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褪色したページから、甦るイメージ
―読み捨てられた書物の魅力―
手元に一冊の本があるとしよう。読み始めると面白く、時の経つのも忘れて、夢中になって読んでしまうかもしれない。あるいは、手にしたときの手触りに何とも言えぬ温もりを感じたり、印刷や挿絵、装訂の美しさに魅了されることもあるだろう。それがかつて読んだ懐かしい本であれば、当時の思い出がつぎつぎと甦ってくる。たとえ未知の古い本であっても、その本が作られた時代のイメージや息吹を感じることができるだろう。
そのように、書物の魅力にはいろいろな面がある。本の「中身」を読んで楽しむことはもちろん、書店、古書店や図書館で目的の本や面白い本を見つけることも、さらに印刷や図版・挿絵、製本・装訂など、「もの」としての書物を愛でることも、書物の楽しみ方の一つである。
本稿では、「もの」としての書物の魅力について述べてみたい。その際、ヴイクトリア時代のイギリスの書物であるイエローバック(yellowback)とペニー・ドレッドフル(penny
dreadful)を、取り上げることにしよう。どちらも、読み終わった後も大事に書棚に並べられて、愛蔵されるような書物ではなく、−般に読み捨てにされてきた書物であり、図書館に偶然所蔵されていたとしても、誰にも利用されることなく、書架でひっそりと埃を被っているような書物である。しかし、そのような書物でも、それが生み出された背景を知ることによって、いくら埃を被っていても、人を惹きつける魅力をもって、輝いて見えてくるから不思議だ。
手塚治虫の初期の作品や『少年マガジン』『少年』など、子供の頃に読んでいたマンガ本やマンガ雑誌が古書店で高値を呼んでいると開いて、捨てずにとっておけば一財産になったのに、と地団駄を踏んだことのある人も多いだろう。発行部数は多くても、読んだ直後に捨てられたり、大掃除や引っ越しの際にやむなく処分されたりして、現在では比較的少部数しか残っていない。そのために、稀少価値から高値を呼んでいる。でも、もし誰もが将来の値上がりを見込んで保存していたら、結局、たくさん残ってしまい、二足三文にしかならなかったに違いないのだから、あきらめが肝心である。
マンガの他にも、大衆文学や児童文学の図書と雑誌、家庭書や学習書、趣味の本とそれらの雑誌、大衆雑誌なども、一般に読み捨てられる運命にあった。このような読み捨てられるタイプの出版物は、家庭に残っていないだけでなく、図書館にも残っていないことが多い。図書館の場合、最初から収集対象としていないか、永久保存の対象としていないために、たとえば、戦前の学術雑誌の揃いを見つけることは比較的容易でも、戦前の児童雑誌の揃いを見つけることは難しい。
でも、読み捨てられるタイプの出版物を積極的に収集している図書館や、そうした出版物を比較的よく残している図書館もある。いくつか例をあげてみると、
大宅壮一文庫(東京・世田谷区八幡山)
明治から現在までの、膨大な量の(学術雑誌ではなく一般向けの雑誌・雑本を所蔵すると同時に、「大宅式分類法」と呼ばれるユニークで調べやすい索引カードを作って、蔵書の活用を図っている。
現代マンガ図書館(東京・早稲田)
戦後の日本のマンガを中心に、ジャンルを問わず所蔵し、とくに昭和30年代の貸本マンガ約3万点は貴重な資料である。それでも残念ながら、昭和20,30年代のマンガ雑誌については欠号も多い。
大阪府立国際児童文学館(大阪・万博記念公園)
子供の本、雑誌、新聞から紙芝居、パンフレット、ポスター、手紙・原稿などまで、児童文化にかかわる全ての資料を対象に収集・所蔵する。
三康図書館(東京・芝公園)
戦前の東京で有数の私立図書館であった大橋図書館の蔵書を継承したために、戦前の図書・雑誌、とくに大橋図書館が出版社・博文館主によって設立されたことから、博文館発行の図書・雑誌が比較的よく残っている。
鉄道と活字メディアとの相性が良いことは、日常的に、各自体験し、また目撃しているところからも理解できるだろう。たとえば、新幹線に乗り込む前に、駅の売店で新聞や雑誌を買っている旅行客、混んだ通勤電車の中で新聞や文庫本を黙々と読んでいるサラリーマンやOL、手持ちぶさたに車内の中吊り広告に目をやる乗客の姿は、おなじみの光景である。このような鉄道と書物との密接な関係は、既にヴイクトリア時代のイギリスにおいて始まっていた。
イギリスでは、1830年のリヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道の開業から、鉄道建設と鉄道会社への投資ブームが起こり、1840年代には全国的に鉄道網で覆われるようになった。それまでの郵便馬車と違い、揺れの少ない鉄道は読書に向いた乗り物であり、乗客は退屈をまぎらわすために、車内で新聞や雑誌、書物を読んだ。
車内で読書する鉄道利用者をマーケットの対象として、1850年代前半から1890年代までの間、「イエローバック」と呼ばれる出版物が現われる。イエローバックとは、鉄道駅の売店において陳列・販売することを目的に考案された廉価版の書物の愛称で、通常(常にではない)、@廉価版の小説で、A値段は2シリング、B黄色一目立つように−を基調としていた。
写真(残念ながら、色は判らないが)に見られるように、表紙は、黄色のボール紙に、光沢のある色紙(通常は黄色、時にはピンク、緑、青、灰色)が上貼りされたものが使用され、表表紙には本文の内容に関係のある絵が、背には装飾的なタイトルや別の絵、時が経つにつれ画一化されたデザインが、2〜4色を使って印刷−通常、木口木版(wood
engraving)による−され、裏表紙には広告が載る。判型は携帯に便利な八折判〈crown octavo〉であった。
内容の面では、小説が主体で、それも多くは既に発表された作品を収録したリプリントもので、書き下ろしは少なかった。一般に車内での読書に難しい本は敬遠されるため、探偵小説風の作品、ユーモラスな作品、時事的なテーマ、スポーツもの、実在・架空の婦人の告白もの、アメリカ作家の作品、翻訳ものなど、内容・長きの点で気軽に読める作品が特徴であった。人気作家はエインズワース(W.H.Ainsworth)やブルワー・リットン(E.Bulwer
Lytton)らで、現在の英文学史では傍流あるいは忘れ去られた作家達である。
したがって、イエローバックの場合、「中身」の面から見ると文学的な価値、学術的な価値はそれ程高いものではない。むしろ、駅の売店でいかに目立ち、多くの人の目にとまり、手にとって買ってもらうか、その点に出版社は意を注いだのだから、「もの」としての書物、とくに装訂の面で注目される。
このような表紙デザインの基本を決めたのが、ヴィクトリア時代の代表的な木口木版家で、とくにカラー印刷を得意としたエドマンド・エヴァンズ(Edmund
Evans1826−1905)だとされている。彼が、最初白い紙に赤と青でカラー印刷した紙表紙を用いたところ、白い紙だとすぐ汚れてしまうので、薄い色の着いた紙を使えないとかの要望が寄せられた。そこで黄色の光沢紙の利用とそれをボール紙に上貼りして使用することを思いついた。したがって、イエローバックの表紙の印刷の大部分は、彼の工房が担当した。
表紙の絵を描いた画家の中には、ディケンズとのコンビで有名な'「フィズ('Phiz')」つまりハブロット・K・ブラウン(Hablot K.Browne)、ジョン・リーチ(John
Leech)、バーケット・フォスター(Birket Foster)、ウォルター・クレーン(Walter Crane)ら、当時の人気画家が含まれている。とくに、画家は表表紙だけでなく、背のデザインにも関与し、絵と共にレタリングを描くこともあった。
初版で千から5千部、時には7千5百から1万部も発行されたが、読み捨てにされてきたために、現在ではあまり多くは残っていない。大学図書館の英文学関係の書架に並んだ本の中に、写真のような背の本を見つけることがあったら、まず間違いなくイエローバックなので、ぜひ手にとって鑑賞していただきたい。
イエローバックを手にとり、表紙をめくると、見返しの広告の部分に、丸屋(丸善)のラベルが貼られていた。おそらく明治時代の丸善の棚には、イエローバックが新着の小説本として展示され、その目立つ表紙で買物客の目を楽しませていた、そんな光景が思い浮かんでくるようである。このようなユニークな「おまけ」も、「もの」としての書物のもつ魅力の一つだろう。著者による献辞が書き込まれている書物、蔵書票の貼られた書物、著者や有名人による書き込みのある書物など、その書物が生み出されてから、現在まで辿ってきた軌跡の「証し」が、書物自体に残され、独自の価値をもつことがある。
そのほかにも、ヴィクトリア時代の書物を手にしてみると、当時の有名な貸本屋であるミューディ(Mudie's Select Library)やスミス(W.H.
Smith & Son's Subscription Library)のラベルの貼られた本を見つけることがある。このようなユニークな「おまけ」付きの書物を見つけ出すことも、書物の楽しみ方の一つである。
19世紀の後半は、イギリスにおいて美しく、優れた絵本が生み出された時期でもあった。なお、この近代絵本一芸術的で、美しく、しかも安い−の成立の際にも、先に触れたエドマンド・エヴァンズが一役−非常に重要な役を−買っている。近代絵本の誕生は、ウォルター・クレーン、ランドルフ・コールディコット(RandoIph
Caldecott)、ケート・グリーナウェー(Kate Greenaway)の3人の絵本作家の作品によって口火を切られるが、その3人を絵本の世界へ引き入れ、彼らの描いた原画を美しい印刷物として世に送りだしたのが、エヴァンズだった。
現在では、このような綺麗な絵本、それにルイス・キャロル(Lewis Carroll)の『不思議の国のアリス(Alice's Advetures
in Wonderland)』に代表されるような挿絵入りの優れた児童文学書の蔭に隠れて目立たないが、当時の少年向けの読み物として見逃すことのできないものに、ペニー・ドレッドフルがある。豪華な児童文学書とは対照的に、粗悪な紙に、目を悪くしそうな程小さな活字を詰めた粗雑な印刷、どぎつい挿絵を特徴とした「低俗な」出版物であったために、児童文学史に関する文献においてもほとんど取り上げられていないが、少年達、とくに下層階級の少年達の間では、時には親に隠れて、熱心に読まれ、回し読みされ、その中からジャック・ホーカウェイ(Jack
Hawkaway)のような、当時の少年達の世代に共有されるヒーローが生み出されていった。現在であれば、子供達の間でマンガやテレビ、アニメが占めている位置を、当時の少年達の間ではペニー・ドレッドフルが占めていた、といっても過言ではないのかもしれない。
ペニー・ドレッドフルは、本来、下層階級の大人向け−少年も読んだが−の小説本として1830年代に現われた。僅かな稼ぎの中からでも購入できるように安い値段で分冊刊行され、「三文恐怖小説」とも訳されるように、恐怖小説や犯罪小説などのセンセーショナルな内容とともに、どぎつい挿絵が特徴であった。代表的な作品には、吸血鬼ヴァーニイ(Varney
the Vampire)』『スウィーニイ・トッド(Sweeney Todd)』などがあり、後者は、ロンドンのフリート街の悪魔のような床屋スウィーニイ・トッドが、客のひげを剃るとみせかけて、のどを切り裂いて殺し、仕掛け装置になっている椅子を回転させて死体を地下室に落とす。そこで切り刻んだ後、隣の評判のラヴェット婦人のパイ屋で‥・、といった内容である。このような内容を持つために、ペニー・ドレッドフルは、中産階級の人々からは「悪書」として強い批判を浴びることになったが、下層階級の人々には非常に人気があり、よく読まれていた。
しかし、大衆雑誌の発展によって、大人の読者はペニー・ドレッドフルから徐々に離れて行き、1860年代以降は、少年向けの読み物に変身し、恐怖・流血といった側面は薄まって、冒険小説が主流になっていく。冒険小説のほか、ミステリー、ユーモア、歴史もの、学園ものなど、内容も様々だが、少年達が喜んで読んだのは、上品で健全な内容のものよりも、胸をワクワク・ドキドキさせるような冒険談が中心で、そうした物語の中ではならず者が活躍したり、残虐で酒乱の教師が体罰を加えるシーンが登場するようなものも、少なくなかった。したがって、ペニー・ドレッドフルは少年を非行に走らせる原因であるとして、聖職者、教育者、識者などから強い批判を浴びることとなった。なお、このような「俗悪な」小説と子供への悪影響をめぐる論議は、マンガ、テレビ番組、ティーンズ雑誌、そして最近ではビデオソフトと対象を替えながらも、日本だけでなく、外国においても繰り返し議論されてきた問題である。
イエローバックにしても、ペニー・ドレッドフルにしても、それについて触れている文献を読み、掲載された写真を見るだけでは、「もの」としての書物、当時の人々と書物の結びつきのイメージをなかなか掴むことができない気がする。百聞は一見に如かずといわれるように、実際に現物を手にしてみることが一番だろう。そうなると、だんだん贅沢になるもので、組版された時の状態をできる限り保っていること、つまりコンディションが良いことを望んでしまう。とくにイエローバックやペニー・ドレッドフルなどの場合、装訂・製本など「外観」に特徴を持っているので、出版当時の状態をできる限り保っていることが重要になってくる。しかし、出版社の側も、もともと読み捨てにされる書物と位置づけて、お金をかけず粗雑に製作しているために傷みやすい上に、読者も大切に取り扱うこともしてこなかったので、写真に見られるようにかなり傷んでいるものが一般的で、コンディションが良いものは非常に少なく、貴重である。所蔵している図書館では、コンディションの良いものも悪いものも、これ以上傷めないために、いわゆる「貴重な書物」「保存に値する書物」に見えなくても、大事に取り扱う必要があるだろう。
贅沢ついでに触れると、こうした出版当時の状態をできるだけ保っていて欲しいとの立場から、しばしば指摘されているのが、カバーや帯、函などの扱いである。武蔵野美術大学美術資料図書館など、一部の図書館では、カバーなどの価値を尊重して保存しているが、大部分の図書館では、カバーや帯、函などを捨てている。一方、近代文学関係の書誌では、カバーや帯、函についても記述するものも多いし、周知のように、古書店では、同じ本でも、コンディションの善し悪し、カバーや帯が付いているか否か、によって値段は大きく異なっている。
確かに図書館と古書店とを同列に論じることはできないにしても、カバーや帯、函などは、著者がどこまで関与しているかは別として、本の一部を構成する重要な構成要素であり、図書館でも捨てないで保存しておいてほしい、との希望もある。カバーなどの重要性については、(1)著者の紹介、内容の要旨や書評、価格などが記載されているので、有用な情報源(時には、他では得られない情報を含んでいる)であること、(2)そのデザインが美術的な価値一有名あるいは(出版当時は)無名のデザイナー、画家の作品であれ−を有していること、(3)本の本体と一緒に、その時代を表現するものであること、などが指摘される。
たとえば、写真は、著名な風刺画家であるロナルド・サール(Ronald Searle)が古書業界用語とからめて書物の世界を描いた画集『少し変色あり、でもお勧め品Slightly
Foxed - Still Desirable』のカバーである。古書店の目録に使用される言葉の中から「少し変色あり、でもお勧め品」が書名として選ばれ、その言葉からイメージされた絵が描かれている。この絵はカバーに描かれているだけで、本体の部分には収録されていない。つまり、カバーを捨ててしまうと、書名に用いられた言葉をイメージして描かれた、大事な作品が失われてしまうことになる。
カバーなどは、書店で本を選ぶ際のきっかけだけで、「中身」を読む際には無くても不都合はないのだから、図書館では不要である、との意見もあろう。でも、図書館でも、書店と同じように、装訂をきっかけに本を選ぶこともできて良いのではないだろうか。ただし、保存の観点から見ると、本にカバーなどを付けたままで管理するよりも、本とカバーなどを別にしてファイルする方が良いかもしれない。それに、多くの書物が商品として店頭に並べられることを前提に作られている以上、「もの」としての書物の観点に立つと、カバーなどが占める役割は、かなり重要なものであるように思われる。
最近出版された『楽園の日々 アーサー・C・クラーク自伝』(早川書房)を読むと、『2001年宇宙の旅』などで有名なSF作家クラークが、2001年後半になるまで自伝を書かないと宣言していたにも関わらず、今回執筆するに至ったきっかけは、13歳であった彼をSFの世界に誘い込んだSFパルプ雑誌『アスタウンディング』の完全な揃いのマイクロフィルム版の刊行であったという。クラークは、これをもとにして、彼にとって懐かしいこの雑誌の創刊からの歩みをたどりながら、若き日の思い出を語っている。
読み捨てにされた書物の魅力をよく物語るエピソード、と読み取ることもできるだろう。多少贅沢な望みであるにしても、さまざまな魅力をもつ資料をできる限り多く保存していって欲しい。それが自分のためでも、他の人のためでもある。資料のもつ魅力を発掘し、伝えていくことが、資料保存の活動を草の根から支える基盤を作っていくことになるのではないだろうか。
注
1)鉄道と書物との密接な関係を示すものとして、たとえば、1840年代末にラウトリッジ(Routledge)社が「鉄道文庫(Railway Library)」シリーズの刊行を開始したことと、主要な全路線・駅の売店を経営していたW.H.スミス社が、1860年から駅の売店をサービス拠点とした貸本業を開始したことが、挙げられる。
2)目立つように、黄色を基調とした表紙を用いたので、黄表紙つまりイエローバックと呼ばれた。Sadleir,Michae1."Yellow-backs."In:John
Carter, ed.New Paths in Book Collecting:Essays by Various Hands.London:Constable,1934,P.127−61.
および清水一嘉「小説の出版−イギリス19世紀−(5)」『愛知大学文学論叢』No.87,Mar.1988,p.71−103.参照。
3)なお、現物を見ることが一番良いが、「ちくま文庫」のリチャード・ドイル(Richard Doyle)絵『妖精の国で(In Fairly Land)』を見ることで、当時の絵本の美しさとエヴァンズの工房の木口木版による多色印刷技術の素晴らしさを、身近に楽しむことができる。なお、リチャード・ドイルは、シャーロック・ホームズの産みの親コナン・ドイル〈Conan
Doyle)の叔父である。
4)ペニー・ブラッヅ(penny b1oods)あるいはブラッヅ(bloods)とも呼ばれた。
5)たとえば広告、とくに出版広告の部分は重要な情報源でもある。
6)カバー(cover)は、本来、表紙の意味であり、表紙の上にかけられる厚手の紙は、本来、ブック・ジャケット(book jacket)あるいはダスト・ジャケット(dust
jacket)と呼ばれる。しかし、ここでは、後者の意味でカバーという言葉を用いる。
7)受け入れの段階で評価し、カバーを保存するものと捨てるものとを選択している。
8)たとえば、山田朝一編『荷風書誌』〈出版ニュース社、1985〉、浦西和彦編『谷沢永一』(日外アソシエーツ、1986)を参照。
9)Tanse11e,G.Thomas."Bibliographers and tbe Library."Library
Trends.Vo1.25,Apr. 1977,P.745−62.
10)たとえば、菊地信義『装幀談義』(ちくま文庫)を読むと、ブックデザイナーが、カバーを含む装訂をどのように考え、どんなことに配慮しているかが判り、興味深い。
(出典:『神奈川文化』338号(1990.9/10))
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