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  • 2010年3月4日(木)

    <デニーズ時代 その16>

    デニーズ東久留米店にはO崎くんという古手のバスヘルプがいた。少々うるさ型で親分肌、他のアルバイト達も一目置いている。この手の連中とは一日でも早く滑らかな関係を作る必要性がある。反目したらそれこそ一巻の終りだ。先ずは“関わり”を持つことがスタートになる。
    以前にも述べたことがあるが、デニーズはあらゆる意味で“バイト天国”である。店に於ては全スタッフの大凡90%をアルバイトが占めていて、必然的にその存在は極めて重要なのだ。

    「O崎君、そこのゴミ、捨てといてくれないかな」

    何気にジャブを放ってみると、

    「自分でやったらどうですか」

    ほほう、何と揺さぶりを掛けてきたのである。
    この様なリアクションに出る輩は、必ずといって自分を表現するのが下手だ。だからそれをストレートに捉え、“なんだその態度は!”と出てはいけない。こじれるだけだ。

    「わかった。やっとくけど、後で手伝ってくれよ」

    「・・・・・・」

    これで最初の関わりを持てた。後は積極的に彼に話しかけ、その延長として他の古株へアプローチを掛けていくのだ。
    それから二週間も経たないうちにO崎君とは見事にうち解けることができた。その関係構築から、頼りなるベテランMD2名と、若くて良く動くキッチンヘルプ1名とも良好な繋がりを持つことができ、ひと月もするとアルバイトスタッフの大凡を掌握することに成功したのである。
    我々がいなければ店は動かない ★
    賢いバイト諸君はこの論理を十二分に理解し、良い意味でも悪い意味でもその上で行動している。驚くなかれ、労働集約型経営の某を身をもって会得しているのだ。よって一度でも舐めらようものなら、色々な部分で支障を来たすことになる。店長といってもまだ20歳代の若者である。人生経験はおろか社会人生活を初めて、たったの数年しか経っていないのだ。平日昼間のバイト達は平均年齢が優に30歳代中盤を越えている言わば“大人”。単にマニュアル通りの指示や、軽率な判断を繰り返していると簡単に見透かされてしまう。

    O崎君並びにその取り巻き連中は、まさに青春真っ直中といったコミュニティーを作っていて、仕事が終えるとよく飲みに行ったり、車を飛ばしに出掛けたりと、端から見てもとても活動的であった。店長と従業員という関係はあったにしても、当時の私は25歳の若者であり、彼等側に入り、共に楽しむのに何の抵抗もあるはずはない。

    「マネージャー、今夜流しに行きませんか」
    「どこ行く?」
    「取り敢えず“中央”あたりで…」

    遊びはこんな感じで即決まる。
    そして閉店後の楽しみができると、途端に彼らの動きに変化が出る。非常にてきぱきと仕事をこなし、掃除や整理整頓の仕上がりも普段より良くなるから不思議だ。遅番の仕事の要は〆である。翌日スムーズに開店準備ができるよう、各セクションそれぞれに工夫された流れがある。
    中でも大変なのがやはりキッチンだ。グリル板とチャーブロイラーの磨き、フライヤーの油こし又は交換、それとホットテーブル、コールドテーブル問わず、そこで使っているインサートは全て洗浄し、ソース類は鍋に移しウォークイン内で保管する。マイクロの掃除も大切な項目である。汚れた内部は中性洗剤で念入りにきれいにしていく。少しでも汚れを残すと、その汚れに対しマイクロ波が作用してしまい、肝心な調理が不完全になってしまうことがあるからだ。
    フロント業務のメインなところでは、フロアー全体へのバキュームとテーブルセット、その他コンディメントやクリーマの補充、そして店内のゴミは全て分別してトラッシュルームへ移す。そしてディッシュウォッシャーがきれいに洗ってくれた、カップ、プレート、グラス、シルバーなどは、フロントの各サービスステーションへ補充し、大判プレートや鍋などはキッチンの指定場所へと運ぶのだ。
    これら一連の作業は慣れた連中でも結構シンドイ仕事になっていて、チームワークが足りないと、中々事が運ばないという特徴も持っている。因みにマネージャーには、各セクションのフォローの後、レジの精算と日報作成という厄介な仕事が待っている。

    いくら遊びが控えているといっても、〆が終われば取り敢えず一服が必要だ。2本ほどショートホープを吸いこみ、やっとここで黄ジャケを脱いだ。


    2010年2月26日(金)

    久々にロックと井の頭公園を散歩した。
    ここ1〜2日間、異常気象ではないかと思うほど気温が上昇し、2月なのに早くも町は春の様相に満ちあふれ、特に朝、窓をいっぱいに開け放つと、優しい空気がすーっと部屋へ流れ込み、それはそれは気持ちがいいのだ。こうなればロックだっていつも以上に外へ出たいに決まっている。

    ――― よっしゃぁ、出掛けるか。

    なるほど、尻尾の振り方が半端でない。リードをグングン引っ張り力強く歩いていく。やはり気分は上々なのだ。
    我が町並みにも春らしい変化が見とれた。いたるところの庭で梅の花が咲き始めていて、このような目に入る季節の変化はこれまた楽しく、それだけで更に気温がアップしたように感じてしまう。とりあえず着込んだTシャツ、薄手の長袖シャツ、セーター、ウィンドブレーカーだと、公園に着く頃にはかなり汗ばんでいた。
    公園通りを横断して池に向かう階段を下りていくと、ここにも梅、梅、梅である。いやはや艶やか。桜ほどの効果はないとしても、公園全体をぱっと明るくする要素は十分だ。
    いつものように反時計回りで池のまわりを一周する。季節がいいと疲労感も殆ど覚えず、2週間前から厄介なことになっている腰痛もそれ程辛くは感じない。但、膝裏の筋肉が張っているような症状は一向に改善の兆しがなく、既に1週間以上も違和感を引きずっている。まあそれはさておいても、気持ちよく体を動かせる幸せは、真摯に受け止めなければ罰が当たるってもの。今年は更に自転車やトレッキングを楽しもうと思っているので、このコンディションは是が非でも維持していきたい。

    そう、この散歩の前に娘と二人で買い物へ出掛けたのだが、ちょうど昼時に掛かったので、ヨーカドー内にテナントする、うどんがメインの和食店『海ごはん』で昼食をとった。この店の特長はランチタイムならうどんの大盛りが無料となること。それではと、恩恵にあずかり“天丼定食”のうどんを大盛りにしてもらったのだが、運ばれてきたその定食のトータル量は予想以上で、もちろん完食はしたのだが、満腹度は150%。おかげで午後の散歩はいい腹ごなしにもなったのだ。


    2010年2月18日(木)

    NikonD100を手に入れると、やはりマイPCシステムを一新しなければならない状況となった。
    それまでは150万画素のFinePix700が出力する軽いデータをレタッチしていたに過ぎなかったので、FMVでも何一つ問題は起きず、むしろシステムとの良好なマッチング感すらあり、満足度は高かった。
    ところがデジタル一眼レフであるD100の“610万画素RAWデータ”を小気味よく処理するとなると、やはりFMVでは限界が見えてくる。更にD100の非常に精細な画像を楽しもうとすれば、FMVのセットで付いてきた15インチ液晶モニターでは全くの役不足。順番から考えても、先ずはモニターをグレードアップしなければと、画像処理に適しているCRTタイプの三菱DiamondtronFLAT/RDF171Sを購入。その解像力の高さと色再現の自然さは、液晶モニターとは比較にならないハイレベルなもので、CRTの開発が止まってしまった現況は非常に寂しい限りである。

    さて、肝心なPC本体はどこのメーカーにしようか?!
    この頃になると、自身のPCスキルもずいぶんとアップし、一般平均レベル+α程度は自負できるようになった。こうなると大手メーカーの製品には不要な機能やソフトが目一杯詰め込まれているのが分かるようになり、自分が楽しみたいジャンルへ特化しているマシーンを欲しくなるのは極自然な流れであった。そんな頃、Epson directのHPに目が止まったのだ。基本マシーンを決めたら、後は好みの構成に作り上げる“チョイスシステム”がとても合理的であり、何よりトータル支払金額をマシーン性能に比較して非常に安く設定できるところが一発で気に入ってしまったのである。
    基本マシーンはEndeavor・MT7300に決定。理由はコストパフォーマンスに抜きん出ていたからだ。OSは既にXPが販売された直後だったが、敢えてシンプルで信頼性の高いWindows2000を選んだ。CPUもPentiumに負けず劣らずの性能を持つCeleron2.4GHzをチョイス、メモリは使用用途に適正だと思われる512MHzを積んだ。
    早速Photoshop5.5をインストールしその動きを試してみた。トリミングやレベル補正程度ではそれほど変ったとは感じなかったが、重い画像ファイルへ対し、連続的にフィルターを掛けていくという高負担な処理をさせた時、ここで初めてFMVとは全く違うスピードを見せつけたのだ。動きの軽さは作業にリズムを生み出し、楽しさはどんどんと増していくのであった!


    2010年2月14日(日)

    2月11日(木)建国記念の日。木曜日が久々に旗日となった。義母の術前説明を聞きに沼津へ行くには、ある意味良いタイミングだったかもしれない。
    今回の心筋梗塞は、カテーテルだけでの手法では治療に限界があるようで、色々な角度から検討の末、バイパス手術に踏み切ることになったのだ。どうやら冠動脈の狭窄部分の硬化が著しくて、掃除や貫通を押し進めていくと、血管に亀裂を生じてしまう危険性が出てくるらしい。心筋の一部は既に死んでしまっているが、この手術さえ施せば、何とか日常生活に支障のないところまで回復できるという。
    先生の説明は大凡30分で終了、その後は義姉も交えて入院準備の打合せを行ったが、本人は至って元気であり、大凡2週間後に心臓の手術が待ち受けているという切迫した雰囲気は微塵もなかった。これは良いことである。

    先々週に訪れた時は、昼飯に港湾の千本一へ行って魚を食べた。今回はちょっと西へ足を伸ばし、以前から興味のあった『富士宮やきそば』を食すことにした。
    突然のアイデアだったので、何一つ下調べはしなかったが、JR富士宮駅周辺をぐるりと流すだけで、ぽつんぽつんと“富士宮やきそば”と記したのぼりが目に止まる。
    駅前を通過し、浅間大社南を右折すると、次の交差点角に『明日香』というやきそば店が見えたので、取り敢えず車を止めて入ってみた。奥に通されると、目に入ったのは、ずらりと並んだ鉄板。

    「ありゃ、ここ、、自分で焼くんだ…」

    初めての富士宮やきそばなのに、自分で調理してその特徴的な味が出せるのか?!
    一気に後悔の念が膨らんだが、今更出るわけにもいかないので、テーブルに置いてある“作り方マニュアル”を何度も読み返し、パーフェクトな富士宮やきそばを作れるよう準備した。

    鉄板は十二分に熱せられた。ラードの固まりが見る見るうちに溶けて広がっていく。
    私は肉やきそばを注文したので、先ずはトンバラを炒めた。空かさず“肉かす”とキャベツをのせ、その次は特製麺を入れる。ダシ水をさしたら、コショウ、塩で軽く味を付け、最後に特製ソースを手早く絡ませて皿に盛る。ダシ水は余り入れすぎると、麺のコシが無くなってしまうとのことなので要注意。好みで青のりと魚の削り粉をふりかけて出来上がりだ。

    「なるほど、これは美味いかも」

    第一印象は“麺の存在感”。もちもち感が好印象で、ソースとの絡みも上々である。特徴のひとつである魚の削り粉は、風味を増す作用があり、私的には二重丸。
    次回は“作ってくれる店”で、ぜひ本流を確認したいものだ。


    2010年2月10日(水)

    Photoshopを手に入れると、リファレンスブックとモニターの睨めっこが毎日続いた。
    やはり様々な機能が満載されているPhotoshopは、知れば知るほどJtrimとは別次元のソフトである。データの取り込みから印刷までが実にしっかりとフォローされていて、これこそがプロ御用達のポイントになっているのだろうと唸ってしまう。但、今でも感じることだが、こと画像データのレタッチだけなら完全なオーバークオリティーと言えそうだ。むしろデジカメユーザーだけを対象とするならば、Lightroomのような特化型ソフトがベストかもしれない。まあ、私の場合は既にPhotoshopのインターフェイスに慣れてしまっているので、今更これ以外のソフトを使う気持ちはさらさらない。

    Photoshopによる画像加工は没頭するだけの面白さに溢れていた。
    “好きこそものの上手なれ”は、確実にスキルを身につけていき、妙味のポイントは「選択範囲」にあることも分かってきた。レベル補正とトーンカーブの使い分け、大判印刷に対する補間のやり方等々、分かれば分かるほどPhotoshopの素晴らしさに心酔していくのである。
    ところがこの頃になると、FMVにややパワー不足を感じるようになり、それまでに得たPCの知識から、CPUやメモリに手を入れることで、その辺の問題を解決できるのではと考え始める。
    FMVのスペックは現在では考えられないほど低いもの。CPUはCeleronの300MHz、メモリーは64MHzと、何とも心細い。但、逆に考えれば、そんな内容でさくさく動くWindows98は、案外理想的なコンシューマー向けOSだったのかもしれない。
    当時は<チューンナップ=CPU>ってな傾向があった。よってメモリー増設は後回しにし、先ずはCPUアクセラレーターを載せることにした。この辺の一連は、PCに滅法詳しいOさんの手ほどきで進めていったが、取付作業はいたって簡単であり、その効果は確実な性能アップを体感できるものだった。
    これで画像加工生活に快適さが加味され、ますますと嵌っていくのであった。
    FMVのカスタム最終形は、I・O DATA製CPUアクセラレーターCeleron533MHz、メモリは最大量の256MHz、そして保存用にと内蔵型のMOを装備した。


    2010年2月6日(土)

    鼻炎のあんばいがよろしくない。鼻腔内の傷が中々治らず、鼻をかむ時は意識して優しく慎重に行っているのだが、くしゃみの連発後などは反射的に「ぢぃぃぃぃぃん!!!」と派手にやってしまい、しまったと気付いた時にはティッシュが真っ赤に染まる。せっかくかさぶたができつつあったのに、また最初から出直しだ。何とも情けない話だが、今年はこんな繰り返しの連続である。

    PCとは全くの無縁であった私の弟に、お古のEndeavor・MT7300をプレゼントした。そのまま渡すのでは色々と支障もあるので、先ずは消耗品であるHDDを交換し、OSもWindows2000からXPへとバージョンアップした。オリジナルのHDDはサムスン製の40GBだったが、容量を変えずこれを手持ちの日立製に交換してみた。ここで面白いことに気付く。サムスンと較べると日立製はやたらとアクセス音が喧しいのだ。日立製品の高いクオリティーと耐久性は重々承知だが、この点だけはちょっとがっかりしてしまった。“弱電なら日本”は既に昔話になったのかもしれない。

    新品にほど近いHDDにOS新規インストールはさすがに気持ちの良い動きを示す。とても2003年製造の廉価版とは思えない動きだ。
    私にとって思い出深き初のマイPCは富士通FMVのDESKPOWER-M830Lである。購入直後は何に使おうかと色々試行錯誤を繰り返したが、ひょんなことから画像加工の妙味に嵌り、手始めにとフリーソフトであるJtrimを駆使して、web上にある人物画像をダウンロードしてはそれを加工して遊んでいた。こんな楽しみが進んでいくと、誰でも遅かれ早かれAdobe社のPhotoshopの存在に気が付く。そして使い切れないと分かってはいても、そのプロレベルな性能を手に入れたくなるのだ。

    Officeソフトは会社で朝から晩まで使うので、自然と操作方法が身に付き、1年余りで人並み以上に使いこなせるようになったが、一方、お遊びの画像加工はJtrimの性能に限界を感じると共に、グラフィック関係の雑誌を読んでいると、殆どのクリエーターが使っているPhotoshopの存在がどうにもこうにも気になって、このまま悶々としていても先には進まないと、遂にPhotoshop5.5の入手を決心するのだ。


    2010年2月1日(月)

    毎日毎日抜けるような晴天が続くのに、なんで肝心な28日だけ雨になるのだろう。Mさんと共に楽しみにしていた爪木崎水仙撮影行は、非常に残念であったが中止にした。翌29日も休みを取っていたが、出鼻を挫かれた感が強く、ここはすぱっと気持ちを切り替えて、溜まりに溜まった野暮用を二日間掛けて片付けることにしたのである。
    腰の調子も今ひとつであり、春休みに入った娘と買い物に出かけられる楽しさもあり、これはこれで良しとした。
    ということで昼飯は娘と小平に開店した『亀田製麺』へいってみた。

    一日一度は麺類を♪
    麺好きの私にとって、讃岐うどんは堪らないアイテムのひとつである。蕎麦、ラーメン、スパゲティー、焼きそばと、麺類はどれを取っても主張があり、食する楽しみに満ち溢れている。その中でも讃岐の麺はつるんとした表面なのに、なぜか上手にダシと絡む特徴があり、それが丸亀の“ダシ醤油”とくれば何杯でもいける気がしてくる。
    ベースとなる麺とダシが美味いと、揚げかす、ネギ、生姜、ゴマ等々、何をトッピングしても相性はバッチリと決まり、またひと味違った讃岐を楽しむことができるのだ。

    日本の良心を満喫した後でも、やはり〆には甘いものが欲しくなる。

    「パパ、ケーキか何か甘いもの食べたいなぁ〜」

    分かってるって。パパも同じことを考えていたんだよ。

    「なあ、レッドロブスターって、甘いものあったよな?」
    「たしかあるはず」

    レッドロブスターは大好きなレストランである。メニューのセンスはそこらにあるファミレスとは比較にならないレベルであり、アメリカンスタイルというidentityをしっかりと保持しながら、独自の路線を歩み続けているところが何とも好ましい。しかもこれはとても重要なことであり、ユーザーの選択眼がシビアになった昨今では、商品やサービスの特徴をしっかりと保持し、更にそれを効率よくアピールする手法を備えていなければ競争には勝てないのだ。
    言ってしまおう!

    「がんばれ、デニーズ!」

    注文したアップルコブラは、アップルパイアラモードのデラックス版と言える一品。
    ホットなアップルパイの上に冷たいアイスクリームは最高なcollaborationである。
    味に拘るレストランは、当然デザートにも気を配るのだ。


    2010年1月25日(月)

    女房と二人で義母のお見舞いに行ってきた。心筋梗塞で一時は危ないところだったが、対処が迅速で適切だった為大事には至らなかったのだ。本当に良かった。不幸中の幸いとは正に今回のことだろう。
    午後1時に病院を出ると、そのまま沼津港へ向かう。病状が軽くて女房も安心したのだろう、急にお腹が空いたと言い出したのだ。

    土日の喧騒はどこへやら。ウィークデーの漁港食堂街はなんとものどかなムードに包まれていた。メインストリートを歩く人もまばらで、これがあの人気スポット・沼津漁港食堂街か?と思うほどである。
    以前から女房は『魚河岸割烹・さかなや千本一』がお気に入りなので、車を降りると迷わず千本一ビルのエレベーターへと向かった。

    ここも例外に漏れず平日はランチメニューが用意されていた。本日の日替わりを訊くと“葱鮪の串揚げ”とのこと。こいつは珍しい品なので迷わず注文する。女房はお決まりの“沼津丼”である。新鮮な鯵のたたき、生しらす、生桜エビの3種が隙間なくトッピングされる名物メニューなのだ。
    沼津丼から遅れること5分。お待ちかねの“日替わり”が目の前に置かれた。
    串揚げが2本、その他には、刺身、漬け物が付いている。

    「ご飯とお味噌汁はおかわりができますのでお申し付け下さい」

    なるほど。これはお値打ち感ありだ。
    周りを見回すと若いサラリーマンが多く目に付いた。これは頷ける。
    そして肝心な味もランチとしては上々なものだった。メインの串揚げはあくまでもJuicyで、刺身の鮮度は言うまでもない。
    思わずご飯のおかわりを頼んでしまった。

    義母の容態が良かったからこそ楽しめた一日であった。


    2010年1月21日(木)

    雨さえ降らなければ今月の28日は下田・爪木崎へ“冬の花・水仙”を撮りに行く。早いもので、D2Hの初撮影行からちょうど1年が経過したことになる。
    この1年間は何かに付けてD2Hの試行錯誤を繰り返してきたが、愛機D1の全てをブラッシュアップしたかのような素晴らしい使い勝手は、撮影の楽しさを十二分に堪能させてくれた。ボディー性能の高さは言うまでもなく、それより驚いたのはLBキャストの好ましい色再現で、色味までもD1のそれを継承しているところが非常にGooであり、安心して今までの撮影フローに沿うことができる。D1ファンとしてはこの上なく嬉しいポイントではないだろうか。

    話はいきなりサプリメントへ。
    ネイチャーメイドのDHAが残り僅かとなった為、これをきっかけに次はAsahiを試してみようとTomod'sへ出向くと、なんとそれだけが品切れとなっていた。欲しいと思ったものが手に入らないのはなんとも落ち着かないので、そのまま自転車を飛ばしマツキヨへ行ってみた。
    陳列棚にはバッチリと並んでいる。よしOK!と思ったと同時に視線は値札に止まった。

    「ほぉー、Tomod'sより100円も安いんだ」

    一瓶1,500円ほどの商品が100円もの価格差があるとお買い得感はありありである。レジで精算の際に迷わずマツキヨ現金メンバーズの申し込みをした。価格com.等を良く覧る割には、こんなところが抜けていたようだ。
    そう、DHAの効果に関しては未だ検証中である。やや鼻が楽になってきたような感じもするが、根治には程遠い状況だ。


    2010年1月16日(土)

    昼食に大黒屋の“日替わり”を食べた。これは実に7年ぶりである。
    三鷹本店時代には最低週3回は通っていただけに、変らない味と、オーナーご夫婦の気さくな対応にちょっぴり感激してしまったのだ。
    この店はランチタイムとかに拘わらず、営業中は随時日替わり定食を提供していて、若い人から年配者まで、幅広い人気を得ている。しかも、巷で見るこの手の定食は、殆どがメイン料理+半ラーメンが普通だが、ここのラーメンはフルサイズなのが特徴。これは大きなポイントだ。因みにこの日はメインが生姜焼きで、これに、ご飯、ラーメン、お新香がセットになって750円也。ズバリお値打ち感あり!である。但このボリューム、若い人にとっては嬉しいに違いないが、反面年輩者にはややHeavy。ところが周りを見回すと、7割以上が40歳を超えるサラリーマンと思しき人達ばかりで、殆どと言って彼等の目の前には“日替わり”が並んでいたのだ。しかし注意して観察を進めると、なるほど、謎が解ける。
    答えは“ラーメンのどんぶりが小さい”。これは半ラーメンと称するもので、量が程良く値段も50円引きとなるのである。
    自分としても久々に食したフルサイズは、やはり少々きつかった。悲しいかなこれも時の流れだろう。
    来週にでも、また行ってみるか。


    2010年1月8日(金)

    元旦は浅草寺で初詣。これが我が家のやり方である。
    なぜ近所でもない浅草くんだりまで出掛けるかというと、やはり年頭は下町の活気から始めたい気持ちがあるからだろう。広い境内には露店がたくさん出て、色々な食べ物をチョイスできるところが楽しみであるし、何より仲見世から望む本堂の威容は、恰も?力に溢れ、確実な御利益があるかのような気持ちにさせてくれるのだ。
    そうそう、驚いたことがあった。
    参道を進み宝蔵門の近くまで来ると、その向こう側に本堂が見えるのだが、今回はなんと本堂の全面を全て遮蔽するドデカイ龍の画が掲げてあったのだ。後にwebで詳しく調べると、本堂の屋根瓦をすべて葺き替え、更に外壁塗装等を含めた“大営繕”とやらに着手しているとのこと。龍の画は川端龍子画伯の「龍之図」 をモデルとし、あの著名な山本寛斎がプロデュースしたものらしい。まあ、余り今風にはならないようにと願うが、工期は今年いっぱい掛かるらしく、となれば来年の初詣がリニューアル後の初対面となるわけだ。
    浅草寺は人気の初詣スポットなので相変わらず参拝者は多いが、警察官による「誘導」「規制」が年々巧になり、安心してスムーズなお参りができるところが嬉しい。
    今年はたくさん祈願をした。だから先ずは仕事が上向きになって欲しいものだ。


    2010年1月4日(月)

    年末恒例の撮影大会が無事終了した。
    初日は極寒の富士・精進湖で震え上がり、翌日は超強風下の松崎で潮まみれになるという、少々手厳しい撮影環境ではあったが、4人のカメラマンは1年間の締め括りとばかりに、終始真剣な眼差しでシャッターを切り続けた。

    同好の士4人での一泊旅行は理屈抜きに楽しいもの。運転中の車内や食事中、とにかく次から次へと雑多な話題が飛び回る。写真のこと、仕事のこと、バイクのこと、そして昔の楽しい想い出等々それはそれは賑やかだ。現実を忘れ暫し趣味の世界に遊ぶことは、ストレス世界に生きる現代人にとって最早必須であることに間違いない。こんな楽しみあってこそ本業に打ち込めるというものだ。

    12月30日(木)6:30。いつものようにTさんが迎えに来てくれる。その後三鷹通りのトヨタの前でOさんを拾い、一路富士山を目指した。
    今回、初日の撮影ポイントに精進湖を選んでみた。湖畔から富士山を狙うとなると、その位置関係から午前中は逆光になってしまうが、反面強い朝日が溶岩台地を面白い被写体へと変化させる。これは隣の本栖湖にも言えることで、光と溶岩と湖面が作り成す景観が何とも意外性に富み興味が尽きない。
    但、この様な環境下ではコントラストが極端に強いことが多く、露出決定には手間が掛かる。まあ、デジタルカメラは試し撮りができるので、手間は掛かってもそれほど難しいことではない。しかし寒風吹き荒む溶岩台地での作業は手の感覚がなくなるほどで、シンドイことこの上ない。一応指先カットタイプの手袋を装着していたからまだ良いものの、素手では5分も集中できないだろう。絞り優先、中央部重点測光で撮影を進めて行った。
    昼に食した“味噌煮込みうどん定食”が冷えた体を温めた。こいつはありがたい一杯だった。

    14:00。東海道新幹線・三島駅でMさんをピックアップ。これでメンバー4人全員が揃った。
    当初の計画では、この後チェックインする前に城ヶ崎海岸に立ち寄り一発やることになっていたが、予期せぬ交通渋滞に遭遇しタイムスケジュールが狂ってしまう。しかしこのまま直行するのも芸がないと、急遽旅館の近くにある“滑沢渓谷”で遊んでみることにした。
    清流が一枚岩を洗う自然美あふれるこの渓谷へは何度か足を運びトライしたが、いつも例外に漏れず、天候悪化やタイミングを逃すなど、まともにレンズを向けたことが一度もなかった。今回も季節柄、既に景観は冬枯れの状況であろうから、それほど大きな期待はしていなかったが、到着して辺りを見回すと、その冬枯れが逆に良い味を出していたのに驚いた。写真撮影の鉄則。『先ずは行ってみる』とはこのことだ。

    「ここ、意外といいよね〜」
    「それじゃ明日の朝一、ここでやるか!」

    冬の夕暮れは早い。撮影開始と同時に皆散在しファインダーを覗き始めた。

    旅館には17:00に到着。もちろん二次会用のアルコールと肴を両手に持参してだ。
    今宵の宿は『天城湯ヶ島温泉・木太刀荘』。数年前までは国民宿舎として運営していたものだが、その後民間の手に委ねられた経緯を持つ。外観こそは昔そのままであるが、内部はきれいにリニューアルされており、サービス、食事、温泉等々、非常にお値打ち感ありの“おすすめ宿”となっていた。
    温泉に浸かる前に、取り敢えずの乾杯をした。

    「おつかれさ〜〜ん」

    皆の飲みっぷりを見ていると、取り敢えずどころか既に本番に入った様子。このあたりから話題もばんばんと飛び出してきた。あっという間に時間が経ち、夕食の前にはと、慌てて温泉に飛び込んだ。
    冷え切った体に温泉は正にUtopia。目を閉じてお湯の温かさをしっかりと味わう。川沿いには半露天の洞窟風呂があり、湯気を一灯のスポットが雰囲気良く演出する。
    夕食のメインは当地名物の猪鍋で、これがまた更に体を芯から温めてくれ、食べ始めて数分もすると、一気に汗が噴き出てきた。

    「ハマチ食べます? 俺、脂がのった魚ダメなんですよ」とTさん。
    そして刺身そのものを食べないOさん。
    好みはそれぞれだが、もったいない、、

    大満腹にはなったが、盛り上がった我々は、その続きを部屋で始めたのである。
    しかしいつも感じることだが、食事が済んで部屋に戻ったとき、そこに寝具が敷いてあると、何故これほど気分が一瞬にして寛ぎモードに入ってしまうのか?!
    うわ〜〜っと言いながら、布団の上を転げ回りたくなるのは私だけだろうか。
    Tさんの滑らかな舌回りで夜は更けていった。

    バイキングの朝食をたらふく食すと、予定通りに滑沢渓谷へと向かう。
    到着すると清流や数少ない緑が陽光を浴び、昨日とはまた違う美しさを見せていた。地面を覆う茶色の落ち葉、倒木や岩に生す苔の緑、そして画の中心には岩の肌色と白く泡立つ小滝。ファインダーの中はどんどんとImaginationが膨れあがる。これは丁寧に切り取らねば罰が当たると、再度ふんどしを締め直す。
    私は心躍る被写体に巡り会うと、いつも以上に基本を遵守する。先ずは三脚の確実な固定をチェック。ぶれたら元も子もなくなるからだ。次に水平を取りアングルを決める。絞りをF11に固定しフォーカスエリアを決め試し撮り。モニターで画像を確認後、露出補正を行ない本撮りへと進む。デジタル一眼レフの強みを利用した風景撮影のフローである。
    滑沢渓谷での撮影はタイムスケジュールの関係上1時間しか取れず、更に撮影ポイントを探して歩き回りたかったが、やむなく出発することにした。集中していると時間は瞬く間に経ってしまう。

    松崎には12:00過ぎに到着。Tさんが是非行きたいと言っていたお馴染みの『民芸茶房』で昼食にする。ここでは躊躇わず“干物定食”を注文。案の定、小鯵、エボダイ、小鯵の味醂干しと定番の3品が乗っており、その香ばしさとジューシーさは何度食しても飽きさせない。今回はピリ辛がクセになる特製塩辛を土産に一瓶買った。因みにこの商品、何故か店の土産物売り場には置いていない。それを欲しいと名指しできた客にしか売らないそうだ。もったいのない話しだが、なるほど、出された瓶詰めにはラベルも何も貼っていなかった。

    松崎では吹き飛ばされそうになるほどの強風に阻まれ、撮影エリアを限定されてしまう。
    いつもののんびりした風情などは微塵にも感ずることがなく、とにかく風が直接当たらない町中へと動くしかなかった。それだけに撮りたいものへ近づけないストレスが鬱積していき、私としてはやや消化試合になってしまった感が残った。
    そしてこの強風は一向に弱まることがなく、午後に予定していた西海岸の撮影も中止とし、残念ではあったがいち早く帰路につくことにした。

    あっという間の二日間。好きな写真を思う存分楽しめたことはもちろんだが、何と言ってもその楽しさを仲間と共有できたことが最大の収穫だった。