞬首を傾げることが度々。

    「家買うんだったら今だぜ〜、、」
    「あと10年経ったら、絶対金貸してくれないよ」
    「40越したんだっけ?」
    「あれから20年だもんなー」

    バイク屋で出会った二十歳そこそこの若者達。バイクがある生活は多くのライダー仲間を生み出し、弾む青春を謳歌し続けた。しかし、気がつけば全員40代に突入。早いと言えば早いが、いい仲間は不変である。今度はカメラを持ち出し、第2の青春を楽しもうと目論んでいる。
    一見ささやかなことのように思えるかもしれないが、これも人生の妙味であり、原動力を掌る源でもあるのだ。


    2011年1月2日(日)

    年が明けた。今年はどんな1年になるのだろう。
    仕事に於ては待ったなしの“崖っぷちな年”になるので、良い意味で<開き直り>をキーワードとしたい。
    格好つけない、体裁考えない。但々邪念を振り切り、成果だけを追いかければ、何らかのチャンスが訪れるのではと期待している。そしてそんな前向きな姿勢をキープするには何より健康が第一。これだけは深く実感できる重要なポイントだ。

    元旦は家族三人で初詣に行ってきた。お決まりの浅草・浅草寺である。
    雷門のごった返しは相変わらずだが、今年はスカイツリーの見物客がそれに加わり、浅草の活況に新たな面が生まれたような気がした。古いものと新しいものがうまい具合にコラボすれば、町は加速力を伴い進化するもの。毎年の初詣がなんだか楽しみになってきた。
    そう、それと感心したのは警察官による参道の管理が巧になったことだ。今年から行列への割り込みは一切禁止である。横断可能な交差点は一箇所のみとし、その他は全てバリケードを置いたのだ。更には本堂直前の入場規制も、一度の人数を少なくして、落ち着いてしっかりとした参拝を行えるようになった。毎年通っていると、色々な変化が見えてくる。

    楽しみにしている露天では、焼きそば、たこ焼き、もつ煮込み、玉こんにゃく、おでんと次々に注文。どれも去年よりは美味く感じ、酒も進んだ。周りを見回すと、やはりここでも外国人が多い。女房の背後には3人組の中国人女性がいて、もくもくと焼きそば&たこ焼きを頬張っている。娘の左側にいる年輩男性は、その隣にいる米国人らしき若い男性に、なんと“ストレートな日本語”で話しかけている。しかし、皆ほろ酔い加減で楽しそうだ。

    参拝の後は、スカイツリー見物へと出掛けてみた。
    ビューポイントは押上周辺に何カ所かあるようだが、女房がこの辺の事情に詳しい方から事前に情報を得ていたので、迷うことなくとてもスムーズに回ることができた。
    直接スカイツリーを見るのは初めてである。よって雷門から眺めただけでも、その迫力に驚いたが、やはり間近で見上げると、桁違いなスケール感に圧倒されてしまう。さすがに東京タワーが放つ情趣のようなものは感じられないが、その反面、よくぞこれほどの塔を建てたものだと、最新建築技術に拍手喝采なのだ。

    さてさて、今年も何とぞよろしくお願い致します。