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2010年8月15日(日)
2010年夏の一人旅は、初となる東北を選んでみた。
いつかは訪れたいと、以前から幾度も計画だけは練ってきたのだが、東北は余りに広く、全く土地勘のない自分に撮影エリアを絞ることは容易でなかった。二の足を踏んだ要因は正にこのポイントである。
会津、仙台、角館、陸中、そして奥入瀬、白神山地、竜飛岬等々、頭に浮かんでくる東北地方の地名は多々あるが、それが繋がらずにまとまらない。更には車で行く際の距離と時間が読み辛いことも加味された。よって今回の東北行は余り難しいことを考えずに、先ずは本州の先端から見て回ろうと、ストレートに青森県を選択した。
当初の計画はこうである。
初日は早朝に出発して、とにかく津軽まで行く。十三湖、竜飛崎などを回って五所川原に宿を取る。二日目はそこから下北半島一周並びに恐山の撮影を行い、青森市内に宿を取る。そして最終日は東京へ一気帰りとする。
4〜5日前より週間天気予報をチェックしながら、いつものようにビジネスホテルの予約を取りに掛かった。一応三日間全てが曇り時々晴れと出ている。これに安心して一旦は宿も押さえたのだが、何とその翌日、いつものようにPCを開きウェザーニュースを確認すると、前線の影響で11日から青森県全域で天候が下り気味となる予報に変っていたのだ。写真は色々な状況下でそれなりの画が撮れるが、なにしろ初めての東北である。取りあえずスカッと行きたいのが人情だ。即ホテルの予約をキャンセルすると、新たなスケジュールを立て直した。
東北全域の天候を見ると、11日以降は南へ行くほど安全度が高いことが分かった。初日の10日は問題が無さそうなので、当初の計画通り津軽半島を時計回りに進み、その日の宿は青森市内に取ることにした。翌日は雨を避けて南下。八甲田山〜奥入瀬渓谷〜十和田湖〜八幡平と進み、二日目の宿は盛岡に決定。最終日は天候次第だが、角館辺りへ寄って、東北自動車道で一気に戻るというものである。
8月10日(火)。自宅を4:00に出発すると、外環から東北自動車道と順調に進んで行けた。帰省ピークの隙間を狙ったので、案の定、交通量は平日並。実に快適なドライブがスタートしたのである。
但、殆ど高速道路を使うとしても、一日で700kmオーバーをやるのは初の出来事。どんな苦痛が待っているのやら、少々心配でもあった。
どこまで行っても東北自動車道はスムーズに流れた。走行車線オンリーでも、ほぼ90〜110kmの巡航はキープでき、ストレスは全く感じられない。
しかしその反面走りは単調であり、幾度となく睡魔が襲ってくる。“加山雄三”を熱唱して何とかそれを撃退しようとしたが、ほぼ直線ばかりであるこの道は睡魔にとって好都合。ドライバーの皆さん、要注意である。
5:40宇都宮を通過。その後大凡1時間走って『鏡石PA』で初めての休憩を入れた。
トイレを済ませ、四肢を伸ばすと気持ちが良かった。トイレもそうだが、車での連続走行は2〜3時間がいいところ。体も疲れて固くなるし、気分をリラックスさせる為にもこの位のサイクルでの休憩が必須である。デニーズ時代では東京〜神戸間を何度も車で走ったが、トータル6時間半掛かる道程で大概2回の休憩を取っていた。
9:15『前沢PA』で二度目の休憩を取る。ここまでの走行距離は470km。よく走ったもんだ。小腹も空いたのでラーメンを食して暫しまったりする。体は確実に疲労しているようだ。車から降りて歩き出すと、頭がぼーっとしているのが分かった。長目の休憩時間を取り、疲労回復を待つことにした。
ここからは気合いを入れ直して終点の『浪岡IC』まで一気走りである。距離にして230km。頑張りどころだ。
そう、高速道路走行中、フューエルゲージがちょうど真ん中を示した時、距離計を見ると445kmを指していた。今回もBMWの燃費は頗るいい!
安代JCTを過ぎると交通量が急に低下した。しかしこんな時はオービスや覆面に十分注意しなければならない。どこにどんな仕掛けがあるのか皆目見当の付かないエリアでは、“リミット+時速10km以内”を厳守だ。
山間を過ぎ、広大な稲作地帯に圧倒されていると、まもなくして“浪岡IC”の表示板が見えてくる。ここで高速道路を下り直進すると“浪岡五所川原道路”の入口があるの。十三湖、竜飛へと繋がるR339へ最短距離で行ける便利なルートである。
――― おっ、フューエルのワーニングが点灯したぞ、、
距離計に目をやると705km。よくもまあ走ったものだ。結局そこから20km走ったところで最初の給油を行った。計算すると燃費は“12km以上/1L”となる。高速走行がメインだとしても、やはりBMW320iが高燃費であることに間違いはない。
R339を淡々と走っていくと、まもなく十三湖へ到着。車から降りて眺めてみると、景色もへったくれもない単なる湖だったが、ここまで来たんだという感慨だけで美しく見えてくるから不思議である。振り向くと道路の反対側に奈良屋と称して二軒の食堂が出ていた。ひとつが『しじみ亭』、もうひとつが『はくちょう亭』とある。ちょうど昼時とあってどちらも混雑していたが、多少腹も空いてきたのでウェイティングしていない『はくちょう亭』の方へ入ることにした。
十三湖と言えば『シジミ』である。ここまで来たなら賞味するしかない。午前中もラーメンを食したが、迷わずシジミラーメンを注文した。セルフサービスだが、この食堂では料理を注文するとトマトが食べ放題となっていて、既に2〜3人がトマトを盛った皿の前に並んでいた。驚いたことに津軽も激暑真っ直中で、冷たいトマトにはついつい手が出てしまう。口にするとこいつがイケる。濃い味で甘みがある。東京ではなかなかお目にかかれない貴重品だ。図に乗って6欠片ほどちょうだいした。
5〜6分も待つとシジミラーメンが運ばれてきた。早速いただくと、スープ、麺共々非常に上品な味わいに仕上がっており、肝心なシジミの味もしっかりと出ている。これは納得できる一品。
青森の味第一弾は○である。
昼食の後は海岸線をひた走り、竜飛へ向かった。
この日は快晴に恵まれており、竜飛から遠望する“北の大地”が大いに期待された。風も殆ど無く、恐らくこの地方としては珍しい気象状況なのだろう。
急なアップダウンを繰り返しながら岬へと車を進めた。
車を降りると灯台は目と鼻の先にあった。津軽海峡の上に浮かぶ薄く靄の張った“北海道”を確認した時、まじめに胸に来るものを覚えてしまった。これほどくっきり見えるとは、、、感動である。
今宵の宿『セントラルホテル青森』に到着したのは18:30を回っていた。
いつものようにチェックインを済ますと、すぐに折りたたみ自転車NOMADを組み立てた。これでDiscovery青森へ出掛けられる。この様な旅行では折りたたみ自転車が本当に役に立つ。先々回に訪れた郡上八幡ほどの町ならば、殆どのチェックポイントを1時間ほどで見て回れる機動力を発揮するのだ。徒歩のみの撮影行ではシャッター機会ロスが大きくなり、徒労と化すことが多くなって精神的にも良くない。今やNOMADは知らない町を探索する際の必需品となっている。
青森港はムード満点であった。実際に青函連絡船として就役していた八甲田丸を当時の姿そのままに碇泊させ、夜はライトアップして甲板の一部をビアホールに改装し営業しているところなどは、それに大いに寄与していると思う。時間が遅く船内見学ができなかったのが心残りだ。
飲み屋を探してあちこち走り回った。そこで分かったことは、意外に“地のもの”を売りにしている店が少ないということ。チェーン店らしき居酒屋もあったが、ローカル色が強くて入るには微妙な抵抗感を覚えた。まあ、しょうがないのでホテルのフロントマンに教えてもらった『味菜や・きはら』という店へ行くことにした。
場所はホテルの目と鼻の先で、居酒屋というより小料理屋のイメージに近いこぢんまりとした店である。42歳のご主人が孤軍奮闘していて、端から見ると大変そうであったが、普段は奥さんと二人で営んでいるとのこと。品書きは全体的にやや高いと感じたが、肝心な味は抜群であった。基本である生ビールがエビスというのも嬉しかったし、温度管理だってバッチリなのだ。
刺身の新鮮さはもはや感涙ものであった。どれも身が締まってプリプリだが、特にタコがうまくて思わず舌鼓を打ってしまう。今でもあの弾力と甘みが忘れられない。そしてこの店は創作料理にも力を入れているようで、串ものとして注文した『奥入瀬ガーリック豚香草焼』が驚きの食感で、丁寧な調理を感じさせるしっかりとした一品に仕上がっていた。
おかげでいい酔い加減を味合わせてもらえたなぁ。青森の味第二弾は文句なく◎!
翌朝目が覚めると天気のことが気になり始め、重い体を無理矢理起こして窓のカーテンを一気に開けた。幸い雨は降っていなかったが、どんよりとした鉛色の雲がたれ込んでいる。これはいつ降り出してもおかしくはない状況だ。気分は少々重くなったが、とにかく予定通りのコースを辿ることにした。考えてみても埒はあかない。
旧盆ではあるが、朝の青森市内は通勤ラッシュが見られ、ずいぶんと交通量が増えていた。八甲田へ向かうR103へ入るにも4号線が渋滞していてすんなりとは行かない。但、山間へ差し掛かる頃には前後に車が1台ずつだけになり、気持ちのいいドライブが楽しめた。しかも朝の暗雲はどこへやら!何と少しずつだが青空も見え始めてきたのである。こいつは幸先がいい。
この日は奥入瀬渓谷の撮影が終わるまで薄曇り以上には悪化しなかった。突然の台風進路変更で天候はもっと不安定になると思っていたので、これは助かった。
さて、その奥入瀬渓谷だが、正直なところ、想像を遙かに超える素晴らしさにびっくりしてしまったのだ。
人気景勝地のせいだろう、確かに観光客は多かった。川沿いには上流から下流に至るまで歩きやすい遊歩道が整備されているのだが、どこも人が切れることはなく、特に景勝ポイント周辺は路上駐車をしようとする車が溢れかえり、問題ありと懸念する。これがお盆のピークや秋の紅葉シーズンだったらさぞかし酷いことになるのだろう。こんな状況だったので、撮りたいポイントがあっても簡易駐車スペースが空いていない時は諦めて前へ進むしかなかった。その代わり運良く駐車できればじっくりと撮影時間を取った。但、遊歩道は狭く、そう簡単には三脚を設置できない。遊歩道には自然保護の為にロープを張っている区間があり、もちろんその外へは出られない。そんなところでは、人が切れると、“サッと設置してサッと撮る!”を繰り返した。ロープがない区間は比較的道幅も広く、そこは堂々と三脚を広げられるので、じっくりとアングルを決められた。
奥入瀬が他と違うところは、変化の大きい巧みな自然の造形美を堪能できること。全長は大凡13kmあると言うが、どこをチェックしても同じようなところのない個性的な地形が連続する。倒木の係わり、岩の数と大きさ、そして配置、苔の付き方、流れの強さ速さ、川幅、そして何カ所もある立派な滝等々、見る者を飽きさせない。この素晴らしさを知っていれば、ここで半日費やしただろう。
照葉峡を“関東の奥入瀬”と言うようだが、これはかなりな語弊があり、比較すること自体が無意味なことのように思う。規模のことよりも、とにかく地形や川の様相がまるで異なっていて、それは恰も250ccのオフロードバイクと、リッターバイクを較べるようなものなのだ。
十和田湖を右手に見ながら淡々とR103を走る。その後山間の道を徐々に下っていくと、暫くして平野が見えてくる。鹿角の町だ。時計を見ると12:30を回っていた。腹が減ってきたわけだ。
ちょうど左手のロードサイドに『能登』という定食屋を発見、駐車場へ車を入れた。店内へ入ると昼時なのに客は自分一人のようだ。ちょっと不安があったが、ランチメニューから『イカの生姜焼き定食』なるものを選んでみた。元々イカは大好物なのだが、考えてみるとこの東北行ではまだ一度も食していない。
10分少々できれいに焼き上がったイカが目の前に置かれた。いい香りである。嬉しいことに御飯が多い。
早速いただくと、これがなかなか。イカの身はあくまでも柔らかく、生姜醤油の味付けは自分好み。小鉢のキュウリと長芋の和え物も夏らしい味わいだ。秋田の味第一弾はズバリ○。
食事の後、地図と睨めっこをしていると女将さんが話しかけてきた。話し好きそうな彼女は、こんなに暑い夏は初めてだとか、実家は富山で良いところだとか、はたまた遠方から友人が来た時には必ず八幡平へ連れて行くだとか、なかなか止まらない。しかし道を聞いたりすると、本当に親切に教えてくれて心底ありがたかった。旅の小さな出会いは心が弾む。
長らく走ったR103を左折、今度はR282を15kmほど行き、次は八幡平を目指してR341へ入る。この頃からずっと薄曇りだった空に変化が起き始めた。見る見るうちに黒雲が広がったのだ。
――― きた。
土砂降りである。周囲はまるで夜のように暗くなった。これからアスピーテラインに入るというのに、何と言うことだ…。
ワイパーをHiにしてもあまり前が見えない。急速に道が川になっていく。ちょっとヤバそうだ。しかしここまで来たら後には引けない。本当に危険性を感じたら戻ればいいことだ。
アスピーテラインの入り口に着ても降りは一向におさまらない。しかし、、、
――― 行っちゃえ!!!
ウィンカーを左に出すと、アクセルを踏み込み、急坂を登り始めた。
ところがである。
何とアスピーテラインへ入って2〜300mも進むと、いきなり雨が止んだのだ。これはラッキーとしか言いようがない。きっといい景観が待っているんだ!
気持ちが急に前向きになり、頂上へ向かって更に期待は膨らんでいった。
八幡平ビジターセンターの目の前にある池が『大沼』。ちょうどいい具合にガスが張っていて実に幻想的な雰囲気を放っている。池の周囲には遊歩道が整備されており、ここも事前に知っていればもっと時間を費やしたかったところである。初めての地では“致し方のない部分”が多々発生する。
ところで、遊歩道の入口まで着た時、そこにあった看板の内容に目が釘付けとなった。熊についての注意書きである。
●“寝たふり”は全く効果がない為やめてください。
●音の出るものを身につけましょう。
●熊に出会したら目をそらさずゆっくりとその場を立ち去りましょう。
●走って逃げると追いかけてきます。
怖い怖い、大自然恐るべし。
これを読むと遊歩道の奥の奥まで行きたい気持ちがやや萎えてしまう。
八幡平駐車場からの眺めはガスに遮られた。かなり残念であったが、あの大雨が止んだだけでも幸せと思わなければ罰が当たる。今回、要所要所は確実に堪能しているのだ。
さあ、後は盛岡へ向かうだけである。再度地図をチェックし、特に市内に入ってからホテルまでへの道順に目を通す。地図で察するところ、盛岡は青森より大きく、町も栄えているようであり、ホテルの場所も駅からほど近い繁華街の入口に位置している。
アスピーテラインが終わると再びR282にぶつかる。案内板に従いそのまま進めば4号線へ合流。これに乗れば自動的に盛岡へ行ける。
おかげさんで今宵の宿『ホテルパールシティー盛岡』はすぐに見つかった。4号線から北上川沿いの道へ入り、駅前に来たら左折、橋を渡ると左側にあった。駐車場が少々離れているのが難ではあるが、小振りでも部屋はきれいだし、スタッフの対応も上々だ。
部屋で一服の後、早速飲み屋探しへ繰り出した。歩いていける範囲に飲食店が密集していることと、微妙に小雨が降り続いていたので、ここではNOMADの出番は無しである。
盛岡は青森と違って全国チェーンの店が多くある。白木屋、養老乃瀧、笑笑、庄や、わん、土間土間とまるで東京のようだ。ここまで来てそんなところは避けたいから、のんびりと観光気分で歩き回った。
まもなくすると大きな赤い提灯が目に付いた。『居酒屋 大石』とある。ちょうど客が出たところだったので、店内がのぞけた。するとカウンターがあったので、つられるように入ってみた。
壁には所狭しと品書きが張ってあり、すぐにリーズナブルだと分った。取りあえず生ビールをたのんだ後、もつ煮込みと鰹の刺身を注文した。ちょうど煮込みの鍋が自分の座った席の真ん前にあり、蓋を開け椀に盛ると、「はいどうぞ」と置かれた。
――― うん、いける。
特別な味付けはないし個性もないが、これは王道をいく味わいでとても好感が持てる。鰹も新鮮で食が進んだ。ビールの後は地酒を注文し、ほろ酔い気分に。しばらくすると、なぜか急にラーメンが食べたくなり、ここでお愛想とした。「2,200円です」。
――― やすい!!!
居酒屋はこうでなくっちゃいけない。岩手の味第一弾は、もつ煮込みが○。
そのラーメン屋はホテルに通じるアーケード内にあった。東京は高田馬場にも支店がある、東北系ラーメンチェーンの『末廣ラーメン本舗』である。店内は油と調味料のむせるような匂いで充満しており、自分的には全く問題の無い範囲ではあるが、淡泊嗜好派にはちょっぴり抵抗があるかもしれない。しかし肝心のラーメンはずばり好みであり、“たっぷりネギの濃い醤油味肉ソバ”は、是非一度ラーメンライスとしていただきたいと思った。
10階の部屋からは、裏手ではあるが市内が広く見渡せた。ショボイが住宅街の夜景である。しかしこれが何とも心に柔らかく、ワンカップをちびちびやりながら何気に眺めていると、盛岡の夜が気持ちよく更けていくのを感じたのである。
夏の一人旅ならではの感慨かな…。
台風4号は東北を直撃するようだ。まだまだ訪れたいところはあったが、ここは東京までの距離も考慮し、無理せず直帰を選んだ。
今回、初の東北撮影行は十二分に堪能できたし、次回へのきっかけも掴めたように思う。
年最大の楽しみ事として、これからも“夏の一人旅”だけは続けていきたい。
2010年8月4日(水)
ちょっとヘビーな一日を楽しんだ。
せっかくの連休初日だったが、前の晩に友人の経営する店でしこたま飲んでしまったので、翌朝の山行はあっさりと諦めて、午前中はベッドの中で過ごそうと決め込んだ。ところがである。10時過ぎに目を覚ますと体がムズムズっと負荷を求めてきたのだ。体調が良い時はそれに応えるのが基本である。起床し遅い朝食を取ると、市営プールへ出掛けた。
スイムは理想的な全身運動であり、自転車や山歩きでは使わない筋肉を使うことができる。そして心肺機能を鍛えるにはもってこいの運動だ。
スイムへ行くと必ず1km前後は泳ぐ。もちろん連続ではなく、正味1時間半を使って休み休み泳ぐのだ。体を慣らしては休み、ちょっと距離を伸ばしては休みと、段階的に進めていく。初っ端から張り切ってしまうと、息が続かず心臓にも負担が掛かる。
経験談だが、数年前、遮二無二泳ぎすぎてバランスを失い、したたかに水を飲み込み溺れそうになったことがある。市営プールで溺死は何としてでも避けたかったので、必死にもがいて浮上したが、真面目に危なかったことは事実である。無理は禁物。肝に銘じた。
スイムの前には必ず血圧を測る。この日は125-75だった。数年前に較べると自分の血圧はずいぶんと下がって安定したように思う。以前は常時140-90位だったから、これは改善できたと言っていい。
自転車通勤、山歩きと、体を動かすことが日常化した賜物であり、逆に考えれば、いかに運動不足が健康を害するかが身をもって分かった。
血圧測定はスイム後も行っている。スポーツドリンクを一本飲んで一息入れた後に計ることにしている。結果は121-71。スイム前とさほど変わらない。いつもだったら上が110〜115程に落ちる。この現象を調べてみたのだが、別にスイムに限らず、ある程度の運動負荷を与えた直後は血圧降下が起きるそうだ。但、これは一時的なものである。
腹が減ってきたので、帰宅するとすぐに大好物のソーセージ入りPeperoncinoを作った。こいつを食するとまじめに力が湧いてくる。運動直後でへばっている時でもスルスルと胃に入る美味さなのだ。食えることは何よりも心強く、やる気も上がる。
食後の休憩を取っていると、徐々に体力が戻ってきた。やや疲れ気味ではあったが、体は確実に次の運動負荷を求めてきた。
――― よし、工事の終わった多摩湖でも眺めに行くか。
いい歳して無理のし過ぎかとも思ったが、体調の良さが気持ちを後押しした。
狭山公園の坂を登り切ると、眼前には数年ぶりとなる“水を張った多摩湖”があった。
何だかとても感無量である。自転車遊びのきっかけは、この湖の周りを走ったのが始まりなのだ。西日を浴び、ギラギラとまぶたが開かないほど眩しい湖面を見ていると、自然にその頃のことを思い出してしまった。そう、デジカメ1号機『FinePix』で購入したばかりのNOMADを撮ったっけ…。
私の多摩湖ランは時計回りが基本である。よって見晴らしの良い堤防はゴールであり、体力のない頃はここまで辿り着くと心底ほっとしたものだ。
殆ど休憩を入れずに走り続けてきたが、ペダリングにはまだ余裕があったので、このまま帰路につくことにした。
スイム1km+バイク約40kmと、猛暑日にも拘わらずかなりシンドイ遊びをしたわけだが、予想を超えて向上している自分の体力に思わずほくそ笑む結果となり、日頃の継続的なトレーニングの大切さを改めて痛感したのである。
2010年7月21日(木)
7月15日(木)。3年ぶりとなる“都民の森”を歩いてみた。
ここのシンボルは、標高1,531m、日本三百名山並びに山梨百名山の一つに選定される三頭山であり、その裾野に広がる197ヘクタールの広大な森には、様々な自然がぎっしりと詰まっていて中々の手応えを楽しめる。そして何と言っても家族連れからトレッキングファンまで、幅広い層で利用できるところがここの特長ではないだろうか。
駐車場から鞘口峠までは一気登りだ。急激な負荷の連続に息は上がり、大粒の汗が噴き出してくる。毎度苦しいと感じるところだが、落ち着けばこれも山歩きの楽しみであり、熟練度が増すほどにアップダウンの負荷はある種の快感へと変っていくものだ。ルートは大体分かっていたので、先ずは見晴らし小屋を目指した。
歩くに連れ雲が陽光を遮るようになり、辺りは徐々に薄暗さを増してきた。雲は高度も下げてきたようで、山道にはガスが垂れ込んでくる。実に重々しいムードであり、まるで昨年夏の長九郎山のようだ。
そう、今思い出してもあの山行は辛かった。予想を超える発汗に携帯した水が全く足らなくなり、激しい喉の渇きに苛なまれながら、痛む左膝を庇って下山する厳しさは正直涙が出たほどで、“イノシシ遭遇事件”の後、徐々に日が落ちてきた時には恐怖感さえ覚えてしまった程だ。
都民の森は山道のメンテナンスがきちっと行われているので、実に歩きやすく安全である。足下に不安がないから少々の天候変化でも冷静を保てる。見晴台に到着した頃にはかなりなガスが立ちこめてきたが、道標の正確性も手伝って、迷うことは一度もない。
全く景色の見えない見晴台であったが、ここで昼食とした。虫の羽音しか聞こえない静かな時間を楽しめるのも山中ならではだろう。しばらくすると逆方面から年輩のハイカーが上がってきた。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
山では常識の挨拶である。
背の低い60歳代と思しきハイカーは見晴台には寄らずにそのまま歩いていった。雰囲気からしてベテランだろう。横顔がやけに涼しかった。
30分程休んだ後、三頭山へ向けて出発した。
ここからは上り一辺倒ではなくややアップダウンも見られるが、基本的に駐車場から三頭山山頂までは上りの連続である。3つある山頂を通過するとムシカリ峠へ向けてようやく下りが始まった。今回は体調が頗る良く、左膝がダウンする兆しは全く感じられない。こうなると山歩きは本当に楽しくなる。
ムシカリからは三頭大滝に向かって急な下りが続く。花の名前は分からないが、途中の斜面全体にきれいな白い花が一斉に咲き誇っていた。早速持参してきたCoolPix S500を取り出すが、これほどの景観であるならやはりデジイチが欲しいところ。山歩きに際し携帯性は重要なポイントになるが、撮影志向が強いのならば、専用のカメラバック等で武装し、撮影機会ロスを最低限に抑えるやり方が本筋だろう。
三頭沢まで下りてくると、年輩ハイカーのパーティーに出会した。男性2名、女性6名は実に賑やかで楽しそうである。挨拶の後、二言三言話を交わすと、彼らをパスして沢沿いの撮影ポイントを探しながら歩を更に進めた。この時点でも左膝に異常は全く感じられない。少しは鍛えられたのだろうか…。
それにしてもこの年輩ハイカー達、どう見たって50歳代は一人もいない。それより先頭とケツ持ちしている男性は間違いなく60歳後半、若しくは70歳を超えていると思われる。いくら歩みは遅かろうと、こんなところまで来ているところに感心してしまう。山歩きは継続さえしていれば、70歳になっても穂高辺りは狙えるのかもしれない。頑張らなければ。
都民の森の後は『数馬の湯』で決まりだ。周遊を下りて暫く進むと、右側に白いコンクリートの建物が見えてくるので所在は直ぐに分かる。利用は今回で二度目だが、豊富な湯量は疲れた体を気持ちよくケアしてくれる。ちんけな露天風呂はいただけないが、それ以外は及第点ではないだろうか。
健康的に一日が暮れていく。
2010年6月24日(木)
6月17日(木)。今年も上高地へ行ってきた。時期もちょうど去年と同じ頃である。
但、今回はソロでなく、写真仲間のMさんと二人で出掛けることになった。以前より「一度上高地へ連れていってくれ」と頼まれていたので、“この日が晴れたら決行”と予め決行日を定めていたのである。
梅雨入りの第1日目、つまり“この日”は快晴となった。
5時に自宅で待ち合わせると、私の車に乗り込み出発する。周囲は明るく、本格的な夏到来を感じた。
Mさんは上高地初体験なので、散策ルートは先回と同様に観光見所コースを選んだ。私にすれば同じところを二度回ることになるので、目先を変えようと、先回使ったSIGMA17-70以外のレンズでトライしようと考えていた。ということで久々にSIGMAの超広角ズーム“12-24mm F4.5-5.6 EX DG ASPHERICAL HSM”の登場である。こいつを使えばDXフォーマット換算でも18mmという桁外れのパースペクティブを得られるのだ。思い起こせば、こいつを使うのは何と八重山以来だ。
1年ぶりの上高地は、相変わらず圧倒的自然美をアピールしてきた。新釜トンネルをくぐり抜けて大正池が見え始めると、分かってはいるが、その壮大なスケール感に唸りを発さずにはいられない。“パノラマ”という表現があるが、ここの景観は正にそれである。
自然研究路を歩き始めると、そよ風が冷たく感じられた。やはり上高地は高原を超えた山岳リゾートなのだ。
梓川に出ると不思議な現象に出会す。夥しい量の綿状のものが無数風に乗って飛んでいるのだ。その場では知るよしもなかったが、後で調べるとそれは『ヤナギの種』であり、柳絮(リュウジョ)と呼ばれるものらしい。それにしてもその量は凄まじいもので、この種が全て芽を出したら上高地中がヤナギの森になってしまうのではと心配するほどだ。何れにせよ、珍しい自然の営みを見ることができてラッキーであった。
相変わらず初老の方々を中心とする悠々自適組と、中国人と思われる団体客が、上高地にある殆どのビューポイントを席巻していた。いやはや凄いパワーである。そして今回はもう一つ気が付いたことがあった。それはデジイチの高い所有率である。
大昔の団体観光客に見られた“カメラを首からぶら下げている姿”。その何やら懐かしい光景を上高地のいたるところで見掛けたのだ。目を凝らすと、カメラの殆どはデジイチであり、NikonやCanonの10万円前後の入門機種である。カメラにプラスして三脚を使っている人もかなり多く、中高年を中心にちょっとしたデジイチブームが到来しているではと感じてしまう。
先回同様、梓川に沿いながら河童橋へと歩を進める。
穂高橋を渡り、右岸に入った。上高地温泉ホテルの前まで来ると、Mさんが突然ベンチへ腰掛けた。
疲れているのだろうか。
「水分補給でもしようか」
と、声を掛けると、
「ええ…」
日常にこれほど歩くことがないのだろう。早い時点でヘバリが出てきているのだ。
近くに面白い地形の河原があったので、暫しそこで撮影に没頭する。
釜トンネルを抜けて目に飛び込む大正池もすばらしいが、私にとっては異形を放つ焼岳の姿こそが最も胸を打たれる対象だ。上高地の玄関口に立つ番人のような威圧感は、即、登ってみたいという願望を生み、更には頂上から見渡す上高地のすばらしい眺めまでも想像してしまい、胸中は熱くなる一方なのだ。二度目に訪れる時は絶対に焼岳へ登ってやると思っていたが、まあ、今回はしょうがない。次のために精々登山ルートでも研究することとしよう。
河童橋の周辺は意外なほど観光客が少なく静かだった。じっくりとアングルを探すにはもってこいの条件である。橋の中程に立ち上流を見上げた。梓川の流れはあくまでも清冽であり、穂高の山容は美しさと極めて強大なスケール感を併せ持ち迫ってくる。とにかくここからの眺めは度肝を抜かれる凄さがある。
暫く撮影を続けていたら無性に腹が減ってきた。
「メシにしようよ」
Mさんへ声を掛けて、そのまま橋の真横にある『河童食堂』へ入った。
空いているテーブルへ荷物を置くと、注文をする為に列に並ぶ。Mさんも私も“豚汁定食(1,000円)”をチョイス。このメニュー、安くて美味くておすすめの一品だ。
腹もいっぱいになったし、水分補給は “上高地の美味しい水”をがぶ飲みしたから、これで前半戦の消耗は補えただろう。河童橋を再び渡り、右岸へ出ると、明神池を目指して歩き始める。
湿原には木道が整備されている。この一帯は景観に変化があってなかなか面白い。但、先回とても良いアクセントになっていたヤマツツジが、今回は旬を通り越して既に枯れ始めており、それが残念でならなかった。同じ6月でも僅かに日がずれると景観は一気に変ってしまうのだ。
疲れが出てきたのか、午後から左膝の調子がイマイチになってくる。僅かだが大腿筋の一番下、つまり膝の直ぐ上に小さな痛みが出るようになったのだ。大岳山の下山の際に作ったダメージだと思うが、そうだとしても少々治りが遅いようでやや心配である。歩行には何ら問題はないのだが、やはり齢のせいか全体的に回復力が落ちているように感じられる。
明神館の前で暫しの休憩。山の空気が火照った体をじんわりとクールダウンしてくれる。実に気持ちのいいひとときである。
そう、今日は何故だか余り汗をかかない。その代わり頻繁に尿意をもよおす。水分は十二分に摂っているから、体は汗か尿のどちらかで老廃物を排出されなければならない。然したる問題はないと思うが、自分にとっては珍しい現象であり、何となく気にもなるところだ。
バスターミナルにたどり着くと、ちょうど沢渡行きが出発するところだった。乗り込むとまもなくバスは走り出し、あっという間に帝国ホテルを通過する。
――― 次回は焼岳に登るぞ!
と、心に誓いながら車窓に目をやった。
大正池の先では川の上方で何カ所も崩落している箇所があり、それが山に向かうことの厳しさをアピールしているように感じられ、ますます気持ちが高まっていくのを覚えてしまうのだ。
2010年6月18日(金)
太陽さんさんの下、大岳山登山を目一杯に楽しんだ。
「むかし道〜小雨」、「日の出山〜曇りのち雨」と、最近の奥多摩では連チャンして渋い天候にやられてきたので、これは心底ありがたく、家を出ると自然に心は躍った。
雨は雨で山の雰囲気ががらりと変り、それなりの幻想的な美しさがあるのだが、やはり気分良く歩き回るのなら晴れがいいに決まってる。三度目の正直、やっとで活力溢れる奥多摩に出会えそうだ。
先ずは御岳山ケーブルカー乗り場を目指した。これを利用して一気に御岳山まで上がり、そこをスタート地点として大岳山へ向かうのである。山岳地図によると往路は大凡2時間半弱の行程だ。高低差もそれほど無いようで、まだまだ脚ができていない今の軟弱な体にはベストなコースである。
吉野街道を左へ折れ、鳥居をくぐる。坂道を登っていくと右側にケーブルカー乗り場と駐車場があった。
思い起こせば娘がまだ幼稚園へ入る前、御岳山へは一度だけ家族で来たことがある。その時の記憶によると、この駐車場はまだ立体化などされてなく、とても寂しい印象であった。昨今ではだいぶ利用客が増えたのだろう。
ちょうど良く9:00発に乗り込めた。乗客は私を含めてたったの3名。これぞ平日のメリットだ。ダイヤは1時間に3本程度あるのでそれほど待たされることもなく利便性は高い。
御嶽神社への階段を上がり、途中から左へ入る。そこが大岳山への入口だ。先回の日の出山行でその辺の下見もできていたから、迷うことなくスムーズに歩を進められた。
何の変哲もない林が続くが、やはり青空の下だと気持ちが弾む。胸一杯に新鮮な空気を吸い込むと急に足取りが軽くなった。
歩き始めて30〜40分程経つと山深さが増し始め、渓流のせせらぎも聞こえてくる。日の出山ではこの辺の変化に乏しさが感じられたので、ちょっと嬉しくなる一瞬だ。
山岳地図を購入すると、様々な角度から奥多摩を眺められるようになり面白い。なかでも、今までに登ったことのある山々の正しい位置関係が分かったことが大きな収穫だ。そこから一歩進んで、ガイドブックのおすすめコースをアレンジするという“技”も会得できた。
そこで今後の山歩きの為に、自分なりの奥多摩エリア区分を行ったみた。
中心地を奥多摩湖とすれば、東中央エリアに御前山、大岳山、日の出山、東南エリアに秋川渓谷、北エリアは川苔山、鷹ノ巣山、雲取山、南エリアは檜原都民の森となる。
エリア別のコース選定が進みそうだ。
突然風に乗って複数の子供の声が流れてきた。
――― 下の渓谷で水遊びでもしているのだろうか?
上り勾配が徐々にきつくなり、噴き出す汗と格闘をし始めた頃、遠足と思われる小学生の軍団に遭遇した。何気に引率の先生に聞いてみると、彼らは地元の小学6年生達で、総数100名で山登りに来たとのことである。
なるほど…。当然だが、静かな山行はここで終わった。
小学生の叫声と有り余るパワーは、奥多摩の山道を一気に通学路へと変えてしまい、一人楽しむ静かな山歩きは致し方なく一時中断となった。
それにしても子供パワーは凄い。彼らも私と同じ道を上ってきたのだから、いくら小学生といえども疲れているはずである。ところが先生の注意を全く聞かない先頭の10名余の子供達は、走っては登り走っては登りを延々と繰り返しているのだ。ちょっとした岩場の段差も、ものの見事に上がっていく身軽さは人間より猿に近い動きであり、改めて“パワーの大きな差”を見せつけられてしまったのだ。
子供達と一緒に頂上到着。彼らのクラス別記念撮影が終了するのをじっと待ちながら、その間に昼食を取ることにした。引率の先生の話では、頂上で記念撮影の後、一旦大岳荘まで戻り、そこで昼食休憩を取った後、下山は五日市方面へ向かうとのことである。正に恐れ入る元気さだ。
小学生と入れ違いで、数人の登山者が頂上へ上がってきた。殆どが御岳方面からだが、何人かは鋸山若しくは秋川方面から上って来たようである。
ややガスってはいたが、まだ雪が残る富士山がくっきりと望め、それは気分爽快! こんな感動があるから山歩きはやめられないのだ。
なんだかんだ1時間ほど頂上を楽しんだ後、御岳山へと引き返すことにした。
復路はガイドブック通りに芥場峠からアップダウンの少ない右ルートを選んだ。
先ずは頂上直下の岩場を慎重に下りるが、やはり下り坂は脚全体に掛かる負担が大きい。すぐに大腿四頭筋が強ばってくる。筋肉疲労がピークになる復路では、持病の左膝痛が出やすくなり、特に下り勾配がきつくなるほど発症の確率は高くなる。
やがて道はなだらかになり軽いアップダウンを繰り返した。今回は体全体のコンディションがいいのか、筋力体力共々余力があり、山歩きが頗る楽しく感じられた。
間もなく分岐点に到着、ガイドブックに従い、ここは迷わず右へと入った。なるほど、道幅が広くなり、とても歩きやすい路面である。そしてここから少し進むと次の分岐がある筈で、そこは左に入り、ひたすら歩けば再び往路に出るのだ。ところがそれを間違えた。間違えたと言うより、ガイドブックに原因があったのだ!
(ガイドブックより抜粋)
「下山は芥場峠まで戻り右へ行く。この道が主脈縦走路。山腹を巻いて進む為、大きなアップダウンも岩場もない。途中に水場や休憩所があり、快適に歩ける。」
と記述されているが、敢えて本来の書き方をすれば、
「下山は芥場峠まで戻り右へ行く。暫くすると左へ折れて上がっていく道があるので、そこを進めば途中に水場や休憩所があり、快適に歩ける。」
である。
主脈縦走路へは“道なり”では行けないのだ。
進めど休憩所らしきものは見当たらない。そうこうしているうちに次の道標が現れた。
――― ん? このままだと高岩山へ行っちゃうなぁ。左折すると御岳方面・縦走路か…。
道なりだと確信していたので、不安はあったが“御岳”の文字に元気づけられ、左に入ると再度山道を上がっていった。少し歩くとまた道標が。
――― また左なんだ…。
まっすぐ行くとやはり高岩山らしい。
ここも道標に従い左に折れ更に登っていった。
――― なに? ここから道が荒れている?! しかも“注意してください”だと?
嫌な予感がしたが、考えてもしょうがないので、その細くなった道へ入り込んだのである。
すると次の瞬間、道は急激な下りとなったのだ。しかも初っ端からクサリ場である。感覚的には殆ど垂直に近い角度で下っていく。注意深く一歩一歩足場を確認しながら進んでいくが、膝、腿に掛かる負担は尋常でない。ここまでの疲労蓄積もあるので、とても心配になる。
クサリの次はロープもあって、その後には垂直に掛かる鉄梯子まで現れた。渓流脇に下り立つその直前まで、こんな緊迫した下山が続いたのである。
この頃から調子の良かった左膝に違和感が発生。ロックガーデンまで下りてきたら、症状こそ小さかったが、ついに持病の左膝外側痛が発症してしまったのだ。
ロックガーデンは言わば“底”。疲れた体に鞭を打ち、再び御岳山へ向かって上り始めたのである。
グロッキーはしたが、ちょっとスリリングな面白さも経験し、ずいぶんと勉強にもなった奥多摩行であった。
2010年5月27日(木)
ご機嫌なトマトソースを手に入れた。Spigadoroのパスタソース“アラビアータ”である。その名の通り唐辛子入りのトマトソースで、様々な食材にマッチし、易い使い勝手抜群のソースなのだ。
家族でロックの散歩へ出掛けた際、
「アイスでも食べようよ♪」
ということになり、ちょうど近くを通りかかったので、中道通りにあるカーニバルへ寄ってみた。
アイス自体はまあまあ美味しかったが、それより店内を見渡すと、何だか面白そうな品物が多数置いてあり興味を惹かれた。ここは輸入雑貨店なので、当たり前だが、陳列されているのはあちらさんものばかりである。一番奥にあるコーヒーコーナーには大好きなライオンコーヒーも何種類か置いてある。自然に手が伸びて買い物籠に入れた。
パスタ及びパスタソースも色々とあり目移りしたが、赤いラベルの瓶に目が止まった。ちょっと辛そうなアラビアータソースである。メーカーは?と良く見ると、Spigadoro。有名なイタリアのBuitoniと並んで、イタメシ好きには良く名が知れた同国の食品会社である。ここのメーカであれば失敗はないと、これも躊躇なく買い物籠へ入れた。この他にもイチゴジャム、クッキー、クラッカー等々を次々に買い込んだ。
その翌週の休日。
スタッフのS君から生きている鮑をいただいた。何やら“熱海”で調達したらしい。せっかくのご馳走は堪能しなければならない。鮑とアラビアータ、こいつはイケるはずだ。
早速さばいて、オリーブオイルと黒コショウでマリネードする。30分後に軽く炒めてアラビアータと合わせたら、同時にボイルアップしたスパゲティーを入れ素早く絡める。
「うまい!」
鮑は火を入れても限りなく柔らかく、実に甘かった。もちろんワインとの相性も抜群である。
またひとつテイスティーで手軽なパスタメニューが増えたようだ。
休日のランチタイムがだんだんと面白くなってきた。
2010年5月20日(木)
5月19日(水)連休初日。空模様は悪かったが、疼く気持ちをどうにも押さえられず、奥多摩へと車を走らせた。目的はもちろん山歩きである。
先月の頭に奥多摩むかし道を歩いてから、何故か“奥多摩”という言葉ががキーワードの如く心に引っかかるようになり、山のうまい空気を胸一杯に吸い込みたい、山の音が聞きたい、気持ちの良い汗をかきたいと常々思うようになったのだ。月に二度ほど取れる連休には殆ど山歩きを予定に組むほどである。
前夜、新たに購入したdeuterの30Lへ、カメラ、レインウェア、ゴアテックスの帽子、上着等を詰め込んだ。さすが大きめサイズ、これだけ入れてもまだ余裕がある。日帰り登山でも、写真撮影など、歩く以外にも目的がある場合はプラスαの容量は欲しい。
7時に自宅を出発し、八王子経由で行こうと、調布ICから中央高速へ乗ったのだが、これが大失敗。上限線共々集中工事の関係で大渋滞を起こしていたのだ。上りは八王子バス停から4号線まで24km、下りでも調布から石川PAまで13kmと痺れる状況! こいつのおかげで登山スタートは予定より1時間も遅れてしまったのだ。何とも腹が立つ。
今回の山歩きは家族連れでも気軽に行ける『日の出山』を選んだ。これからの為に体慣らしをしたかったのだ。ガイドブックを参照すると、日の出山へは御嶽神社経由と梅野木峠から登る二つのルートが一般的である。前者はケーブルカーを使う関係上、平日でも年配者を中心に訪れる人が多く、静かな山行を楽しみたいという旨には余り相応しくないようなので、迷わず後者を選んでみた。
スタート地点の梅野木峠へはいとも簡単に行けた。武蔵五日市駅を正面に見たら右方面へ折れ、少し走ると『つるつる温泉入口』交差点があるので、そこを左折してひたすらクネクネ道を行けるところまで進んで行くと突如目の前が開ける。そこが梅野木峠である。
――― 天気、もつかな〜、、
曇りだが空は明るい。すぐには降り出しそうもないが、下山まではどうかといった感じだ。
時計を見るとジャスト10時。車を降りて装備を確認、早速スタートした。ガイドブックに従い、先ずは舗装された道を進んだ。
体調が良かったのかもしれない、実にリズミカルに足が出る。新しいdeuterも上手く背中にフィットしていて違和感がない。
景観は変化のないスギ・ヒノキ林が延々と続くが、空気がうまいから全ったく飽きが来ない。そして山道がメンテされているので気持ちよく歩ける。最初の15分から20分は緩い上り下りの連続だったが、この後道は階段状となり急な上りが始まった。但、ここも路面の状態が良く、息は上がるがゆっくりと歩けば何ら問題はない。こんな階段ポイントが二度程現れるが、それをクリアするとゴールと思われる標識が目に入る。
日の出山の頂上は東屋もあり、実によく整備されていた。曇ってはいたが雲はかなり上空にあったので、見渡しは上々である。眼下に目を凝らすと、多摩湖とその傍に立つ西武ドームがよく見えた。中々の絶景である。この時点で10時50分。ガイドブックには梅野木峠〜1時間〜日の出山となっていたから、まあまあスケジュール通りと言えよう。既に腹も減りだしたので、ひとまずここはパンとウイダーエネルギーで休憩を取ることにした。
それにしても静かな山中である。この頂上も含めてここまで誰一人として見掛けていない。いくら静けさを求めてきたと言っても、このレベルとなるとやや寂しさも覚えてしまう。人間は本当に我が儘だ。
一応今日の目的地は日の出山であったが、歩き始めて1時間弱では正直物足りない。休憩後はそれ程遠くない御嶽神社まで足を伸ばすことにした。ガイドブックでの所要時間が40分なので、寄り道としてはちょうどいい位だ。なにしろ日の出山山頂からは御嶽神社を見渡すことができるので、気分的にも距離を感じない。
日の出山〜御嶽神社も道の状態は変らず上々、至って歩きやすい。しかもずっと下りだ。30分足らずで山楽荘を過ぎ、そのまま土産物街を通り神社下へ出る。
――― ひゃー、この階段、キツそー!
見上げればずっと続く階段。山岳信仰の一端を感じさせる。ここまで来たらやっぱり参拝でしょう!と、結局上がることにした。
賽銭箱の真ん前まで来ると、さすがに一汗かいたので、端にあったベンチに腰掛け水と残っていたウイダーを流し込んだ。山頂に吹く風は気持ちよく、ここで横になろうものなら、すぐに眠れそうだ。さすがにこの界隈は観光客が多く、平日だがそれなりに賑わっている。そう、後でwebで調べて分かったが、何とこの石段、330段もあるそうである。
参拝後はそのまま来た道を引き返した。
分かっている道だから歩みは速い。それに朝から体調が良いので尚更ペースが上がっている。この時、いつもなら症状を発する左膝痛が全く出ていないことに気が付く。しかも予兆すら感じられない。今回のコースはそれ程足にダメージが掛からないから、それで出ないのか?!
本日二度目となる日の出山山頂に到着。今度は二組5名の人達がいた。皆年配者でゆっくりのんびりとお喋りの花を咲かせている。健康体なら悠々自適な生活も満更ではないかもしれない。
13時。ここで昼食とし、やや長く休憩を取ることにした。梅野木峠までは一気に下るから、膝には相当な負担が掛かる筈。痛みが出なければいいが…。
おにぎり2個を平らげ、周囲の景色を見渡していたら、
――― んっ? 雨か、、
ポツリと来たのだ。ここまで保ってきた空模様がぐずつき始めたようだ。
荷物を片付けると、deuterを背負い、峠で私を待つBMWへと早々に歩き始めたのだ。
頂上直下に最初の急な下り坂がある。ここは膝をいたわりながらゆっくりと進んだ。昨年夏の長九郎山でも、同様なタイミングまでは何ともなかったのに、V字にえぐられた山道を10分ほど下った時、突如左膝に違和感を覚え、その後徐々にいつもの痛みが起こり始めていったのだ。今回はそれを覚えているので尚更慎重になった。
第2の下り坂に入った。ここでも膝は音を上げない。それより踏ん張っている太腿が少々辛い。
膝痛が起こらない事とは関係ないと思うが、先回のむかし道から使い始めたColumbia製のトレッキングシューズが頗る快調なのだ。軽くて歩きやすく、ソールも滑りにくい。もちろん防水性のある蒸れない構造(オムニテック)になっているから、今の時期のややぬかるんだ山道では特に威力を発揮する。一度使ったら手放せないアイテムだ。
雨脚は時間が経つほど強くなってきた。しかし鬱蒼とした山道では直接体に落ちる雨粒は少ないもの。それは木々の枝葉が一次クッションとなっているからだ。この枝葉を通ってきた雨は実に心地良く、それを感じたいが為に限界までカッパを着ることを憚ってしまう。更に枝葉が雨を受ける時の“音”がまた何とも素晴らしい。山に抱かれたと表現すべき心安まる快音であり、これに耳を澄ましていると何故だか子供の頃を思い出してしまうのである。これも山の不思議か…。
気持ちがいいから楽しいから。自然と道の乾いたところを伝って歩いてしまう。
無事梅野木峠へ到着。最後まで左膝には何も起こらなかった。こんな嬉しいことはなく、今後の山行への自信に繋がっていくものである。
既にお決まりである下山後の温泉。今回は来る時に通過してきた『つるつる温泉』へ行ってみた。施設はきれいだし泉質も柔らかくて疲れも取れそうだ。3時間800円はリーズナブルではなかろうか。
2010年5月15日(土)
なかなか落ち着かない天気である。特にせっかくの休日では、撮影へ行こうと思っても、はたまた山で歩こうと思っても、何となく躊躇してしまう微妙な天候によく当たる。
5月14日(金)の朝、いつものようにロックを散歩へ連れて行こうと表へ出ると、やけに涼しい。薄手のジャージだけでは間違いなく鼻水が溢れてくるので、急きょウィンドブレーカーを羽織りなおした。なんだか1ヶ月ほど時が戻ったような空気感である。三鷹駅へと向かうサラリーマン達のスーツ姿の背が丸い。
この日のランチは久しぶりに丸亀製麺で取った。かけうどん(大)380円+野菜かき揚げ180円=510円といつもながらにリーズナブル。しかしここは安いだけではない。肝心な味も中々のものなのだ。とりわけこの野菜のかき揚げが旨い。中身の殆どを占めるタマネギが上質なのだろう、臭みなど全くなく、びっくりするほどの甘さを放っている。コシのあるつるつるうどんと一緒に口へ運べば、日本人に生まれて良かったぁ♪と必ず思う筈だ。カツオが利いただし汁も最高。濃さ加減というか、塩加減というか、とにかく口当たり、喉越し共々非常にバランスが良く、麺とのコラボは言うまでもない。
午後は自動車税を納付してきた。毎年納める度に“高い”と感じてしまうのは私だけでない筈。まあ、BMWは好きで乗っているので致し方ないが、毎年この時期に45,000円の出費はかなり痛い。これと比較した時、グランドアクシスの1,600円というのがまた何とも微笑ましい。恐らくこの先、エコでない車を対象に増税が進むのではないだろうか。3ナンバーを購入するのは、それなりの目的がなければ無駄使いと言っていいかも。
2010年5月6日(木)
たった二日間のGW休みだが、その初日は横須賀で過ごすことにした。
今年のGWは嬉しくなる程の好天が続いており、家に籠もるなんてことは精神的にできるはずもなく、それではと、女房を誘って出掛けたのだ。
出発は9時30分。当初は電車を利用するつもりだったが、Yahoo!路線で調べると、運賃が片道1,130円と思いの外高いこと、そして所要時間が1時間半も掛かるとのことなので、終始立ちっぱなしも考慮に入れて、結局は車を選ぶことになったのである。唯、朝のニュース番組からは、どこも高速道路の凄まじい渋滞情報を伝えていて、何となく嫌な予感もしたのだが、座って行ける楽ちんさがそれを忘れさせた。
井の頭通りは至ってスムーズ。毎年GWになると近所の道路はどこもガラガラになるのだ。環八に入るとやや交通量が多くなったように感じたが、普段の日曜日とそれ程変らないから一安心。ところが世田谷通りを越えた途端、いきなり強力な渋滞が始まったのである。信号が青になっても車の列は微動だにしない。既に信号は何度も青を繰り返している。東名に入る車が列をなし、それがこの渋滞の原因になっているのだろうか?!
少しずつ進んでいくと、次第に東名への右折レーンが見えてきた。
「えっ? ほらあっち、車3台しかいないよ」
「それじゃ、このままずっと渋滞?!」
おいおいって感じである。
東名入口を通過しても依然渋滞は続いた。周りの車を見回すと、なるほどGWである、他県ナンバーが多い。覚悟を決めて黙々とゴーストップを繰り返した。時計を見ると10時50分。既に出発から1時間半も経過している。
「第3京浜も渋滞かしら」
「まさか〜ぁ」
ところがである。何故なのか、どこへ行ったのか、あれだけびっしりいた車が、瀬田を超えた辺りから徐々に減っていき、上野毛に至った頃は全く普通の流れに戻ったのである。これは不思議である。第3京浜は一度も滞ることなく、横浜新道〜横横道路へと進めた。横横道路はさすがに混んでいたが、ゆっくりでも動いていたので、順調に横須賀ICまで辿り着くことができたのだ。
小川町の駐車場へ車を入れ、早速“どぶ板通り”へ。
街を何気に歩いていても、さすが横須賀、本港から16号へ流れる海風が心地良い。
案の定、どぶ板通りは観光客でごった返していた。サックスとボーカルだけのミニライブがそこそこの人集りを作り、“らしさ”を盛り上げている。ネットで調べたネイビーバーガーや海軍カレーの著名店どこも長蛇の列で、そう簡単にはありつけそうにない。時刻は既に昼を回っていたので、腹ぺこはピークに達していた。ちょっとした買い物の後、それ程混んでないカレー店を見つけて飛び込み、とにかく横須賀まで来たのだから、お初となる海軍カレーを注文したのである。
「海軍カレーって、何が特長なの?」
店員に訊いてみた。
「フライドオニオンの甘みですかね」
何となく分かったような分からないような、微妙な説明だ。
運ばれてきた海軍カレーは、なるほどフライドオニオンがたくさんのっている。
さっそく一口運ぶと、…甘い。店員の言うことに間違いはなかった。しかしこの甘さはフライドオニオンだけによるものではないだろう。ふんだんに入っている野菜がその甘みを後押ししている。ジャガイモやニンジンも美味しいし、この一品は“野菜エキス”にその特長がありそうだ。
今日の第1目的は『YOKOSUKA軍港めぐり』を楽しむことである。これは舟に乗って、本港や長浦港に停泊している海上自衛隊や米軍第七艦隊の艦船を、間近から眺めるという人気クルーズだ。
腹もいっぱいにできたし、早速船着き場へと足を運んだ。
乗車整理券の発券所の右側にお知らせボードがあり、何人かの人達がそれに目をやっていた。我々も近づいてみると、
「あ〜だめだ、全部満席だ」
「残念ねぇ〜、、」
束の間だが、GWということを忘れていた。普段より増便しているにも拘わらず、見事に最終便まで満席状態を示している。まあ、こればっかりはどうしようもないので、取り敢えずヴェルニー公園の端まで歩いて、海自の護衛艦だけでもカメラに納めることにした。
しかし、この手の艦船はいつ見ても迫力があり圧倒される。護衛艦でもこれほどの威圧があるのだから、それこそあの戦艦大和を目の辺りにできたとしたら、真面目な話、卒倒してしまうのではないだろうか。もちろん戦争を美化するものではないが、攻撃力を満載しながらも静かに佇んでいるその巨大な姿は、ある種の形容しがたい美しさを滲ませていることは確かである。
次回日を改めて、このクルーズにトライしたい。
暫しのコーヒーブレイク後、そろそろ帰路につくことにした。R16をそのまま進んだら、観音崎をターンして元の道へ戻り、横横は逗子ICから乗った。
自宅へ至るまで呆気にとられるほど車の流れは良く、GWの1日目が無事暮れてくのであった。
2010年4月26日(月)
せっかく二日間の連休を取ったというのに、連日の雨模様で何もできずじまいである。奥多摩の山々を探訪する計画もこれでは進むはずもなく、致し方なくずっと家に籠もっているから、ストレス指数は際限なく上昇となる。しかし無駄に休日を費やすのも賢くないので、ここは次回の入山計画をたっぷりと時間を掛けて練ってみたのだ。
過去に歩いた奥多摩の山は少ない。と言うか、そもそも自分は山歩きを初めてそれ程月日が経っていない初心者なのだ。取り敢えず記してみると、川苔山、御前山、三頭山、むかしみち位で、まだまだ“歩いている”というレベルには程遠い。しかしこの少ない経験からでも、奥多摩の迫り来る魅力を感じることができるから凄い。都心から程近い割には本格的な自然があり、しかもここが都民の水源だと知れば、極めて大きなスケール感さえも覚えてしまう。
先ずは“エリアを知る”ことだろう。山々の位置関係や、距離感を殆ど掴み切れていないので、縦走などを積極的に取り入れようとも考えている。今までの山行は、どれもが単発で登り、しかも車で出掛けていたので登山コースは決まってピストンだ。これではエリアの繋がりが分かりようもない。対策として、最低限の知識だけは事前にインプットしなければと、山の地図を購入した。西川敏明氏による、昭文社『MAPPLE山と高原地図・奥多摩』(945円)である。
この地図には開いた途端に引き込まれていくリアルさが盛り込まれてあった。これさえあればトレッキング計画なんぞは自由自在に立てることができそうである。それほど詳細な記載があり、大凡の歩行時間さえも読むことができるのだ。こんな優れ物があるのなら、もっと早い時期に買っておけばと痛感する。
大丹波川から獅子口を経て登る川苔山しか知らなかった自分に、この毛細血管の如く広がる幾多のルートは驚き以外の何ものでもなかった。4WDでしか行けそうにない山奥までBMWを走らせずとも、鳩ノ巣駅前に車を置いて、川苔山〜川苔橋ルートで戻ってくるやり方もあったのだ。
――― なるほどな。
これからは一冊のガイドブックだけに頼ることなく、必ず“おすすめルート”を山岳地図にトレースさせ、その上で自分にピッタリのオリジナルな山行を作っていく方法が興味深く、またベストではないだろうか。
次の決行はGW後と決めている。それまでに事前のルート作りに精を出すか。
2010年4月10日(土)
週末試乗商談会、販売会社主催の研修会、そして役員会議、スタッフ会議と、息もつかせぬスケジュールが続いているが、その渦中に取れた二日間の連休はまさに心身共々リフレッシュできる貴重なチャンス。人との絡み合いから嫌になるほど蓄積したストレスは、気分を鬱にし体調をも低下させる。しかも放っておけばそれこそ本物の病気になってしまう危険性だってある。国民の約半数がストレスを感じている現代社会はもはや危機的な状況にあり、本来ならば政府や企業による早急なテコ入れを願うところだが、こんな時はそれを待つより自分で工夫し、より効果的な解消策を講じることが肝心なのだ。
連休の初日はトレッキングと決めていた。山は昨年夏の長九郎山からご無沙汰だったので、山の空気、音、光等々へは渇望に近い気持ちを抱いていた。前日の天気予報を確認すると、4月7日(水)の奥多摩エリアの降雨率は午前30%、午後50%と手厳しかったが、逆に考えればこんな状況下に奥多摩へ出掛ける人は間違いなく少ない筈で、簡単な山道をカッパ着用で歩き回るレベルには寧ろもってこいの条件と言えた。
今にも崩れそうな空を眼前にしながらBMWをJR奥多摩駅へと走らせた。時々雲に切れ間が見えるが、回復しそうな気配はまるでない。
CARRERAで来る際には、いつも立ち寄るR411沿いのセブンイレブンで食料と水分を購入。ここのおにぎりはどこのコンビニチェーンより絶対に美味い。澄んだ空気の中、麦茶と一緒にがっつけば、もう気分は最高なのだ。
不便な話だが、奥多摩駅周辺にはコインパーキングはおろか一般駐車場もない。恐らくこの沿線は他の駅でも同様であろう。奥多摩界隈で遊ぶなら、駐車場を常設する現地までダイレクトに行くか、若しくは駅からバスを利用しろということかもしれない。しかたがないのであらかじめ目星を付けておいた“氷川キャンプ場”にある町営駐車場を使うことにした。因みに料金は一日700円である。
車を降りると早速トレッキングシューズに履き替え、ウィンドブレーカーを羽織った。
さて、ここで本日のコースをご紹介しよう。今回は以前から興味のあった『奥多摩むかしみち』へトライする。奥多摩駅から小河内ダムへ至る全長約9kmに及ぶハイキングコースだが、調べると旧青梅街道とのことだ。スタートから7kmは平坦路が延々と続き、よく観察するとそれは現地住民の生活路になっている。ゴール直前の2kmはアップダウンのあるトレッキングコースへと変わり、途中に点在する石仏や小さな滝なども併せ飽きることはないだろう。のんびり歩けば4時間は掛かる長丁場だが、高低差がさほどなく、久々の山歩きだったら、体慣らしの意味も含めてもってこいのコースなのである。
スタートすると同時に雨が落ちてきた。もちろん想定内だったので、準備してきたカッパを羽織り万全を期した。この日は丸一日小雨が降り続けるという生憎のコンディションだったが、それだけに山を独り占めにでき、大いに奥多摩の自然を堪能できたのだ。気にしていた気温低下もなく、歩く条件としては寧ろ上々だったのではないだろうか。
コース看板が設置してある角を右折すると、すぐ左側に入口が見えた。いきなり上り坂が待っていたのだが、坂が程良い感じのウォーミングアップになった。高度を上げるにつれ、眼下に一般道が見え始める。そこがCARRERAで走る馴染みの道だと分かると、今自分がいる場所との関係式が理解できて面白い。むかしみちは基本的にずっと青梅街道に沿って延びているのだ。
まもなくすると廃線跡が目に飛び込んだ。それは60年も以前に、小河内ダムの建設現場へ物資を運ぶ為に作られた鉄道で、その朽ち果てた様を見ていると、長い時の流れを感じてしまう。
桧村の集落を抜け、再び山間に入る。“不動の上滝”脇にあるトイレで小休止した。疲労感は全くなく、実に気持ちのいい山歩きだ。白髭神社へ立ち寄ってお参りをした。右脇の巨壁は凄まじいスケールで迫ってきて、巨岩信仰があるのも何となく理解できる。惣岳渓谷に架かる吊り橋で暫しの撮影。カメラはいつものCoolPix S500を持参したが、再来する際にはデジイチが欲しいところ。このルートにまさかこれほど多彩な被写体が溢れているとは思わなかったからだ。
説明看板を読むと、点在する石仏の殆どは、足場の悪さから道を踏み外し、渓谷へ落ちてしまった馬や牛を供養する為に作られた。そしてその姿は昔の険しい山行と、前人の並々ならぬ苦労を何とか今に伝えているかのように映った。
むかしみちを歩くといくつかの集落を通過する。主な撮影は殆どこの集落で行ったのだが、足を止めた要因はちゃんとあった。それは想像を超える山の暮らしをこの目で見られたこと。前述の通り、コースの大凡80%以上の区間は住民の生活路になっているので、道は舗装されており、大概の家には車が駐車してある。これなら町までの買い出しも容易だろうし、色々な意味合いを含めて“斜面”にさえ慣れてしまえば普通以上に暮らせるレベルにある。ところがだ。生活路からはるか離れたところにもれっきとした住居があったのだ。猫の額ほどの斜面を利用した畑、物干しにはズボン・靴下等の着衣が干されている。直接住民に会うことはなかったが、そこには紛れもない生活の営みがあったのだ。どんな人が住んでいるかは分からないが、若者が留まる場所とは考えづらいので、老人であろうことは容易に想像できる。となれば徒歩による日常的な国道までの往来は不可能に近いのでは? 残った方法論はずばり自給自足だ。ここは地方の山奥ではなく首都東京である。情報としては知っていたものの、こうして現実を目の辺りにすると、何とも複雑な感慨を覚えてしまう。
道は一気に上りになった。長いこと歩いてきたので結構きつく感じた。経験の少ない年配者がハイキングコースだと気軽にトライしたならば、ここで顎が出ること間違いなしである。目の前が開け、ちょっとしたピークに掛かったと思ったら、突如小河内ダムが姿を現す。
「ほほー、こんなところを歩いているんだ!」
ちょっぴり感激である。しかし、奥多摩湖は見えたものの、道は更に延々と続く。恐らく国道沿いにあるガソリンスタンドの裏山をぐるりと回り込んでいる為だろう。北側に行かなければ見渡せない秩父方面の景観が彼方に広がる。最後の集落を通過すると後は下るだけだ。
「ほほー、ここに出るんだー!」
ついに国道へ出た。またまたちょっぴり感激である。
奥多摩湖の湖畔に出ても依然そぼ降る雨には変わりがないが、雨天にアウトドアでこれだけ楽しんだのは若しかすると初体験かもしれない。奥多摩の魅力がまたひとつ増えたようだ。
ここからはバスを使って奥多摩駅まで戻る。20分も待つと、おばさん一人を乗せたオレンジ/クリーム色の西東京バスが到着した。整理券を引き抜くと、最後部席に腰を据えた。終点まで二人のみを乗せたバスは快調に走りきった。料金は片道340円也。1時間に2本程のダイヤがあるので、あらかじめ時刻表をチェックしておけば便利に使えると思う。
疲れた体を癒す為に“もえぎの湯”へと向った。サイクリングとはまた違う疲労感だったが、奥多摩の豊富な源泉はいつものように優しく優しく包んでくれたのである。
2010年3月25日(木) 
3月18日(木) 快晴。
大学生の一人娘が、めでたく卒業式を迎えた。昔から娘の学校関係は全て女房に任せっきりだったので、彼女に「卒業式だから行ってみたら」と言われ時、ちょっぴりだが抵抗感を覚えてしまった。しかし幼稚園から延々と続いた長い学生生活の括りだと思うと俄然興味が沸いてきて、同時に娘の晴れ姿をこの目に焼き付けたいと思ったのだ。
当日朝、美容院から戻ってきた娘の袴姿を見ると、反射的にこみ上げてくるものを感じてしまった。元気によくぞここまで育ってくれたものだと、改めて感謝の念がこみ上げてくる。“親はなくとも子は育つ”なんて言葉があるようだが、この良き日を迎えられたのも、全ては女房の尽力あっての賜物だ。
新座の駅前からスクールバスへ乗ろうと、コインパーキングに車を置き、脇の細い道から広場に出てみたら、なるほど、いるいるいる。袴姿の女子学生がバス停にずら〜っと並んでいる。すぐに親バカの身勝手さで値踏みを始めた。
「完璧。うちの子が一番♪」
キャンパスへ到着すると艶姿は数倍に膨れあがっていて、その煌びやかさは芽吹き始めたグランドの周囲の桜を圧倒していた。
女子大の卒業式は初体験であるが、終始和らいだムードが漂っていて、我が青春時代のそれとは全く異な物を感じてしまう。これからフレッシュマンとして羽ばたく緊張感は微塵も感じられず、難しいことなしに “春の良き日”を思いっきりエンジョイしているってところだろう。
式典が始まっても緊張感は無い。やや不謹慎であるが、学長や理事長のありがたい言葉が続いている間も、お喋りに花咲く子達、携帯メールを真剣に打ち続ける子、ひたすら居眠りを決める子等々がやたらと目に付き、一体君たちは何しにここへ集まったの?と訊きたくなる程である。幸い?うちの娘は私の立ち位置からかなり遠いところに座っていたので、現況を目の辺りにすることは最後までできなかったが、まあ、それは想像の範疇に納めておこう。
本年度の大卒内定率は80.0%と前年を6.3ポイント下回り、企業は依然重い不況禍から脱出できず、もがき苦しんでいる。なんとかうちの子は内定を取れほっとはしているが、彼女達卒業生の未来は相当ハードになることは間違いなく、一日でも早く学生気分を払拭させ、【自己研鑽】と【生き抜く力】の増強に邁進することを願ってやまない。
2010年3月15日(月)
NikonD100はデジタル写真の可能性を一気に引上げた。フィルムカメラの操作感をそのままに、何枚撮っても“ただ”というお気軽さが加わり、被写体へ募るチャレンジ精神は日に日に増加していったのだ。何より心惹かれるのは、やはり画質の良さ。中でもD100+Nikkorのコンビが生み出すRAW画像は、実に緻密且つ滑らかさがあり、A3プリントでもその仕上がりに何ら問題は出ない。但、これほど素晴らしいRAWデータを得られるとなると、加工にもう一歩踏み出したくなるのは人情である。そうなればPhotoshopにプラグインのCamera Rawを武装したくなるが、残念なことにPhotoshop5.5は未対応なので、致し方なくここは思い切ってバージョンを上げることにしたのだ。新しい武器となったのはCamera Rawが最初から実装されている最新版のPhotoshopCSである。
5.5から一気にCSへとグレードアップしたわけだが、驚いたことに作動の“軽さ”は殆ど変らず、実に小気味よくさくさくと動き、それは呆気にとられるほど。<Photoshop=重い>とは一体どこから来たのか?と言いたくなった。
RAW現像が常態化してくると、新たな発見も現れ始め興味は尽きない。中でも目を見張ったのはD1が生み出すRAWデータである。同機のJPEGはお世辞にもプロ機とは言い難い微妙なもので、レタッチしてもその根本は頑固なまでに変らない。ところがそんな先入観念を持ちながらRAWで撮り直し、それを現像してみると、“これが同じカメラから?!”と疑うほど良質な画が飛び出してくるのだ。これにはちょっとびっくりしたし、同時にD1はフラッグシップなのだと改めて認識してしまった。“バッテリー問題”さえ解決できればD1はまだまだ現役なのだ。
現在、殆どのデジタル一眼レフはリチウムイオンで動いているが、D1が発売された頃はニッケル水素が主流であった。通常使用に於ては何ら問題のないこの電池だが、リチウムイオンと比較すると寿命が短いのが難点で、連続使用時間もかなり見劣りする。劣化の傾向も唐突であり、撮影枚数が多くなることが予想される撮影大会などでは、2本以上の予備電池が必要だ。
その点リチウムイオンを使用するD100は、例えRAWで500枚撮った後でもバッテリー残量計は微動だにせず、全くもって逞しい性能を見せてくれる。
2010年3月4日(木)
<デニーズ時代 その16>
デニーズ東久留米店にはO崎くんという古手のバスヘルプがいた。少々うるさ型で親分肌、他のアルバイト達も一目置いている。この手の連中とは一日でも早く滑らかな関係を作る必要性がある。反目したらそれこそ一巻の終りだ。先ずは“関わり”を持つことがスタートになる。
以前にも述べたことがあるが、デニーズはあらゆる意味で“バイト天国”である。店に於ては全スタッフの大凡90%をアルバイトが占めていて、必然的にその存在は極めて重要なのだ。
「O崎君、そこのゴミ、捨てといてくれないかな」
何気にジャブを放ってみると、
「自分でやったらどうですか」
ほほう、何と揺さぶりを掛けてきたのである。
この様なリアクションに出る輩は、必ずといって自分を表現するのが下手だ。だからそれをストレートに捉え、“なんだその態度は!”と出てはいけない。こじれるだけだ。
「わかった。やっとくけど、後で手伝ってくれよ」
「・・・・・・」
これで最初の関わりを持てた。後は積極的に彼に話しかけ、その延長として他の古株へアプローチを掛けていくのだ。
それから二週間も経たないうちにO崎君とは見事にうち解けることができた。その関係構築から、頼りなるベテランMD2名と、若くて良く動くキッチンヘルプ1名とも良好な繋がりを持つことができ、ひと月もするとアルバイトスタッフの大凡を掌握することに成功したのである。
★ 我々がいなければ店は動かない ★
賢いバイト諸君はこの論理を十二分に理解し、良い意味でも悪い意味でもその上で行動している。驚くなかれ、労働集約型経営の某を身をもって会得しているのだ。よって一度でも舐めらようものなら、色々な部分で支障を来たすことになる。店長といってもまだ20歳代の若者である。人生経験はおろか社会人生活を初めて、たったの数年しか経っていないのだ。平日昼間のバイト達は平均年齢が優に30歳代中盤を越えている言わば“大人”。単にマニュアル通りの指示や、軽率な判断を繰り返していると簡単に見透かされてしまう。
O崎君並びにその取り巻き連中は、まさに青春真っ直中といったコミュニティーを作っていて、仕事が終えるとよく飲みに行ったり、車を飛ばしに出掛けたりと、端から見てもとても活動的であった。店長と従業員という関係はあったにしても、当時の私は25歳の若者であり、彼等側に入り、共に楽しむのに何の抵抗もあるはずはない。
「マネージャー、今夜流しに行きませんか」
「どこ行く?」
「取り敢えず“中央”あたりで…」
遊びはこんな感じで即決まる。
そして閉店後の楽しみができると、途端に彼らの動きに変化が出る。非常にてきぱきと仕事をこなし、掃除や整理整頓の仕上がりも普段より良くなるから不思議だ。遅番の仕事の要は〆である。翌日スムーズに開店準備ができるよう、各セクションそれぞれに工夫された流れがある。
中でも大変なのがやはりキッチンだ。グリル板とチャーブロイラーの磨き、フライヤーの油こし又は交換、それとホットテーブル、コールドテーブル問わず、そこで使っているインサートは全て洗浄し、ソース類は鍋に移しウォークイン内で保管する。マイクロの掃除も大切な項目である。汚れた内部は中性洗剤で念入りにきれいにしていく。少しでも汚れを残すと、その汚れに対しマイクロ波が作用してしまい、肝心な調理が不完全になってしまうことがあるからだ。
フロント業務のメインなところでは、フロアー全体へのバキュームとテーブルセット、その他コンディメントやクリーマの補充、そして店内のゴミは全て分別してトラッシュルームへ移す。そしてディッシュウォッシャーがきれいに洗ってくれた、カップ、プレート、グラス、シルバーなどは、フロントの各サービスステーションへ補充し、大判プレートや鍋などはキッチンの指定場所へと運ぶのだ。
これら一連の作業は慣れた連中でも結構シンドイ仕事になっていて、チームワークが足りないと、中々事が運ばないという特徴も持っている。因みにマネージャーには、各セクションのフォローの後、レジの精算と日報作成という厄介な仕事が待っている。
いくら遊びが控えているといっても、〆が終われば取り敢えず一服が必要だ。2本ほどショートホープを吸いこみ、やっとここで黄ジャケを脱いだ。
2010年2月26日(金)
久々にロックと井の頭公園を散歩した。
ここ1〜2日間、異常気象ではないかと思うほど気温が上昇し、2月なのに早くも町は春の様相に満ちあふれ、特に朝、窓をいっぱいに開け放つと、優しい空気がすーっと部屋へ流れ込み、それはそれは気持ちがいいのだ。こうなればロックだっていつも以上に外へ出たいに決まっている。
――― よっしゃぁ、出掛けるか。
なるほど、尻尾の振り方が半端でない。リードをグングン引っ張り力強く歩いていく。やはり気分は上々なのだ。
我が町並みにも春らしい変化が見とれた。いたるところの庭で梅の花が咲き始めていて、このような目に入る季節の変化はこれまた楽しく、それだけで更に気温がアップしたように感じてしまう。とりあえず着込んだTシャツ、薄手の長袖シャツ、セーター、ウィンドブレーカーだと、公園に着く頃にはかなり汗ばんでいた。
公園通りを横断して池に向かう階段を下りていくと、ここにも梅、梅、梅である。いやはや艶やか。桜ほどの効果はないとしても、公園全体をぱっと明るくする要素は十分だ。
いつものように反時計回りで池のまわりを一周する。季節がいいと疲労感も殆ど覚えず、2週間前から厄介なことになっている腰痛もそれ程辛くは感じない。但、膝裏の筋肉が張っているような症状は一向に改善の兆しがなく、既に1週間以上も違和感を引きずっている。まあそれはさておいても、気持ちよく体を動かせる幸せは、真摯に受け止めなければ罰が当たるってもの。今年は更に自転車やトレッキングを楽しもうと思っているので、このコンディションは是が非でも維持していきたい。
そう、この散歩の前に娘と二人で買い物へ出掛けたのだが、ちょうど昼時に掛かったので、ヨーカドー内にテナントする、うどんがメインの和食店『海ごはん』で昼食をとった。この店の特長はランチタイムならうどんの大盛りが無料となること。それではと、恩恵にあずかり“天丼定食”のうどんを大盛りにしてもらったのだが、運ばれてきたその定食のトータル量は予想以上で、もちろん完食はしたのだが、満腹度は150%。おかげで午後の散歩はいい腹ごなしにもなったのだ。
2010年2月18日(木)
NikonD100を手に入れると、やはりマイPCシステムを一新しなければならない状況となった。
それまでは150万画素のFinePix700が出力する軽いデータをレタッチしていたに過ぎなかったので、FMVでも何一つ問題は起きず、むしろシステムとの良好なマッチング感すらあり、満足度は高かった。
ところがデジタル一眼レフであるD100の“610万画素RAWデータ”を小気味よく処理するとなると、やはりFMVでは限界が見えてくる。更にD100の非常に精細な画像を楽しもうとすれば、FMVのセットで付いてきた15インチ液晶モニターでは全くの役不足。順番から考えても、先ずはモニターをグレードアップしなければと、画像処理に適しているCRTタイプの三菱DiamondtronFLAT/RDF171Sを購入。その解像力の高さと色再現の自然さは、液晶モニターとは比較にならないハイレベルなもので、CRTの開発が止まってしまった現況は非常に寂しい限りである。
さて、肝心なPC本体はどこのメーカーにしようか?!
この頃になると、自身のPCスキルもずいぶんとアップし、一般平均レベル+α程度は自負できるようになった。こうなると大手メーカーの製品には不要な機能やソフトが目一杯詰め込まれているのが分かるようになり、自分が楽しみたいジャンルへ特化しているマシーンを欲しくなるのは極自然な流れであった。そんな頃、Epson directのHPに目が止まったのだ。基本マシーンを決めたら、後は好みの構成に作り上げる“チョイスシステム”がとても合理的であり、何よりトータル支払金額をマシーン性能に比較して非常に安く設定できるところが一発で気に入ってしまったのである。
基本マシーンはEndeavor・MT7300に決定。理由はコストパフォーマンスに抜きん出ていたからだ。OSは既にXPが販売された直後だったが、敢えてシンプルで信頼性の高いWindows2000を選んだ。CPUもPentiumに負けず劣らずの性能を持つCeleron2.4GHzをチョイス、メモリは使用用途に適正だと思われる512MHzを積んだ。
早速Photoshop5.5をインストールしその動きを試してみた。トリミングやレベル補正程度ではそれほど変ったとは感じなかったが、重い画像ファイルへ対し、連続的にフィルターを掛けていくという高負担な処理をさせた時、ここで初めてFMVとは全く違うスピードを見せつけたのだ。動きの軽さは作業にリズムを生み出し、楽しさはどんどんと増していくのであった!
2010年2月14日(日)
2月11日(木)建国記念の日。木曜日が久々に旗日となった。義母の術前説明を聞きに沼津へ行くには、ある意味良いタイミングだったかもしれない。
今回の心筋梗塞は、カテーテルだけでの手法では治療に限界があるようで、色々な角度から検討の末、バイパス手術に踏み切ることになったのだ。どうやら冠動脈の狭窄部分の硬化が著しくて、掃除や貫通を押し進めていくと、血管に亀裂を生じてしまう危険性が出てくるらしい。心筋の一部は既に死んでしまっているが、この手術さえ施せば、何とか日常生活に支障のないところまで回復できるという。
先生の説明は大凡30分で終了、その後は義姉も交えて入院準備の打合せを行ったが、本人は至って元気であり、大凡2週間後に心臓の手術が待ち受けているという切迫した雰囲気は微塵もなかった。これは良いことである。
先々週に訪れた時は、昼飯に港湾の千本一へ行って魚を食べた。今回はちょっと西へ足を伸ばし、以前から興味のあった『富士宮やきそば』を食すことにした。
突然のアイデアだったので、何一つ下調べはしなかったが、JR富士宮駅周辺をぐるりと流すだけで、ぽつんぽつんと“富士宮やきそば”と記したのぼりが目に止まる。
駅前を通過し、浅間大社南を右折すると、次の交差点角に『明日香』というやきそば店が見えたので、取り敢えず車を止めて入ってみた。奥に通されると、目に入ったのは、ずらりと並んだ鉄板。
「ありゃ、ここ、、自分で焼くんだ…」
初めての富士宮やきそばなのに、自分で調理してその特徴的な味が出せるのか?!
一気に後悔の念が膨らんだが、今更出るわけにもいかないので、テーブルに置いてある“作り方マニュアル”を何度も読み返し、パーフェクトな富士宮やきそばを作れるよう準備した。
鉄板は十二分に熱せられた。ラードの固まりが見る見るうちに溶けて広がっていく。
私は肉やきそばを注文したので、先ずはトンバラを炒めた。空かさず“肉かす”とキャベツをのせ、その次は特製麺を入れる。ダシ水をさしたら、コショウ、塩で軽く味を付け、最後に特製ソースを手早く絡ませて皿に盛る。ダシ水は余り入れすぎると、麺のコシが無くなってしまうとのことなので要注意。好みで青のりと魚の削り粉をふりかけて出来上がりだ。
「なるほど、これは美味いかも」
第一印象は“麺の存在感”。もちもち感が好印象で、ソースとの絡みも上々である。特徴のひとつである魚の削り粉は、風味を増す作用があり、私的には二重丸。
次回は“作ってくれる店”で、ぜひ本流を確認したいものだ。
2010年2月10日(水)
Photoshopを手に入れると、リファレンスブックとモニターの睨めっこが毎日続いた。
やはり様々な機能が満載されているPhotoshopは、知れば知るほどJtrimとは別次元のソフトである。データの取り込みから印刷までが実にしっかりとフォローされていて、これこそがプロ御用達のポイントになっているのだろうと唸ってしまう。但、今でも感じることだが、こと画像データのレタッチだけなら完全なオーバークオリティーと言えそうだ。むしろデジカメユーザーだけを対象とするならば、Lightroomのような特化型ソフトがベストかもしれない。まあ、私の場合は既にPhotoshopのインターフェイスに慣れてしまっているので、今更これ以外のソフトを使う気持ちはさらさらない。
Photoshopによる画像加工は没頭するだけの面白さに溢れていた。
“好きこそものの上手なれ”は、確実にスキルを身につけていき、妙味のポイントは「選択範囲」にあることも分かってきた。レベル補正とトーンカーブの使い分け、大判印刷に対する補間のやり方等々、分かれば分かるほどPhotoshopの素晴らしさに心酔していくのである。
ところがこの頃になると、FMVにややパワー不足を感じるようになり、それまでに得たPCの知識から、CPUやメモリに手を入れることで、その辺の問題を解決できるのではと考え始める。
FMVのスペックは現在では考えられないほど低いもの。CPUはCeleronの300MHz、メモリーは64MHzと、何とも心細い。但、逆に考えれば、そんな内容でさくさく動くWindows98は、案外理想的なコンシューマー向けOSだったのかもしれない。
当時は<チューンナップ=CPU>ってな傾向があった。よってメモリー増設は後回しにし、先ずはCPUアクセラレーターを載せることにした。この辺の一連は、PCに滅法詳しいOさんの手ほどきで進めていったが、取付作業はいたって簡単であり、その効果は確実な性能アップを体感できるものだった。
これで画像加工生活に快適さが加味され、ますますと嵌っていくのであった。
FMVのカスタム最終形は、I・O DATA製CPUアクセラレーターCeleron533MHz、メモリは最大量の256MHz、そして保存用にと内蔵型のMOを装備した。
2010年2月6日(土)
鼻炎のあんばいがよろしくない。鼻腔内の傷が中々治らず、鼻をかむ時は意識して優しく慎重に行っているのだが、くしゃみの連発後などは反射的に「ぢぃぃぃぃぃん!!!」と派手にやってしまい、しまったと気付いた時にはティッシュが真っ赤に染まる。せっかくかさぶたができつつあったのに、また最初から出直しだ。何とも情けない話だが、今年はこんな繰り返しの連続である。
PCとは全くの無縁であった私の弟に、お古のEndeavor・MT7300をプレゼントした。そのまま渡すのでは色々と支障もあるので、先ずは消耗品であるHDDを交換し、OSもWindows2000からXPへとバージョンアップした。オリジナルのHDDはサムスン製の40GBだったが、容量を変えずこれを手持ちの日立製に交換してみた。ここで面白いことに気付く。サムスンと較べると日立製はやたらとアクセス音が喧しいのだ。日立製品の高いクオリティーと耐久性は重々承知だが、この点だけはちょっとがっかりしてしまった。“弱電なら日本”は既に昔話になったのかもしれない。
新品にほど近いHDDにOS新規インストールはさすがに気持ちの良い動きを示す。とても2003年製造の廉価版とは思えない動きだ。
私にとって思い出深き初のマイPCは富士通FMVのDESKPOWER-M830Lである。購入直後は何に使おうかと色々試行錯誤を繰り返したが、ひょんなことから画像加工の妙味に嵌り、手始めにとフリーソフトであるJtrimを駆使して、web上にある人物画像をダウンロードしてはそれを加工して遊んでいた。こんな楽しみが進んでいくと、誰でも遅かれ早かれAdobe社のPhotoshopの存在に気が付く。そして使い切れないと分かってはいても、そのプロレベルな性能を手に入れたくなるのだ。
Officeソフトは会社で朝から晩まで使うので、自然と操作方法が身に付き、1年余りで人並み以上に使いこなせるようになったが、一方、お遊びの画像加工はJtrimの性能に限界を感じると共に、グラフィック関係の雑誌を読んでいると、殆どのクリエーターが使っているPhotoshopの存在がどうにもこうにも気になって、このまま悶々としていても先には進まないと、遂にPhotoshop5.5の入手を決心するのだ。
2010年2月1日(月)
毎日毎日抜けるような晴天が続くのに、なんで肝心な28日だけ雨になるのだろう。Mさんと共に楽しみにしていた爪木崎水仙撮影行は、非常に残念であったが中止にした。翌29日も休みを取っていたが、出鼻を挫かれた感が強く、ここはすぱっと気持ちを切り替えて、溜まりに溜まった野暮用を二日間掛けて片付けることにしたのである。
腰の調子も今ひとつであり、春休みに入った娘と買い物に出かけられる楽しさもあり、これはこれで良しとした。
ということで昼飯は娘と小平に開店した『亀田製麺』へいってみた。
一日一度は麺類を♪
麺好きの私にとって、讃岐うどんは堪らないアイテムのひとつである。蕎麦、ラーメン、スパゲティー、焼きそばと、麺類はどれを取っても主張があり、食する楽しみに満ち溢れている。その中でも讃岐の麺はつるんとした表面なのに、なぜか上手にダシと絡む特徴があり、それが丸亀の“ダシ醤油”とくれば何杯でもいける気がしてくる。
ベースとなる麺とダシが美味いと、揚げかす、ネギ、生姜、ゴマ等々、何をトッピングしても相性はバッチリと決まり、またひと味違った讃岐を楽しむことができるのだ。
日本の良心を満喫した後でも、やはり〆には甘いものが欲しくなる。
「パパ、ケーキか何か甘いもの食べたいなぁ〜」
分かってるって。パパも同じことを考えていたんだよ。
「なあ、レッドロブスターって、甘いものあったよな?」
「たしかあるはず」
レッドロブスターは大好きなレストランである。メニューのセンスはそこらにあるファミレスとは比較にならないレベルであり、アメリカンスタイルというidentityをしっかりと保持しながら、独自の路線を歩み続けているところが何とも好ましい。しかもこれはとても重要なことであり、ユーザーの選択眼がシビアになった昨今では、商品やサービスの特徴をしっかりと保持し、更にそれを効率よくアピールする手法を備えていなければ競争には勝てないのだ。
言ってしまおう!
「がんばれ、デニーズ!」
注文したアップルコブラは、アップルパイアラモードのデラックス版と言える一品。
ホットなアップルパイの上に冷たいアイスクリームは最高なcollaborationである。
味に拘るレストランは、当然デザートにも気を配るのだ。
2010年1月25日(月)
女房と二人で義母のお見舞いに行ってきた。心筋梗塞で一時は危ないところだったが、対処が迅速で適切だった為大事には至らなかったのだ。本当に良かった。不幸中の幸いとは正に今回のことだろう。
午後1時に病院を出ると、そのまま沼津港へ向かう。病状が軽くて女房も安心したのだろう、急にお腹が空いたと言い出したのだ。
土日の喧騒はどこへやら。ウィークデーの漁港食堂街はなんとものどかなムードに包まれていた。メインストリートを歩く人もまばらで、これがあの人気スポット・沼津漁港食堂街か?と思うほどである。
以前から女房は『魚河岸割烹・さかなや千本一』がお気に入りなので、車を降りると迷わず千本一ビルのエレベーターへと向かった。
ここも例外に漏れず平日はランチメニューが用意されていた。本日の日替わりを訊くと“葱鮪の串揚げ”とのこと。こいつは珍しい品なので迷わず注文する。女房はお決まりの“沼津丼”である。新鮮な鯵のたたき、生しらす、生桜エビの3種が隙間なくトッピングされる名物メニューなのだ。
沼津丼から遅れること5分。お待ちかねの“日替わり”が目の前に置かれた。
串揚げが2本、その他には、刺身、漬け物が付いている。
「ご飯とお味噌汁はおかわりができますのでお申し付け下さい」
なるほど。これはお値打ち感ありだ。
周りを見回すと若いサラリーマンが多く目に付いた。これは頷ける。
そして肝心な味もランチとしては上々なものだった。メインの串揚げはあくまでもJuicyで、刺身の鮮度は言うまでもない。
思わずご飯のおかわりを頼んでしまった。
義母の容態が良かったからこそ楽しめた一日であった。
2010年1月21日(木)
雨さえ降らなければ今月の28日は下田・爪木崎へ“冬の花・水仙”を撮りに行く。早いもので、D2Hの初撮影行からちょうど1年が経過したことになる。
この1年間は何かに付けてD2Hの試行錯誤を繰り返してきたが、愛機D1の全てをブラッシュアップしたかのような素晴らしい使い勝手は、撮影の楽しさを十二分に堪能させてくれた。ボディー性能の高さは言うまでもなく、それより驚いたのはLBキャストの好ましい色再現で、色味までもD1のそれを継承しているところが非常にGooであり、安心して今までの撮影フローに沿うことができる。D1ファンとしてはこの上なく嬉しいポイントではないだろうか。
話はいきなりサプリメントへ。
ネイチャーメイドのDHAが残り僅かとなった為、これをきっかけに次はAsahiを試してみようとTomod'sへ出向くと、なんとそれだけが品切れとなっていた。欲しいと思ったものが手に入らないのはなんとも落ち着かないので、そのまま自転車を飛ばしマツキヨへ行ってみた。
陳列棚にはバッチリと並んでいる。よしOK!と思ったと同時に視線は値札に止まった。
「ほぉー、Tomod'sより100円も安いんだ」
一瓶1,500円ほどの商品が100円もの価格差があるとお買い得感はありありである。レジで精算の際に迷わずマツキヨ現金メンバーズの申し込みをした。価格com.等を良く覧る割には、こんなところが抜けていたようだ。
そう、DHAの効果に関しては未だ検証中である。やや鼻が楽になってきたような感じもするが、根治には程遠い状況だ。
2010年1月16日(土)
昼食に大黒屋の“日替わり”を食べた。これは実に7年ぶりである。
三鷹本店時代には最低週3回は通っていただけに、変らない味と、オーナーご夫婦の気さくな対応にちょっぴり感激してしまったのだ。
この店はランチタイムとかに拘わらず、営業中は随時日替わり定食を提供していて、若い人から年配者まで、幅広い人気を得ている。しかも、巷で見るこの手の定食は、殆どがメイン料理+半ラーメンが普通だが、ここのラーメンはフルサイズなのが特徴。これは大きなポイントだ。因みにこの日はメインが生姜焼きで、これに、ご飯、ラーメン、お新香がセットになって750円也。ズバリお値打ち感あり!である。但このボリューム、若い人にとっては嬉しいに違いないが、反面年輩者にはややHeavy。ところが周りを見回すと、7割以上が40歳を超えるサラリーマンと思しき人達ばかりで、殆どと言って彼等の目の前には“日替わり”が並んでいたのだ。しかし注意して観察を進めると、なるほど、謎が解ける。
答えは“ラーメンのどんぶりが小さい”。これは半ラーメンと称するもので、量が程良く値段も50円引きとなるのである。
自分としても久々に食したフルサイズは、やはり少々きつかった。悲しいかなこれも時の流れだろう。
来週にでも、また行ってみるか。
2010年1月8日(金)
元旦は浅草寺で初詣。これが我が家のやり方である。
なぜ近所でもない浅草くんだりまで出掛けるかというと、やはり年頭は下町の活気から始めたい気持ちがあるからだろう。広い境内には露店がたくさん出て、色々な食べ物をチョイスできるところが楽しみであるし、何より仲見世から望む本堂の威容は、恰も?力に溢れ、確実な御利益があるかのような気持ちにさせてくれるのだ。
そうそう、驚いたことがあった。
参道を進み宝蔵門の近くまで来ると、その向こう側に本堂が見えるのだが、今回はなんと本堂の全面を全て遮蔽するドデカイ龍の画が掲げてあったのだ。後にwebで詳しく調べると、本堂の屋根瓦をすべて葺き替え、更に外壁塗装等を含めた“大営繕”とやらに着手しているとのこと。龍の画は川端龍子画伯の「龍之図」 をモデルとし、あの著名な山本寛斎がプロデュースしたものらしい。まあ、余り今風にはならないようにと願うが、工期は今年いっぱい掛かるらしく、となれば来年の初詣がリニューアル後の初対面となるわけだ。
浅草寺は人気の初詣スポットなので相変わらず参拝者は多いが、警察官による「誘導」「規制」が年々巧になり、安心してスムーズなお参りができるところが嬉しい。
今年はたくさん祈願をした。だから先ずは仕事が上向きになって欲しいものだ。
2010年1月4日(月)
年末恒例の撮影大会が無事終了した。
初日は極寒の富士・精進湖で震え上がり、翌日は超強風下の松崎で潮まみれになるという、少々手厳しい撮影環境ではあったが、4人のカメラマンは1年間の締め括りとばかりに、終始真剣な眼差しでシャッターを切り続けた。
同好の士4人での一泊旅行は理屈抜きに楽しいもの。運転中の車内や食事中、とにかく次から次へと雑多な話題が飛び回る。写真のこと、仕事のこと、バイクのこと、そして昔の楽しい想い出等々それはそれは賑やかだ。現実を忘れ暫し趣味の世界に遊ぶことは、ストレス世界に生きる現代人にとって最早必須であることに間違いない。こんな楽しみあってこそ本業に打ち込めるというものだ。
12月30日(木)6:30。いつものようにTさんが迎えに来てくれる。その後三鷹通りのトヨタの前でOさんを拾い、一路富士山を目指した。
今回、初日の撮影ポイントに精進湖を選んでみた。湖畔から富士山を狙うとなると、その位置関係から午前中は逆光になってしまうが、反面強い朝日が溶岩台地を面白い被写体へと変化させる。これは隣の本栖湖にも言えることで、光と溶岩と湖面が作り成す景観が何とも意外性に富み興味が尽きない。
但、この様な環境下ではコントラストが極端に強いことが多く、露出決定には手間が掛かる。まあ、デジタルカメラは試し撮りができるので、手間は掛かってもそれほど難しいことではない。しかし寒風吹き荒む溶岩台地での作業は手の感覚がなくなるほどで、シンドイことこの上ない。一応指先カットタイプの手袋を装着していたからまだ良いものの、素手では5分も集中できないだろう。絞り優先、中央部重点測光で撮影を進めて行った。
昼に食した“味噌煮込みうどん定食”が冷えた体を温めた。こいつはありがたい一杯だった。
14:00。東海道新幹線・三島駅でMさんをピックアップ。これでメンバー4人全員が揃った。
当初の計画では、この後チェックインする前に城ヶ崎海岸に立ち寄り一発やることになっていたが、予期せぬ交通渋滞に遭遇しタイムスケジュールが狂ってしまう。しかしこのまま直行するのも芸がないと、急遽旅館の近くにある“滑沢渓谷”で遊んでみることにした。
清流が一枚岩を洗う自然美あふれるこの渓谷へは何度か足を運びトライしたが、いつも例外に漏れず、天候悪化やタイミングを逃すなど、まともにレンズを向けたことが一度もなかった。今回も季節柄、既に景観は冬枯れの状況であろうから、それほど大きな期待はしていなかったが、到着して辺りを見回すと、その冬枯れが逆に良い味を出していたのに驚いた。写真撮影の鉄則。『先ずは行ってみる』とはこのことだ。
「ここ、意外といいよね〜」
「それじゃ明日の朝一、ここでやるか!」
冬の夕暮れは早い。撮影開始と同時に皆散在しファインダーを覗き始めた。
旅館には17:00に到着。もちろん二次会用のアルコールと肴を両手に持参してだ。
今宵の宿は『天城湯ヶ島温泉・木太刀荘』。数年前までは国民宿舎として運営していたものだが、その後民間の手に委ねられた経緯を持つ。外観こそは昔そのままであるが、内部はきれいにリニューアルされており、サービス、食事、温泉等々、非常にお値打ち感ありの“おすすめ宿”となっていた。
温泉に浸かる前に、取り敢えずの乾杯をした。
「おつかれさ〜〜ん」
皆の飲みっぷりを見ていると、取り敢えずどころか既に本番に入った様子。このあたりから話題もばんばんと飛び出してきた。あっという間に時間が経ち、夕食の前にはと、慌てて温泉に飛び込んだ。
冷え切った体に温泉は正にUtopia。目を閉じてお湯の温かさをしっかりと味わう。川沿いには半露天の洞窟風呂があり、湯気を一灯のスポットが雰囲気良く演出する。
夕食のメインは当地名物の猪鍋で、これがまた更に体を芯から温めてくれ、食べ始めて数分もすると、一気に汗が噴き出てきた。
「ハマチ食べます? 俺、脂がのった魚ダメなんですよ」とTさん。
そして刺身そのものを食べないOさん。
好みはそれぞれだが、もったいない、、
大満腹にはなったが、盛り上がった我々は、その続きを部屋で始めたのである。
しかしいつも感じることだが、食事が済んで部屋に戻ったとき、そこに寝具が敷いてあると、何故これほど気分が一瞬にして寛ぎモードに入ってしまうのか?!
うわ〜〜っと言いながら、布団の上を転げ回りたくなるのは私だけだろうか。
Tさんの滑らかな舌回りで夜は更けていった。
バイキングの朝食をたらふく食すと、予定通りに滑沢渓谷へと向かう。
到着すると清流や数少ない緑が陽光を浴び、昨日とはまた違う美しさを見せていた。地面を覆う茶色の落ち葉、倒木や岩に生す苔の緑、そして画の中心には岩の肌色と白く泡立つ小滝。ファインダーの中はどんどんとImaginationが膨れあがる。これは丁寧に切り取らねば罰が当たると、再度ふんどしを締め直す。
私は心躍る被写体に巡り会うと、いつも以上に基本を遵守する。先ずは三脚の確実な固定をチェック。ぶれたら元も子もなくなるからだ。次に水平を取りアングルを決める。絞りをF11に固定しフォーカスエリアを決め試し撮り。モニターで画像を確認後、露出補正を行ない本撮りへと進む。デジタル一眼レフの強みを利用した風景撮影のフローである。
滑沢渓谷での撮影はタイムスケジュールの関係上1時間しか取れず、更に撮影ポイントを探して歩き回りたかったが、やむなく出発することにした。集中していると時間は瞬く間に経ってしまう。
松崎には12:00過ぎに到着。Tさんが是非行きたいと言っていたお馴染みの『民芸茶房』で昼食にする。ここでは躊躇わず“干物定食”を注文。案の定、小鯵、エボダイ、小鯵の味醂干しと定番の3品が乗っており、その香ばしさとジューシーさは何度食しても飽きさせない。今回はピリ辛がクセになる特製塩辛を土産に一瓶買った。因みにこの商品、何故か店の土産物売り場には置いていない。それを欲しいと名指しできた客にしか売らないそうだ。もったいのない話しだが、なるほど、出された瓶詰めにはラベルも何も貼っていなかった。
松崎では吹き飛ばされそうになるほどの強風に阻まれ、撮影エリアを限定されてしまう。
いつもののんびりした風情などは微塵にも感ずることがなく、とにかく風が直接当たらない町中へと動くしかなかった。それだけに撮りたいものへ近づけないストレスが鬱積していき、私としてはやや消化試合になってしまった感が残った。
そしてこの強風は一向に弱まることがなく、午後に予定していた西海岸の撮影も中止とし、残念ではあったがいち早く帰路につくことにした。
あっという間の二日間。好きな写真を思う存分楽しめたことはもちろんだが、何と言ってもその楽しさを仲間と共有できたことが最大の収穫だった。
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