カウンタックの歴史|CAR特集「ランボルギーニ カウンタック」

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1.カウンタックの歴史

LP500の登場

ランボルギーニ カウンタック

 ランボルギーニ ミウラを越す次世代のスーパーカーとして開発されたカウンタック。ミウラの欠点とも言えるシフトフィールの悪さを解決するため、カウンタックではエンジンの前方にギアボックスを配置するという方法が採用されている。このおかげで、ボディサイズをミウラの2500mmに対して、カウンタックでは2450mm内に収めることが可能となった。
 このようなカウンタックが登場したのは1971年のジュネーブショー。このとき発表されたLP500は、デザインに関しては過去に例が無いような斬新なものだったため、大きな反響を呼んだ。このときのデザインもミウラに続き、ベルトーネ社の設計チーフ、マルチェロ・ガンディーニが担当したものであった。
 しかし、このLP500はオーバーヒート対策、エンジンの縮小など量産化に至るまでの課題は多数残されたモデルだった。なので、残念ながら量産化には至らなかった。

市販モデルLP400へ

 その後のLP500改良車の設計は、ランボルギーニ社の経営危機にも重なったため、とても難航した。先ほど書いた問題点である、エンジンの縮小、オーバーヒート対策など多数の課題解決が求められたのであった。開発は約3年もの年月におよんだ。
 ちなみに、この3年間もの開発期間中に造られた、緑色のプロトタイプが、ランボルギーニ博物館に展示されているらしい。
 そして1974年、待望の市販モデルであるLP400が登場した。エンジンの冷却効率向上、オーバーヒート対策のための多数のエアインテーク、アウトレットが設けられたことなど、LP500から多数の改良が施されていた。しかし、これとは逆に排気量など、いくつかの点ではLP500よりも低下したものが見受けられたモデルでもあった。

様々なカウンタックの登場

ランボルギーニ カウンタック

 LP400の新しい欠点を直し、4年後の1978年、LP400Sが登場。さらに1982年は5リッターとなったLP500Sが登場し、エンジンを4754ccまで拡大したためプロトタイプ時代(LP500)の性能を取り戻した。
 その後も進化は続き、1985年には「フェラーリ テスタロッサ」が登場したのを受け、LP5000QV(クアトロバルボーレ)が登場した。V12エンジンを4バルブ化、排気量を約5200ccまで拡大し、最高出力455psという高性能なものであった。1988年には限定版の25th Anniversary(25thアニバーサリー:ランボルギーニ社設立25周年記念モデル)へと進化を遂げた。LP5000QVから25th アニバーサリーへの改良では性能面での変化はほぼなかったのだが、リアバンパーの装着や細部の形状変更など外観上で変更があった。

2000台にも及んだ生産

 1990年、合計約2000台に及んだ生産は終了し、後継のランボルギーニ ディアブロが登場した。
 カウンタックは生産台数がLP400:150台(マルチェロ・ガンディーニのデザインに最も近いモデルだが、生産台数は残念ながら最も少なかった)、LP500S:323台、LP400S:237台、LP5000QV:632台、25th アニバーサリー:657台と、スーパーカーの中では珍しく、20年もの間生産され続けたのであった。
 その後に発表されたランボルギーニ車、それは大半がカウンタックを元にできているであろう。そこまで人気があり、有名で欠点の少ない車であったのだ。

[1] [2] [スペック]

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